月の叙事詩~聖女召喚に巻き込まれたOL、異世界をゆく~

野々宮友祐

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第二章 月の国

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 屋上のドアを開ける。いつかウィルフリードと来たここにもう一度、こんな形で来るなんて思いもしなかった。
 風が吹き抜けていく。真冬の冷たい夜の風。背後の山の上には満月が出ていた。積もった雪が月明かりで光を反射して、夜だというのに街が端まで見渡せる。

 身長よりも高いフェンスを飛び越える。
 翻ったスカートをおさえて眼鏡を外す。
 下から聞こえるどよめきと、こちらに向けて指を指す人。役所の中にいた沢山の人たちも、外へと出て結慧のことを見上げている。

 不思議と、心が凪いでいる。

 何をすべきか、どうしたらいいのか。何故だろう、全部分かる。
 魔術を、ここにいる人全てに声がとどくように。

「皆さん、こんばんは」

 黒髪が風に靡く。
 結慧の声が全員に届いた。
 大声で話しているわけでもない、拡声の魔術でもない。それぞれの人の隣で話しているかのような声が全員の耳元で聞こえる。

「お騒がせしてご免なさいね。皆さんの望み通り、私はここを出て行くわ」

 ゆったりと、まるで仲の良い知人と会話をするような口調で。へりくだって見えないように、弱々しく見えないように、けれど尊大に見えないように。

「でもその前に、一つだけ約束してくださらない?」

 虚勢を張っているのを隠して、凛と背を伸ばして。

「私の事、庇ってくれた人たちがいるの。その人たちをどうかこれ以上責めないで」

 背後で気配が動く。屋上まで追いかけてきてくれた、大好きな人たち。

「すべての責任は私が持って行くわ。だからどうか、誰も彼もが誰かを責める事がないように」

くるりと見渡す。集まった人を、建物の窓からこちらを見る人を。

「それだけ約束してくれるのなら、私は二度と戻らないって誓うから」

 真下を見る。先ほど部署に集まった大臣たちを。
 ラルドがひとつ、頷いた。すまない、と唇が動く。

 それを確かに見届けて、結慧は手を空へと向ける。
 初めて使う魔術。けれど、どうしてだろう、やっぱりやり方は分かっている。

 空中に光が生まれた。
 まるで花蕾が綻ぶように、小さな光が丸く円く開いていく。浮かび上がる曼陀羅のような美しい模様。

 もう知っている。もう分かる。

 大きく大きく、空に描かれていくその美しい紋。結慧だけではない、この国に生きる者なら誰もが知っている。見つめる誰かが息を飲む。

 回転する。カチリと音がして、まるで扉のように円が真ん中から二つに割れていく。
 大型の転移魔方陣。
 割れた間から月が見えた。山の上と、魔方陣の中。二つの月が人々を見下ろしている。

 大きな建物があった。月の真下に聳える城。静かな、けれど確かな威厳を持って在るそれは荘厳な門に守られている。
 門の中央にはレリーフ。
 今、空に描かれたものと同じ美しい紋。

 ――――月の神殿。

 結慧の髪が靡く。
 月の光を受けて艶めく、漆黒の髪が。

「月神様……」

 誰かの声。それに反応するように、人々が膝をつく。神官が祈りの言葉を呟く。誰もが手を組み、祈る。
 まるで、赦しを乞うように。

「じゃあ、約束ね」

 けれど結慧はそれを無視して群衆に背を向けた。
 後ろの彼らに向き直る。ごめんなさい、と口の中で呟いて。
 
 フェンス越しに伸ばされた手を、握り返す事はない。

「ごきげんよう、良い夜を」

 屋上の床を蹴る。ふわりと浮かんで魔方陣の中へ。
 月の神殿へ。

 魔方陣が閉じていく。ぴたりと重なって元通り、くるりと回ってカチリと音がする。
 まるで、鍵を閉めるように。もう二度と開くことなどないとでも言うように。

 そうしてそのまま、夜に溶けていく。
 流れる雲が透けて見え、山の上の月が陰る。
 明るかったはずの夜が暗くなる。

 そうしてついに、雲に隠れて見えなくなった。


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