月の叙事詩~聖女召喚に巻き込まれたOL、異世界をゆく~

野々宮友祐

文字の大きさ
64 / 91
第二章 月の国

2-48

しおりを挟む

「どうしてですか。彼女はこの街の人たちを救ったんです。それがどうして責められなければならないんですか」

 ウィルフリードの声に珍しく怒気が籠る。
 ここ数日で住民たちの不安は今にも限界を迎えそうな程にまでなってしまった。あり得ないと言って良い程の勢いは、最早誰にも止めることができそうにない。このまま不安が爆発したらどうなってしまうのか。
 
 そうなる前にと国や街のトップたちが動き出した。宰相のラルドを先頭に、大臣や行政担当者が揃って総合管理部までやって来たのだ。魔獣を退治したのが結慧であることは誰にも言ってはいないのに、上層部すら結慧を特定している。街中に結慧の事が知れ渡っているのだろう。

 ウィルフリードが矢面に立って、その後ろに口のたつネーターとウェーバーが控える。ほかのメンバーで結慧を守るようにして隠す。
 さながら籠城戦だ。廊下ではたくさんの野次馬がこちらを覗き込んでいる。逃げ道はどこにもない。

「住民が混乱している。これ以上は厄介なことになる」
「役所の者だとバレているのだ。批判の件数が凄まじい。役所は無関係だというのに!」
「政治に影響が出たらどう責任をとるつもりだね?」
「だから彼女を追放すると?この街から、この国から」
「流石に横暴でしょう。恩を仇で返すおつもりで?」
「その子、太陽の国の聖女と一緒に別の世界から来たのだってね。聖女の元へ行ったらどうだい?」
「いや、元いた世界に帰ってもらえばいい。魔力は相当使うが仕方ないだろう。魔術省と協会で術を……」

 勝手なことばかり言うお偉方。それに噛みつくウィルフリードたち。それを結慧はただ眺めていた。まるで透明な壁を一枚隔てているような、どこか他人事のような顔で。そこにはもう、諦め以外の何もない。

 そんな結慧を見やり、今まで黙っていたラルドが口を開いた。苦虫を大量に噛み潰したかのような表情。ラルドは分かっている。これがどれだけ非情で理不尽なことかを。けれど、言わねばならない。それが彼の、宰相の仕事なのだから。

「これは決定事項だ、ウィル」
「承服しかねます。彼女を追い出すことに何の意味があるというんです」
「国王の許可が出ている」

 懐から取り出した一枚の紙。そこにされた署名。それがどんな意味と効力を持つのかを知らないものは、ここにいない。
 事実上の国外退去処分。
 静まり返る部屋。そこに聞こえてくる、ざわめきがあった。

「――――おい、あれ」

 窓の外を指差して、アーベルが言う。全員がそちらを見て、息を飲む。
 
 窓の外、昇らない太陽が薄明かりさえ消した宵の口。地上にたくさんの星があった。
 星、いや、人の持つ沢山の灯りが役所を取り囲もうと迫っている。

「……何で、何でっスか!?ユエさんが何したって言うんスか!」
「あんなボロボロになりながら戦った結果がこれか」

 押し寄せる人たちを衛兵が止めようと盾になっている。なんとか役所の敷地前で押し止めているが、時間の問題だろう。

「……私のせいね」
「それは違う」
「私が、余計なことしたから」
「人の命を救うのが余計な訳ねぇだろ!」
「私が、」
「ユエちゃん」

 ウィルフリードが駆け寄ってきて、結慧を腕の中に閉じ込める。
 離さないと、離れたくないと。

「心配しなくていいよ。俺が全部なんとかしてみせる。だから、」

 離れていかないでと、言っているようで。

(……ああ、)

 好きだな、と思う。
 この人が、この人たちが。

 明るく皆を笑わせてくれるアーベルが。まるで兄のように面倒見のいいウェーバーが。ちゃっかりして甘え上手なハンスが。いつも優しく紳士的なネーターが。無口だけど頼りになるアイクが。
 それから、いつだってあたたかいウィルフリードが。

 好き。大好き。
 この人が、この人たちが、この場所が。

 ここにいたい。ずっと皆で、ここにいたい。
 だけど。

 ウィルフリードの身体を押し返す。てのひらに力をいれて、そうしないと彼の服を握り締めてしまうから。

 このままここにいたら、大好きな人たちに迷惑がかかる。それは、嫌。

 下を向いて、ぎゅっと目を瞑る。溢れそうになる涙を無理矢理押し戻して。深くゆっくりと呼吸をしたら、ウィルフリードのにおいがした。

 落ち着け、おちつけ。
 へいきよ、だいじょうぶ。

「――――お世話になりました」
「ユエちゃん、」

 顔をあげる。

「私、行きます」

 振り返らないで、部署の扉を駆け出ていく。
 野次馬が割れて道ができる。みんなが後ろを追いかけてくるけれど、止まることはない。

 私は、私にできることをする。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

【完結】そして異世界の迷い子は、浄化の聖女となりまして。

和島逆
ファンタジー
七年前、私は異世界に転移した。 黒髪黒眼が忌避されるという、日本人にはなんとも生きにくいこの世界。 私の願いはただひとつ。目立たず、騒がず、ひっそり平和に暮らすこと! 薬師助手として過ごした静かな日々は、ある日突然終わりを告げてしまう。 そうして私は自分の居場所を探すため、ちょっぴり残念なイケメンと旅に出る。 目指すは平和で平凡なハッピーライフ! 連れのイケメンをしばいたり、トラブルに巻き込まれたりと忙しい毎日だけれど。 この異世界で笑って生きるため、今日も私は奮闘します。 *他サイトでの初投稿作品を改稿したものです。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

【男装歴10年】異世界で冒険者パーティやってみた【好きな人がいます】

リコピン
ファンタジー
前世の兄と共に異世界転生したセリナ。子どもの頃に親を失い、兄のシオンと二人で生きていくため、セリナは男装し「セリ」と名乗るように。それから十年、セリとシオンは、仲間を集め冒険者パーティを組んでいた。 これは、異世界転生した女の子がお仕事頑張ったり、恋をして性別カミングアウトのタイミングにモダモダしたりしながら過ごす、ありふれた毎日のお話。 ※日常ほのぼの?系のお話を目指しています。 ※同性愛表現があります。

本の知識で、らくらく異世界生活? 〜チート過ぎて、逆にヤバい……けど、とっても役に立つ!〜

あーもんど
ファンタジー
異世界でも、本を読みたい! ミレイのそんな願いにより、生まれた“あらゆる文書を閲覧出来るタブレット” ミレイとしては、『小説や漫画が読めればいい』くらいの感覚だったが、思ったよりチートみたいで? 異世界で知り合った仲間達の窮地を救うキッカケになったり、敵の情報が筒抜けになったりと大変優秀。 チートすぎるがゆえの弊害も多少あるものの、それを鑑みても一家に一台はほしい性能だ。 「────さてと、今日は何を読もうかな」 これはマイペースな主人公ミレイが、タブレット片手に異世界の暮らしを謳歌するお話。 ◆小説家になろう様でも、公開中◆ ◆恋愛要素は、ありません◆

聖女なんかじゃありません!~異世界で介護始めたらなぜか伯爵様に愛でられてます~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
川で溺れていた猫を助けようとして飛び込屋敷に連れていかれる。それから私は、魔物と戦い手足を失った寝たきりの伯爵様の世話人になることに。気難しい伯爵様に手を焼きつつもQOLを上げるために努力する私。 そんな私に伯爵様の主治医がプロポーズしてきたりと、突然のモテ期が到来? エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

処理中です...