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第二章 月の国
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しおりを挟む「冬至祭、楽しめたようで何より」
後日、バー「セレイネ」にて。
手首についたブレスレットを一瞥し、そう言ってきたオシアスは意地の悪い顔で笑っていた。赤面する結慧と、顔をしかめるウィルフリードを見てまた笑う。
彼にはすべてお見通し。「いつもの事なんだ。悪趣味だよね」とはウィルフリードの言葉。それは本当にそう。
***
「じゃあこのお店の名前も月神様からきているのね」
「ああ、何代か前の女神様の名だよ」
「別の世界なのに同じ名前の神がいるなんて興味深いね」
今日もこの場所で話すことといったら神たちについて。おもに話すのは結慧とオシアスだけれど。
聞き役に徹することが多いウィルフリードにつまらなくないかと聞けば「ユエちゃんが楽しそうなのを見てるのが楽しい」と。
「今の月神様は?」
「マーニという名前だよ」
「マーニ……北欧神話の月神ね」
ラグナロク、狼に捕まる月の名。太陽さえなくなるその神話は今のこの世界とどこか似ているような。
この店の名前の由来となったセレーネは豊穣の月。聞けばやはりその時代は華やかであったようだ。
「リンクしてる?」
「かもな。全てが同じじゃないだろうけど」
「そのラグナロクっていうのは?」
「神々の戦い……簡単に言うと終末のことよ」
今、この世界は確かに終末期だろう。これからラグナロクが、神々の争いが起こるとは思わないけれど似た部分は確かにある。
「次の……その、生まれていた子供の名前は」
「それは分からないんだ。代替わりして、こちらは初めて名前を知るから」
「そうなの」
次の月神の名前が知れたら、何が起こるのか予想が立つと思ったのだけれど。
「代替わりは神託で知らされるのかしら」
「そうみたいだよ。今回から宜しく、って感じで」
戴冠の儀式があると伝わってはいるけれど、それを人間が見ることはない。ただ、神託のタイミングでいつ頃儀式が行われていたかは予想がつく。
「だいたい月神様の戴冠は満月の日にするらしいから、分かりやすいね」
「太陽神は朝日が昇る時ってだけだから予想が難しいとか」
神によっていろいろ。ただ、共通しているところがひとつある。
「その戴冠の儀式の時の天気で治世が占われるらしい」
「天気?」
戴冠式が綺麗に晴れていたらその神の治世は明るいものになる。逆に曇っていたり、雨になったり。そういう時に世は荒れる。
「今回の月神様は曇りだったそうだ」
暗雲が表すのは、見通す先の不安。
何が起こるか分からず、未来は暗い。
「あと、これは噂だが。どうやら今の太陽神の戴冠は嵐だったらしい」
嵐。大荒れの世。もし本当なら前代未聞。
雨の世も酷い時代になるらしいが、それ以上とは。
「……神様でも天気は変えられないのね」
「ん?」
「前に神様は人間とは違う力を持っているって説明してくれたでしょう?だから、神様くらいだったら天気だって変えられると思ったのだけれど」
特別な力があるのなら、それで天気を変えてしまえばいい。けれど、それができないから占いができる。できてしまう。それは、
「神にもどうすることもできない、世界の意思のようなものがあるのかもしれないな」
世界の意思。圧倒的な力でもって、神も従わざるを得ないもの。神ですら、その意志の中。
「私のいた所では、そういうものこそ神様と呼ぶわ」
人間と意志疎通をはかり、国を見守る存在よりも、そちらのほうが余程神と呼ぶのにしっくりとくる気がする。
***
「今日はありがとうございました。楽しかったわ」
「またいつでもおいで」
夜も更け、最後の一杯も飲み干して。そろそろお開きにと席を立つ。今日もまた、他のお客は来なかった。
「ユエちゃん」
呼び止められる。振り返る。
いつになく真剣な顔をしたオシアス。
「気をつけて。――――嵐がくる」
結慧の目の、その奥。どこを見ているのか、どこまで見えているのか。オシアスの深い深い青の瞳には何が映っているのか。
「ウィル。……信じて、手を放すなよ」
「……ん、わかった」
慣れているのだろう、オシアスの忠告にウィルフリードは頷き返す。
ぱちり、目を閉じて、開く。そうしていつものオシアスに戻った。軽く手を振って、扉がしまる。
嵐がくる。
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