月の叙事詩~聖女召喚に巻き込まれたOL、異世界をゆく~

野々宮友祐

文字の大きさ
56 / 91
第二章 月の国

2-40

しおりを挟む

「じゃあ行こうか」
「はい」

 夕方。冬至の日の昼の時間などあっという間に過ぎ去って、気付けばもう夜が近い。太陽は地平線から顔を出しはしないのに、夕焼け空はしっかり赤いのだから不思議なものだ。それもわずかな時間なのだけれど。

 街には明かりが灯り、暖かみのあるオレンジ色の光に溢れている。家が、店が、露店が。今夜、冬至の夜はずっとこのまま眠らない。
 その光の真ん中を、ウィルフリードに付いて歩く。
 けれど彼は明るい方とは逆へと進む。役所の角を曲がり、坂道を登っていく。この先は聖域で禁足地だと記憶していたけれど、違っただろうか。

「着いたよ」

 それほど歩いたわけでもないが、空はすっかり暗くなった頃。目的地に着いたらしい。ここは、教会の裏?

「俺の秘密の場所なんだ。街が全部見渡せるんだよ」

 聖域まであと少しというところ、木々の合間を縫って辿り着いたそこだけがぽかりと小さく拓けている。そこから目の前に広がるティコの街。オレンジの光で着飾って、キラキラと輝いている。

「ツリーが見えるわ」

 街の中心、中央広場。そこはいっそう輝いて、その中心にはツリーがあった。ライトアップされたそれは昼間に見た雰囲気とはまた違う。青の光の中に銀色が川のように流れている。頂点には月。まるで月が満天の夜空を従えているような、星空のドレスを纏っているような。

「綺麗」
「うん、本当に。……街も、こんなに活気があるのは久しぶりだ。君のおかげだよ」
「いいえ、皆でやった事よ」
「……そうだね、その通りだ」

 しばらく、二人黙って街を眺めていた。吹き抜ける風の寒さに自然と距離が近くなる。ぴたりと寄り添って、キラキラと輝く街から聞こえる笑い声に耳を傾けて。

「太陽が昇らなくなってからは、みんなどこか沈んでいてね。……最近は特に」

 不安が、目に見える形になってきている。
 育たない農作物。食料が減る。けれど、値段は上がる。輸入しようにもどこも似たような状況。
 第一次産業が衰退する。失業者が増える。雇用は伸びない。街が荒れていく。衛生状態が悪くなる。病気が蔓延する。

 それだけじゃない。
 特に、この国は。

 世間は、月神が太陽を奪ったと思っている。月神は悪だと、そう思っている。
 月神を信仰しているこの国は世界から孤立してしまった。住人はいまだ月神信仰を続けるものが大多数だが、中にはそうでない人もやっぱりいる。国をでていく人もまた、多い。
 この祭を開催するのも反対意見が出るくらいだ。それも、国内外から。太陽の国を筆頭に、月神を讃える祭をするとはと非難の声が上がっている。正式な抗議文も届いている。
 火種が燻っている。あと一押し、何かがあれば大きな争い事になるかもしれない。そんなところまできている。
 
 負のループは渦を巻いてどんどんと下がっていく。底までたどり着いた時が、きっとこの世界の終わりなんだろう。底は、もう目の前。

「太陽が昇れば、全部解決するかしら」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、確実に今よりは良い方へ動くだろうね」
「太陽が昇ってほしい?」
「もちろん。そうすれば、月神様への疑いを晴らすことだってできるはずだしね」

 ぱちり、瞬きをしてウィルフリードの顔を見る。その目はまっすぐ、教会へと向けられていた。瞳に映る街の灯。

「信じているのね、月神様のこと」
「そりゃあね。自分の国の神様だし。月神様あってのこの街だから。それにね、大司教様に聞いたことがあるんだ」

 月神と連絡がとれなくなる前、大司教が大司教になる前に、奏上の場に入ることができた時。
 月神の声を初めて聞いた。低く、穏やかな声を。
 物腰柔らかく、丁寧に話すその声を。

「そんな風に話す人が、悪い神様な訳ないって大司教様も言っていたよ」

 大司教がこの街にしばらく居なかったのは、月神を探しているから。
 みんな、月神を信じている。そうして自分にできる限りの事をしている。大司教自ら探しに出たり、ウィルフリードが国のために働くのも。

「月神様も、この国も。愛されているのね」

 それは、きっと神様にとって嬉しい事だろう。
 信じてくれる人がいるなら、まだきっと大丈夫。ここから見える、教会へと続く長い行列だってそういう事。
 心に暖かいものがほわりと積もっていく感覚がして、なぜだか少し嬉しくなった。 

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

【完結】そして異世界の迷い子は、浄化の聖女となりまして。

和島逆
ファンタジー
七年前、私は異世界に転移した。 黒髪黒眼が忌避されるという、日本人にはなんとも生きにくいこの世界。 私の願いはただひとつ。目立たず、騒がず、ひっそり平和に暮らすこと! 薬師助手として過ごした静かな日々は、ある日突然終わりを告げてしまう。 そうして私は自分の居場所を探すため、ちょっぴり残念なイケメンと旅に出る。 目指すは平和で平凡なハッピーライフ! 連れのイケメンをしばいたり、トラブルに巻き込まれたりと忙しい毎日だけれど。 この異世界で笑って生きるため、今日も私は奮闘します。 *他サイトでの初投稿作品を改稿したものです。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

【男装歴10年】異世界で冒険者パーティやってみた【好きな人がいます】

リコピン
ファンタジー
前世の兄と共に異世界転生したセリナ。子どもの頃に親を失い、兄のシオンと二人で生きていくため、セリナは男装し「セリ」と名乗るように。それから十年、セリとシオンは、仲間を集め冒険者パーティを組んでいた。 これは、異世界転生した女の子がお仕事頑張ったり、恋をして性別カミングアウトのタイミングにモダモダしたりしながら過ごす、ありふれた毎日のお話。 ※日常ほのぼの?系のお話を目指しています。 ※同性愛表現があります。

本の知識で、らくらく異世界生活? 〜チート過ぎて、逆にヤバい……けど、とっても役に立つ!〜

あーもんど
ファンタジー
異世界でも、本を読みたい! ミレイのそんな願いにより、生まれた“あらゆる文書を閲覧出来るタブレット” ミレイとしては、『小説や漫画が読めればいい』くらいの感覚だったが、思ったよりチートみたいで? 異世界で知り合った仲間達の窮地を救うキッカケになったり、敵の情報が筒抜けになったりと大変優秀。 チートすぎるがゆえの弊害も多少あるものの、それを鑑みても一家に一台はほしい性能だ。 「────さてと、今日は何を読もうかな」 これはマイペースな主人公ミレイが、タブレット片手に異世界の暮らしを謳歌するお話。 ◆小説家になろう様でも、公開中◆ ◆恋愛要素は、ありません◆

聖女なんかじゃありません!~異世界で介護始めたらなぜか伯爵様に愛でられてます~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
川で溺れていた猫を助けようとして飛び込屋敷に連れていかれる。それから私は、魔物と戦い手足を失った寝たきりの伯爵様の世話人になることに。気難しい伯爵様に手を焼きつつもQOLを上げるために努力する私。 そんな私に伯爵様の主治医がプロポーズしてきたりと、突然のモテ期が到来? エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

処理中です...