22 / 91
第二章 月の国
2-6
しおりを挟む「今日、聖女様は?」
「さあ……?」
というわけで、陽菜の利用している宿屋へ。
結慧と陽菜が一緒に来たのは初日だけで、それ以降は別々だ。だから聞かれたところで知らないけれど、三日目にして無断欠勤。
心配だからみてきてくれ、と言われたけれど病気や事故なんかではないと思う。絶対に。
「だってぇ、朝早くって寝坊しちゃってぇ~それに首も腰も痛いしぃ。これ以上字を書いたら手首が折れちゃいそうでぇ」
ほらね。
「こんなに細い手首だもんな……それをこき使って、この国のやつらは最低だな」
「そもそも、当初の予定では貴女だけが行くはずだったのです。聖女様に労働させるなどとんでもない。もう行かなくていいでしょう」
「アンタはせいぜい雑用でもして来なよ。ま、なんの役にも立たないと思うけど」
クラウドが、ルイが、リュカが、口々にそう言う。豪華な朝食を食べながら。言いたいことは山のようにあるが、それを喉元で止めて別の言葉を引っ張り出す。
「そう、それならそれで結構だと思うけれど。でもね、休むときはきちんと連絡をいれなさい。みんな心配するのよ」
ただ来ないのならまだいい。来る途中で何かあったりするのが一番困るのだ。まして、他国の聖女という立場。国家間の外交問題に発展しかねない。そしてその責任をとらされるのは宰相のラルドと、所属先の責任者であるウィルフリード。
休む場合は連絡をいれる。そんな当たり前のことをしっかりと言い聞かせ約束し、役所の番号が書かれたメモを渡す。電話のような魔道具があるから、宿に借りれば連絡ができるだろう。
「という訳でした」
「……病欠だね」
役所に戻ってエンデにほぼそのまま報告する。なるほど、触手がくっついているから怒らない。サボりなのは分かっているけど仕方ないなぁ、で終わる程度。
というかこの触手、陽菜がいないというのに巻き付いている。きっと、縁が遠退かないと離れないのだろう。
道行く人、たまたま立ち寄った店の店員はそこから陽菜が離れればすぐに触手も離れる。宿屋の従業員や、普段からよく利用する店の店員はずっと巻き付いている、そういうことだろう。その方が何かと都合がいいから。
「戻りました~。さっき聖女様が買い物してるの見かけたんスけど、今日休みっスか?」
戸が開いて若い職員が入ってくる。同時に放たれた言葉に結慧とウィルフリードはチラリと視線を交わしたけれど、結局どちらも何も言うことはなかった。
さて、気を取り直して本日の仕事なのだけれど。
一言で言うならとっても捗る。いつもの三倍は早い。まぁ、それはそう。というわけで、
「清書はすべて終わりました。他に何かできることはありますか?」
「それなら……」
大量の郵便物を渡された。これの開封と仕分け……って、
「あの、中身を見てしまうと思うのですが」
「君は内容をどこかに漏らすつもりがあるのかな?」
「いえ、そんな相手もいませんし」
「なら大丈夫。」
信用されてる、のかしら?
この郵便物の量を見る限り開封せずに数日間放置されていたようだし、本当に手がまわっていないらしい。
とにかく、いいというならやるまでだ。
ウィルフリードは結慧に担当者の一覧表を手渡していった。誰がどんな業務を担当しているかが一目で分かるようになっている。
これならいちいち誰かに聞いたりせずに済みそう。
「アーベルさん、郵便物こちらに置きますね」
「……ん」
「期限の近いものが上になっています」
「ウェーバーさん、郵便物ですが至急が二件ありました」
「わかった」
大量の郵便を開封して仕分けて、担当者に渡していく。みんな嫌そうだけど仕方なくも受け取ってくれる。
「エンデさん、他部署宛のものはどうしますか?」
「右に行ってつきあたりにある部屋が郵便担当の部署だから、そこに戻してきてくれる?まとめて渡せばいいから」
「わかりました」
「次なんだけど。これの宛名書きと封入をお願い。見本を作っておいたからその通りに」
「はい。できあがったものは先程の部署に持っていけばいいのですか?」
「そうだね」
楽しい。
誰でもできる作業だけれど、仕事がある、やることがある。やらせてもらえる。
それが、こんなにも嬉しい。
0
あなたにおすすめの小説
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
【完結】そして異世界の迷い子は、浄化の聖女となりまして。
和島逆
ファンタジー
七年前、私は異世界に転移した。
黒髪黒眼が忌避されるという、日本人にはなんとも生きにくいこの世界。
私の願いはただひとつ。目立たず、騒がず、ひっそり平和に暮らすこと!
薬師助手として過ごした静かな日々は、ある日突然終わりを告げてしまう。
そうして私は自分の居場所を探すため、ちょっぴり残念なイケメンと旅に出る。
目指すは平和で平凡なハッピーライフ!
連れのイケメンをしばいたり、トラブルに巻き込まれたりと忙しい毎日だけれど。
この異世界で笑って生きるため、今日も私は奮闘します。
*他サイトでの初投稿作品を改稿したものです。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
【男装歴10年】異世界で冒険者パーティやってみた【好きな人がいます】
リコピン
ファンタジー
前世の兄と共に異世界転生したセリナ。子どもの頃に親を失い、兄のシオンと二人で生きていくため、セリナは男装し「セリ」と名乗るように。それから十年、セリとシオンは、仲間を集め冒険者パーティを組んでいた。
これは、異世界転生した女の子がお仕事頑張ったり、恋をして性別カミングアウトのタイミングにモダモダしたりしながら過ごす、ありふれた毎日のお話。
※日常ほのぼの?系のお話を目指しています。
※同性愛表現があります。
本の知識で、らくらく異世界生活? 〜チート過ぎて、逆にヤバい……けど、とっても役に立つ!〜
あーもんど
ファンタジー
異世界でも、本を読みたい!
ミレイのそんな願いにより、生まれた“あらゆる文書を閲覧出来るタブレット”
ミレイとしては、『小説や漫画が読めればいい』くらいの感覚だったが、思ったよりチートみたいで?
異世界で知り合った仲間達の窮地を救うキッカケになったり、敵の情報が筒抜けになったりと大変優秀。
チートすぎるがゆえの弊害も多少あるものの、それを鑑みても一家に一台はほしい性能だ。
「────さてと、今日は何を読もうかな」
これはマイペースな主人公ミレイが、タブレット片手に異世界の暮らしを謳歌するお話。
◆小説家になろう様でも、公開中◆
◆恋愛要素は、ありません◆
聖女なんかじゃありません!~異世界で介護始めたらなぜか伯爵様に愛でられてます~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
川で溺れていた猫を助けようとして飛び込屋敷に連れていかれる。それから私は、魔物と戦い手足を失った寝たきりの伯爵様の世話人になることに。気難しい伯爵様に手を焼きつつもQOLを上げるために努力する私。
そんな私に伯爵様の主治医がプロポーズしてきたりと、突然のモテ期が到来?
エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる