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第二章 月の国
2-20
しおりを挟むこちらの世界でも週末は休みという企業が多く、月の国の役所でもそれは同じだった。
明日からの休み、予定はない。本屋を探して行ってみようかしらと考えを巡らせながら仕事をしていた午後。廊下に出たタイミングで、室内からウィルフリードが追いかけてきた。
「明日か明後日、予定が空いてたらどこか行かない?」
「ええ、特に予定は入っていませんから大丈夫ですよ」
「やった。いつもなら週末も仕事なんだけど、君が来てくれたおかげで今週末は休めそうなんだ。お礼もかねて街を案内するよ」
この街にきてすぐに仕事を始めたため、行ったことがある場所は宿と役場の周辺しかない。それで事足りていたから不便ではなかったけれど、せっかくだから綺麗な街並みを見てみたい。ウィルフリードが案内してくれるのなら、きっと色々なことを教えてくれるだろう。
明日の昼前、中央広場で待ち合わせ。
それをさっと取り決めて、ウィルフリードは部屋へと戻っていった。結慧に「君とデートできるなんて嬉しい」なんて言い残して。
(デート……?)
デート。でーと。でーと……とは
(デート!?)
自分に長らく関係なさすぎた単語。デート。恋人が、もしくは恋人未満の男女が連れ立ってどこかへ行くアレ。
いやいや別に付き合ってないし恋人未満という訳でもない、はず。だからきっと彼はそういう意味で言ったのではなく形式的に男女が一緒に出掛けることをそう表現しただけでというか一般的な社交辞令の範疇だと思うわうんそうきっとそうよね。
「部長、積極的ィ!」「付いて行っていい?」「後つけようぜ」「いい訳ないでしょ休日出勤させるよ」「横暴!」なんて部屋の中から聞こえる大騒ぎは結慧の耳に入ることはない。なぜなら逃げるような早足でその場を後にしたから。
そのまま目的の経理部を通りすぎて引き返して、そこでの「顔赤いけどどうしたの?」にまた顔が熱くなる。
「……走って、きたから……」
なんとか絞り出した声は変にうわずっていて、さらに体調不良を疑われてしまった。
***
なんとかミスをすることなく終えた仕事。いつもなら多少の残業をするけれど、今日は定時であがった。なぜなら。
「まだお店開いているかしら……」
役所を出て、急ぎ足で坂を下っていく。沢山の店の立ち並ぶ商店街エリアまで人の波に乗って追い抜いて。大型の商業施設なんてないので、目的の店がどこにあるのかなんてさっぱりだ。
時間がない。目に見える店の前に掲げられている看板をざっと見渡す。どこも閉店は二十時。あと二時間半。
今度は回りの人を見渡す。
「すみません、服屋を探しているんですが」
「それなら三つ先の通りが服屋のエリアですよ」
「ありがとうございます」
声をかけたのは同じくらいの年齢の女性。着ていたのは綺麗なワンピース。ああいう服がいいな、と思うような。
そう。服。
ないのよ、着るものが。今の手持ちは元の世界から着てきたカットソーにタイトスカート。それから、こちらで買ったのがいくつか。そのどれもが地味なもの。仕事に着てい分にはいいけど、出掛けるとなるとちょっと……
(別に意識している訳じゃないけど)
けっして、デートだと言われたからとかそんなことじゃない。失礼にあたらないような、どんな場所にでも着て行けるような服が欲しいだけ。別に一着や二着そういうのを持っていたって困らないし。今後突然必要になることもあるかもしれないし。
「あ、」
つらつらとそんな事をかんがえていたら、いつの間にか目の前に服屋があった。先ほど教えてもらった通り、このあたりは服屋が固まっているエリアらしい。
時間を確認。あと二時間。止まっている暇はない。
とりあえずショーウインドウを見て、よさそうな店に片っ端から入っていく。
きちんとして見えて、でもあんまり気張りすぎず、それでいて程よく品がよくて……。
「……これ、いいかも」
「いらっしゃいませ。試着もできますからお声がけください」
三件目に入って見つけたワンピース。落ち着いたグレーでレースが可愛いけれど甘すぎない。これならよさそう。じゃあ、こっちのカーディガンとあわせて……
「それならこちらも合いますよ」
「あら、素敵ですね。そっちにしようかな」
「うふふ、デート用ですか?」
ぴたり、手が止まる。デート、用。
「……ええと、あの、」
「あらあら、ごめんなさい。あんまりにも真剣に選んでいらしたから。うふふ。それならこのネックレスもいかがかしら」
「……はい、」
ワンピースに、カーディガン、ネックレス。それから今後のためにいくつかの服も。
おっとりと、けれど押しが強めな店員さんに言われるがまま選んで買って。
結構な出費だったけれど店員さんの勧めてきたものはどれも素敵だったし、こちらの世界の基準で選んでもらったほうが外れないし。
髪飾りをひとつおまけしてもらって、なかなかいい買い物をしたと思う。
これならきっと、大丈夫。
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