月の叙事詩~聖女召喚に巻き込まれたOL、異世界をゆく~

野々宮友祐

文字の大きさ
26 / 91
第二章 月の国

2-10

しおりを挟む

 カラン、ドアベルの音が響く。
 通りから一本入った路地、地下へ続く階段。バー「セレイネ」はひっそりとそこにある。

「ウィルじゃないか。いらっしゃい」
「オシアス、久しぶり」
「おや、」

 カウンターの中にいた男が結慧を見て小さく声をあげる。
 オシアスと呼ばれた彼は年の頃はウィルフリードと同じくらい。深いネイビーの髪。切れ長の瞳も同じ色。
 夜の色、と結慧は思う。満月の出ている時の空の色。

「お前が女の子を連れてくるなんてね」
「そういう言い方はよくないな」

 カウンターとテーブルが二つ。それだけの小さな店には今はお客さんがいない。店員もまた、オシアスのみ。

「俺の幼馴染みなんだ」
「オシアス・ディーです。はじめまして、お嬢さん」
「ユエ・ソウマです。はじめまして」

 にこりと微笑んだオシアスに促されてカウンターへ。何を、と聞かれたので果実酒を注文する。

「できれば薄めで……」
「あれ、お酒だめだった?」
「いえ、最近飲んでなくて」

 別に弱くはない、とは思うけど。
 そもそもあまりお酒は飲まなかったし、この世界に来てからは一回も飲んでない。失敗は避けるべき。
 少ししてコトリと置かれたグラス。淡い黄色のお酒は甘すぎず、少しだけ酸味がある。

「リンゴかしら。美味しいですね」
「それは何より。なにせ仕事人間のウィルが女性を連れてくるなんて滅多にないから。ちゃんとおもてなししなくちゃな」
「よく言うよ。分かってたくせに」

 分かってた、とは?

「オシアスは魔術師でね。先見なんかも得意なんだよ。だから今日俺たちが来ることくらいお見通しって訳」
「そんなことはないさ。ウィルが連れと来るのは分かったけど、女の子だとは分からなかったよ。意外な人、というくらい。あとは」
「あとは?」
「何か厄介ごとに巻き込まれてるってくらいだな。何があった?」

 すごい。本物だわ。
 だけど厄介って。うん、まぁ、そうね。
 
「ごめんなさい……」
「厄介なのは君じゃないと思うけどな」

 とにかく結慧は今までのことを詳しく話すことにした。あの触手の事を話さなければならないし、ウィルフリードも彼と友達の魔術師もきっと信じてくれる。

「それは……大変だったな」
「厄介ごとに巻き込まれてるのってどう考えても君のほうじゃないか……」

 聖女召喚に巻き込まれたところから、太陽教会のこと、ピンクの触手のこと、旅のこと、月の国に着いてからのこと。途中からだんだんと熱が入り、愚痴っぽくなってしまったのは申し訳ない。

「というか……ごめんね、俺、君にそんな態度とってたんだね」
「いえ、エンデさんはとても良くしてくださったので。嫌いな人にも優しくできるって凄いわ」
「いや、思い返してみると結構ひどいね。本当にごめん」

 ひどい、って。どのへんが?
 ひどい態度っていうのはあの聖女御一行様のようなことをいうのであって。職場にいることを許してくれたし質問にも答えてくれた。ありがたくて、嬉しかった。

「ウィル、お前ユエちゃんを嫌ってた自覚があるのか?」
「うーん……話を聞いて、そうだったなと思ったんだよね。そういえばそんなことしたな、って指摘されて気付いた感じかな。っていうかそれよりもその呼び方、」
「そうか……」

 顎に手を当ててふむ、と考えるオシアス。続いたウィルフリードの言葉は聞こえていないのか無視しているのか。

「その聖女の能力は”魅了”っていう魔法だな」
「魅了、ですか?」
「うん。簡単に言うと相手に自分のことを好きになってもらう魔法」
 
 なるほど、と結慧は思う。そんな魔法があるなら、あの状況はぴったりだ。オシアスによれば、陽菜は魔力が強いからそのぶん魔法も強力。
 一目見ただけで気に入る。好きになる。いいなりになる。

「ユエちゃんのことを嫌いにさせるってのが凄いね。反対の効果を付与しているんだ。高等魔法だよ」

 好きに嫌いという感情を加える。相反する感情。それがどれだけ難しいことか。
 下手をすれば対象者の精神が狂う。

「精神って、」
「心を操るってことだからね。そのくらいのことなんだよ。だから魅了は禁術指定されてるんだ」
「エンデさんは大丈夫なの?」

 そんな大変なことだったなんて。
 結慧はおもわずウィルフリードの腕をとって顔を覗き込む。それにウィルフリードは「うん、あの、だいじょうぶ、です」なんて顔を赤くしてどもるものだから

「本当に?体調が悪いのでしたら」
「いやほんと平気だよ、うん、元気いっぱい」

 オシアスが「そいつは大丈夫だよ」と言うからそうなのだとは思うけれど。そんなに笑うようなことかしら?

 それにしても、陽菜のあれが魔法だったなんて。ずっと気になっていたことが分かってスッキリしたけれど、心配ごとも増えてしまった。
 陽菜の”魅了”はとても高度なもの。けれど、心を操るという性質上どうしても精神に多少の影響が出るらしい。術がかかっている期間が長ければ長いほど危険性が高まっていく。
 
 だとしたら、ずっと一緒にいるあの三人は。


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~

ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。 休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。 啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。 異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。 これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。

【完結】異世界に召喚されたので、好き勝手に無双しようと思います。〜人や精霊を救う?いいえ、ついでに女神様も助けちゃおうと思います!〜

月城 蓮桜音
ファンタジー
仕事に日々全力を注ぎ、モフモフのぬいぐるみ達に癒されつつ、趣味の読書を生き甲斐にしていたハードワーカーの神木莉央は、過労死寸前に女神に頼まれて異世界へ。魔法のある世界に召喚された莉央は、魔力量の少なさから無能扱いされるが、持ち前のマイペースさと素直さで、王子と王子の幼馴染達に愛され無双して行く物語です。 ※この作品は、カクヨムでも掲載しています。

ゲームちっくな異世界でゆるふわ箱庭スローライフを満喫します 〜私の作るアイテムはぜーんぶ特別らしいけどなんで?〜

ことりとりとん
ファンタジー
ゲームっぽいシステム満載の異世界に突然呼ばれたので、のんびり生産ライフを送るつもりが…… この世界の文明レベル、低すぎじゃない!? 私はそんなに凄い人じゃないんですけど! スキルに頼りすぎて上手くいってない世界で、いつの間にか英雄扱いされてますが、気にせず自分のペースで生きようと思います!

異世界で家をつくります~異世界転移したサラリーマン、念動力で街をつくってスローライフ~

ヘッドホン侍
ファンタジー
◆異世界転移したサラリーマンがサンドボックスゲームのような魔法を使って、家をつくったり街をつくったりしながら、マイペースなスローライフを送っていたらいつの間にか世界を救います◆ ーーブラック企業戦士のマコトは気が付くと異世界の森にいた。しかし、使える魔法といえば念動力のような魔法だけ。戦うことにはめっぽう向いてない。なんとか森でサバイバルしているうちに第一異世界人と出会う。それもちょうどモンスターに襲われているときに、女の子に助けられて。普通逆じゃないのー!と凹むマコトであったが、彼は知らない。守るにはめっぽう強い能力であったことを。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

辺境ぐうたら日記 〜気づいたら村の守り神になってた〜

自ら
ファンタジー
異世界に転移したアキト。 彼に壮大な野望も、世界を救う使命感もない。 望むのはただ、 美味しいものを食べて、気持ちよく寝て、静かに過ごすこと。 ところが―― 彼が焚き火をすれば、枯れていた森が息を吹き返す。 井戸を掘れば、地下水脈が活性化して村が潤う。 昼寝をすれば、周囲の魔物たちまで眠りにつく。 村人は彼を「奇跡を呼ぶ聖人」と崇め、 教会は「神の化身」として祀り上げ、 王都では「伝説の男」として語り継がれる。 だが、本人はまったく気づいていない。 今日も木陰で、心地よい風を感じながら昼寝をしている。 これは、欲望に忠実に生きた男が、 無自覚に世界を変えてしまう、 ゆるやかで温かな異世界スローライフ。 幸せは、案外すぐ隣にある。

処理中です...