月の叙事詩~聖女召喚に巻き込まれたOL、異世界をゆく~

野々宮友祐

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第一章 太陽の国

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(聖女御一考様って公共交通機関で移動するのね……)
 
 聖女と勇者の旅物語といえばだいたいが徒歩移動だと思うだろう。電車のような、と聞いていたが路面電車に近いだろうか。魔石で動いているらしいこの三両編成の乗り物には他にも何人もの人が乗っている。
 
 まぁ、徒歩よりは断然こちらのほうが楽だからいいのだけれど。パンプスだし。
 
 陽菜たちは傍から見れば完全に観光旅行。四人がけのボックス席で車内販売を楽しそうに利用している。世界を救う旅の途中とは誰も分かるまい、と思っていたのだけれど。
 
「ああ、聖女様にお会いできるなんて光栄だわ!」
「聖女様!どうか世界をお救いください!」
「えへへ~がんばるねぇ」
 
 どうやら教会が大々的に発表をしたらしい。「異世界からの聖女、太陽を取り戻す旅へ」なんてタイトルが新聞の一面を飾り、大通りの街頭モニターのようなものに映ったニュースでの大特集。「中央教会が異世界より聖女の召喚に成功し、悪の月神を見つけ出し太陽を再び昇らせるため勇者と共に救世の旅に出発することとなりました」なんてアナウンサーが興奮気味に読み上げる。
 
 そんなニュースが流れたところにド派手な格好の聖女が勇者と魔法使いと聖職者(とOL)を引き連れて歩いてきたらどうなるか。

 朝の通勤ラッシュかな。
 それも電車が遅延している時の。

 人混みにそれなりに慣れている結慧でもなかなかにきつかった。しかも原因はニュースだけではない。
 あんまりにも人が興奮して押し寄せてくるからふと眼鏡をずらしてみれば……予想以上のおぞましさだった。凄まじい数のピンク色の触手が次々に人を絡め取り、まるで怪物の捕食を見ているようで。
 
 例えばあれが魔法のようなものだとして、あんなに常時出しっぱなしで疲れないのかしら……と考えたところで、陽菜の魔力値を思い出す。なるほど、無尽蔵。
 それによくよく観察してみれば、すれ違いざまにぴとっとくっついた触手はある程度距離があくと自動的に離れるようだった。

 
 窓の外へと目を向ける。このまま電車に乗っていれば、月の国まで着くらしい。
 
 しばらく走った電車はいくつかの駅を通り過ぎて都市部を抜け、郊外へと差し掛かっている。結慧たちがいた太陽教会の本部は太陽の国の首都にあった。
 流石は都会、建物は大きいし人も多かった。ガラス張りのショーウインドウには服や宝飾品が並び、行き交う人は皆洒落た格好。かなりの経済都市のようだ。
 建造物はみんなカラフルでかわいい。今見えている住宅街も、どの家もみんな色彩豊か。まるでヨーロッパの町並みを見ているようでワクワクする。先程から興奮気味の陽菜の声も聞こえてくるほど。
 
 ただ、活気があるかというと…どうだろうか。
 街を歩く人達はみんな、どこか憂鬱そうで暗い顔をしていた。この電車の乗客もそうだ。耳をすませばため息がチラホラと聞こえてくる。
 
 昨日聞いた「太陽が昇らない」という話は嘘ではないらしい。乗客同士のヒソヒソ話を聞いていれば、これから先の不安のことばかり。中には仕事を探しに他の国へ行くのだという人までいるようだ。ルイの話では太陽が昇らなくなったのは三年前。皆、限界なのだろう。

 原因は月神、というのが広く知られているらしい。
 太陽の国は太陽神信仰だというのもあるだろうが、月神を悪神と罵る声の多いこと。それから、その月神を信仰する月の国への悪口も。神様のしたことと国民は無関係だろうに、まるで月の国が国家ぐるみで何かをしているかのような言い方をする人までいた。
 
 このまま、太陽が昇らない状態がこれ以上続けば

(紛争が起こるわね)

 国がやらなくても民衆がやる。そしてそれがどんどん大きくなれば国も動かざるを得なくなる。国民感情は最悪だろうし、ルイの口ぶりからすると教会も月の国への心象がよくないようだ。宗教国家だとしたらなおのこと、宗教戦争まっしぐらだろう。

(……嫌ね)
 
 きっと、結慧の予想よりも事態は遥かに深刻で、切羽詰まっている。
 世界の均衡が崩れる一歩手前。そこに現れた聖女。それを大々的に報道して、民衆の不安を払拭する狙いだろうが。
 
 もしも、失敗したら?

 呼ばれた聖女が太陽を取り戻せなかったら。それはきっと教会も考えのうちにあるはず。太陽神の言葉をどれほど信じているのかはわからないが、要は国民不安の爆発を少しでも小さく、遅らせることができればいい。
 聖女が太陽を取り戻せたら万々歳。そうでなかったとしても、
 
(なんて体の良いスケープゴート)
 
 異世界から来た、ということは身寄りも後ろ盾も、そもそも存在を証明するものが何もないということだ。
 元々存在しない人間が、どこでどうなろうが文句を言う人など一人もいない。
 それを陽菜がわかっているのかといえば、まぁ、そこまで考えてなんていないだろう。

 結局彼女だって、巻き込まれただけ。


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