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第二章 月の国
2-18
しおりを挟む「ハンスさん、あと五分でミーティングですよ」
「もうそんな時間っスか!?」
「第三会議室セッティング済みです」
「ありがと~!!」
「ソウマさんこれ建設部まで持っていけるかい?」
「はい、わかりました。こっちは?」
「経理!」
「了解です」
「待ってついでにコレも頼む!」
「はぁい!」
バタバタ、くるくる。手も足も頭も休めることなく動かし続ける。
処理済みのサインが書かれた書類を他部署まで届け、その足で郵便物を回収。途中で行き合った人に総合管理部宛の束を渡され、抱えて歩く。鞄があった方がいいかもしれない。落としたら面倒だ。
持って帰ってきたものは、デスクでざっと目を通す。これはアイクさん、これはウェーバーさん。ウィルさん、ハンスさん、ウィルさん。担当に振り分け、期日の近いものを上に。
こういう時に、以前ウィルフリードがくれた担当一覧表がとても役に立つ。忙しい合間に作ってくれたであろうそれの内容はもう覚えてしまったけれど、デスクの目立つところに置いてある。
「部長、教会から講堂の利用申請が届いてます」
「……ウィルでいいのに……」
「仕事中なので」
逆にウィルフリードは結慧のことを頑なに「ユエちゃん」と呼ぶ。本人曰く、牽制。
誰に対して、何の目的で……?
「まぁいいけどさ。ところでこの申請書、添付ついてなかったかな」
「受け取ったものにはついていませんでしたが、企画書段階のものでしたらコピーをファイリングした覚えがあるので出しますね。そこから変更がないかは教会に確認とります」
「うん、そうしてくれると助かるよ」
不意に、じ、とウィルフリードの瞳が結慧に固定される。綺麗な琥珀色。それに見つめられると、なぜだかどうにも落ち着かない。うなじの辺りがそわそわして、結慧は唇をきゅ、と引き結ぶ。
「あの、」
なにか、と問う声が存外に固くなってしまって、慌てて次の言葉を探す。違うのよ、責めてるのではないの、と焦って、けれど何に焦っているのかもよく解らないまま。
「ユエちゃんが来てくれて本当によかったなって思ったんだよ」
ああ、このひと。琥珀のような瞳だと思っていたけれど、違っていた。まっすぐに結慧に向けられた黄褐色が、ふわりと細くなる。
甘くて、優しくて、とろりと溶ける。
蜂蜜みたいな色。
「……私も、ここで働けてよかったです」
素直な気持ちを声にだしたら、それもどこか甘さを含んでいた。きゅぅ、と喉の奥が狭くなる。
恥ずかしいような、嬉しいような、泣きたいような。そんなくしゃくしゃの感情がころりと転がっていった。
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