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第二章 月の国
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しおりを挟む「どうしてですか。彼女はこの街の人たちを救ったんです。それがどうして責められなければならないんですか」
ウィルフリードの声に珍しく怒気が籠る。
ここ数日で住民たちの不安は今にも限界を迎えそうな程にまでなってしまった。あり得ないと言って良い程の勢いは、最早誰にも止めることができそうにない。このまま不安が爆発したらどうなってしまうのか。
そうなる前にと国や街のトップたちが動き出した。宰相のラルドを先頭に、大臣や行政担当者が揃って総合管理部までやって来たのだ。魔獣を退治したのが結慧であることは誰にも言ってはいないのに、上層部すら結慧を特定している。街中に結慧の事が知れ渡っているのだろう。
ウィルフリードが矢面に立って、その後ろに口のたつネーターとウェーバーが控える。ほかのメンバーで結慧を守るようにして隠す。
さながら籠城戦だ。廊下ではたくさんの野次馬がこちらを覗き込んでいる。逃げ道はどこにもない。
「住民が混乱している。これ以上は厄介なことになる」
「役所の者だとバレているのだ。批判の件数が凄まじい。役所は無関係だというのに!」
「政治に影響が出たらどう責任をとるつもりだね?」
「だから彼女を追放すると?この街から、この国から」
「流石に横暴でしょう。恩を仇で返すおつもりで?」
「その子、太陽の国の聖女と一緒に別の世界から来たのだってね。聖女の元へ行ったらどうだい?」
「いや、元いた世界に帰ってもらえばいい。魔力は相当使うが仕方ないだろう。魔術省と協会で術を……」
勝手なことばかり言うお偉方。それに噛みつくウィルフリードたち。それを結慧はただ眺めていた。まるで透明な壁を一枚隔てているような、どこか他人事のような顔で。そこにはもう、諦め以外の何もない。
そんな結慧を見やり、今まで黙っていたラルドが口を開いた。苦虫を大量に噛み潰したかのような表情。ラルドは分かっている。これがどれだけ非情で理不尽なことかを。けれど、言わねばならない。それが彼の、宰相の仕事なのだから。
「これは決定事項だ、ウィル」
「承服しかねます。彼女を追い出すことに何の意味があるというんです」
「国王の許可が出ている」
懐から取り出した一枚の紙。そこにされた署名。それがどんな意味と効力を持つのかを知らないものは、ここにいない。
事実上の国外退去処分。
静まり返る部屋。そこに聞こえてくる、ざわめきがあった。
「――――おい、あれ」
窓の外を指差して、アーベルが言う。全員がそちらを見て、息を飲む。
窓の外、昇らない太陽が薄明かりさえ消した宵の口。地上にたくさんの星があった。
星、いや、人の持つ沢山の灯りが役所を取り囲もうと迫っている。
「……何で、何でっスか!?ユエさんが何したって言うんスか!」
「あんなボロボロになりながら戦った結果がこれか」
押し寄せる人たちを衛兵が止めようと盾になっている。なんとか役所の敷地前で押し止めているが、時間の問題だろう。
「……私のせいね」
「それは違う」
「私が、余計なことしたから」
「人の命を救うのが余計な訳ねぇだろ!」
「私が、」
「ユエちゃん」
ウィルフリードが駆け寄ってきて、結慧を腕の中に閉じ込める。
離さないと、離れたくないと。
「心配しなくていいよ。俺が全部なんとかしてみせる。だから、」
離れていかないでと、言っているようで。
(……ああ、)
好きだな、と思う。
この人が、この人たちが。
明るく皆を笑わせてくれるアーベルが。まるで兄のように面倒見のいいウェーバーが。ちゃっかりして甘え上手なハンスが。いつも優しく紳士的なネーターが。無口だけど頼りになるアイクが。
それから、いつだってあたたかいウィルフリードが。
好き。大好き。
この人が、この人たちが、この場所が。
ここにいたい。ずっと皆で、ここにいたい。
だけど。
ウィルフリードの身体を押し返す。てのひらに力をいれて、そうしないと彼の服を握り締めてしまうから。
このままここにいたら、大好きな人たちに迷惑がかかる。それは、嫌。
下を向いて、ぎゅっと目を瞑る。溢れそうになる涙を無理矢理押し戻して。深くゆっくりと呼吸をしたら、ウィルフリードのにおいがした。
落ち着け、おちつけ。
へいきよ、だいじょうぶ。
「――――お世話になりました」
「ユエちゃん、」
顔をあげる。
「私、行きます」
振り返らないで、部署の扉を駆け出ていく。
野次馬が割れて道ができる。みんなが後ろを追いかけてくるけれど、止まることはない。
私は、私にできることをする。
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