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第二章 月の国
2-1
しおりを挟むこの世界に太陽が昇らなくなって三年。
人々は疲弊し、限界も近い。太陽教会は太陽神の指示のもと異世界から聖女を召喚し、太陽の復活を託した。
聖なる力で魔獣を打ち倒し、世界を再び太陽の光で照らす。その崇高なる目的のため、聖女は世界を巡っている……。
……なんて壮大な話が世間を駆け巡っている。
結慧はそれを聞く度にへーソウナノスゴイワネーと棒読みで返すことにしている。それで十分じゃない?
そんなご大層な旅であれば先を急ぐのが普通であろうに、聖女様ご一行は一日で行ける行程を何倍もの時間をかけて観光名所や市場に立ち寄りながら進む。気に入った雑貨や洋服を買い込み、有名だというレストランで食事をし、一等の宿で休息する……。
そんな世界を救う旅はついに一応の目的地である月の国の首都、ティコまでたどり着いた。
本当、無駄に長かったわ......。
大きな山を背に、緩やかな斜面に広がる大きな街。建物は白を基調にしたものが多い。そこにアクセントカラーで紺色や黒、グレイ、黄色...なるほど、月夜のイメージか。スタイリッシュで洗練された雰囲気だ。暖かみのある色合いで纏められた太陽の国も素敵だったけれど、こちらも負けず劣らず素晴らしい。
街への入り口である駅から真っ直ぐのびる大通り。緩い坂のその天辺に建つ大きな建物。
あれが月教会の大聖堂かしら。
山の裾野に作られた街は、大まかに三つのエリアに分けられているようだ。まず、一番低い土地にあるのが住宅街。真ん中に商業施設などが軒を連ねる商店街がある。そして一番上に役所や会社のオフィス街。頂点に大聖堂。分かりやすくて合理的な街だ。
陽菜たちの後ろを少し離れて坂を昇りながら、結慧は街並みを観察する。
今日ばかりは別行動はなしにした。だってここがとりあえずの目的地。旅の終わりになるにしてもならないにしても、顛末を知る権利ぐらいあるでしょう。
横に広い街だから、それほど時間もかからずに大聖堂までたどり着いた。
真っ白な壁に紺色の屋根。美しく、清廉。正面の大扉は開け放たれ、自由に中に入れるようだ。
聖堂の中も白。夜空に星をちりばめたようなステンドグラスは白い壁によく映える。祭壇は太陽の国で見たものと同じ作りのようだ。銀色のレリーフはよく磨かれていて美しい。
(きれい……)
ああ、信仰が生きている。
太陽が昇らなくなって、きっと肩身の狭い思いをしているでしょうに。
けれどもその感動をぶち壊す声が。
「こんにちはぁ、太陽の聖女です~!月神いますかぁ?」
正面扉から入って、いきなり大声で叫ぶ道場破りスタイル。しかも呼び出した相手はこともあろうに神様。いくらなんでもこれはひどい。中にいた人たちがみんな困惑した表情で見ている。
今さらだけど、あれの連れだと思われているのよね?あ、やだ、恥ずかしいわちょっと離れよ。
「ええと……どのようなご用件でしょうか……?」
「月神に太陽を返してもらいにきたの!」
対応した神官が困っている。うん、それはそう。
「私共は太陽の国、太陽中央教会の者です。太陽神様の命により、月神を探しております。お取り次ぎをお願いしたく。大司教様はいらっしゃいますか?」
ルイが一歩前に出る。まともな会話……というよりもこれが普通よね、うん。
「大司教はただいま留守にしておりますが」
「えぇーー!?いないのぉ?」
「お戻りはいつになりますか?」
「早くとも一ヶ月は先で……失礼ですが、何かお急ぎのご用件でしょうか?」
大司教といえばこの教会の最高責任者だろう。そんな人にアポイントメントもなしで訪ねてきたのだから、そういうこともあるだろう。
騒ぎを聞き付けた教会の聖職者たちがなんだなんだと寄ってくる。
「私たち、月神に太陽を返してもらわなくっちゃいけなくてぇ」
「いや、それは……」
「それに、あたしはあなたたちも助けたいの!」
「はい?」
「だってぇ、月神を信じてるなんて騙されてるよぉ!」
絶句。私も、周りも。当然という顔をしているのは聖女ご一行様のメンツだけ。
けれどやっぱり視界の隅で蠢くピンク色。
「あたし知ってる!洗脳っていうんだよ、そういうの」
ぶわりと花を咲かせるように、毒々しい濃い色が広がっていく。
「大丈夫、きっとみんな許してくれるよぉ」
誰が、何を許すというの。
誰も責められることなどしていないというのに。
「ね?こんなところにいちゃダメだよぉ。一緒に行こ?」
「そうですね...僕たちは間違っていました」
陽菜のやっているそれこそ洗脳というのに。
聖女の魔力に陥落した人たちが、どんどんとロザリオを捨てていく。
「ありがとうございます聖女様、おかげで目が覚めました」
「えへへぇ、どぉいたしまして!」
「こんな所、さっさと出ていこう」
「ああ、今まで俺たちをよくも騙してくれたもんだ」
月のローブを脱ぎ捨てて、口々に悪態をつきながら出ていこうとする。
結慧はそれを少し離れたところからただ見ていた。
(私、本当に何もできないのね)
陽菜の触手が絡んだ人はみんな、どういう訳だか結慧のことが無条件に嫌いになる。そんな嫌いな人間に、何を言われたって話を聞こうとはしない。
結慧だって、旅の途中で何度か説得を試みたことはある。あまりにも目についたときに。けれど結慧が言葉をかければかけるほど、逆に人は頑なになっていった。
それなら、何もしないのが一番だ。陽菜が去れば、触手が離れれば正気に戻るのだから。
だから、何もしない。何もできない。なにも......
(ダメね、私)
結局また、逃げてばかりいるだけ。
これでは明確な意思をもって行動している陽菜のほうが、まだましだ。陽菜は考え方は歪んでいるし、そもそもよく考えていないのだろうけれど、それでも自分でどうしたいのかを選んで行動している。
では結慧は?
(私、何がしたいの?)
結論は、やっぱり出ない。
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