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第二章 月の国
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しおりを挟む「じゃあ行こうか」
「はい」
夕方。冬至の日の昼の時間などあっという間に過ぎ去って、気付けばもう夜が近い。太陽は地平線から顔を出しはしないのに、夕焼け空はしっかり赤いのだから不思議なものだ。それもわずかな時間なのだけれど。
街には明かりが灯り、暖かみのあるオレンジ色の光に溢れている。家が、店が、露店が。今夜、冬至の夜はずっとこのまま眠らない。
その光の真ん中を、ウィルフリードに付いて歩く。
けれど彼は明るい方とは逆へと進む。役所の角を曲がり、坂道を登っていく。この先は聖域で禁足地だと記憶していたけれど、違っただろうか。
「着いたよ」
それほど歩いたわけでもないが、空はすっかり暗くなった頃。目的地に着いたらしい。ここは、教会の裏?
「俺の秘密の場所なんだ。街が全部見渡せるんだよ」
聖域まであと少しというところ、木々の合間を縫って辿り着いたそこだけがぽかりと小さく拓けている。そこから目の前に広がるティコの街。オレンジの光で着飾って、キラキラと輝いている。
「ツリーが見えるわ」
街の中心、中央広場。そこはいっそう輝いて、その中心にはツリーがあった。ライトアップされたそれは昼間に見た雰囲気とはまた違う。青の光の中に銀色が川のように流れている。頂点には月。まるで月が満天の夜空を従えているような、星空のドレスを纏っているような。
「綺麗」
「うん、本当に。……街も、こんなに活気があるのは久しぶりだ。君のおかげだよ」
「いいえ、皆でやった事よ」
「……そうだね、その通りだ」
しばらく、二人黙って街を眺めていた。吹き抜ける風の寒さに自然と距離が近くなる。ぴたりと寄り添って、キラキラと輝く街から聞こえる笑い声に耳を傾けて。
「太陽が昇らなくなってからは、みんなどこか沈んでいてね。……最近は特に」
不安が、目に見える形になってきている。
育たない農作物。食料が減る。けれど、値段は上がる。輸入しようにもどこも似たような状況。
第一次産業が衰退する。失業者が増える。雇用は伸びない。街が荒れていく。衛生状態が悪くなる。病気が蔓延する。
それだけじゃない。
特に、この国は。
世間は、月神が太陽を奪ったと思っている。月神は悪だと、そう思っている。
月神を信仰しているこの国は世界から孤立してしまった。住人はいまだ月神信仰を続けるものが大多数だが、中にはそうでない人もやっぱりいる。国をでていく人もまた、多い。
この祭を開催するのも反対意見が出るくらいだ。それも、国内外から。太陽の国を筆頭に、月神を讃える祭をするとはと非難の声が上がっている。正式な抗議文も届いている。
火種が燻っている。あと一押し、何かがあれば大きな争い事になるかもしれない。そんなところまできている。
負のループは渦を巻いてどんどんと下がっていく。底までたどり着いた時が、きっとこの世界の終わりなんだろう。底は、もう目の前。
「太陽が昇れば、全部解決するかしら」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、確実に今よりは良い方へ動くだろうね」
「太陽が昇ってほしい?」
「もちろん。そうすれば、月神様への疑いを晴らすことだってできるはずだしね」
ぱちり、瞬きをしてウィルフリードの顔を見る。その目はまっすぐ、教会へと向けられていた。瞳に映る街の灯。
「信じているのね、月神様のこと」
「そりゃあね。自分の国の神様だし。月神様あってのこの街だから。それにね、大司教様に聞いたことがあるんだ」
月神と連絡がとれなくなる前、大司教が大司教になる前に、奏上の場に入ることができた時。
月神の声を初めて聞いた。低く、穏やかな声を。
物腰柔らかく、丁寧に話すその声を。
「そんな風に話す人が、悪い神様な訳ないって大司教様も言っていたよ」
大司教がこの街にしばらく居なかったのは、月神を探しているから。
みんな、月神を信じている。そうして自分にできる限りの事をしている。大司教自ら探しに出たり、ウィルフリードが国のために働くのも。
「月神様も、この国も。愛されているのね」
それは、きっと神様にとって嬉しい事だろう。
信じてくれる人がいるなら、まだきっと大丈夫。ここから見える、教会へと続く長い行列だってそういう事。
心に暖かいものがほわりと積もっていく感覚がして、なぜだか少し嬉しくなった。
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