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第三章 月の神殿
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しおりを挟むウトゥと名乗った男を部屋に入れ、窓を閉める。冷たい空気が遮断される。部屋が元の暖かさに戻るまでにはしばらくかかるだろう。
「こんな時間に男を部屋に入れるのか?」
「じゃあベランダで話す?貴方だけ外で」
「それは寒いから御免だな」
自分でも本当に不用心だと思うけれど、ここまで来たらもう何をしても一緒だ。最悪殴り飛ばす準備だけしておく。
ドロリスが部屋に用意してくれていた紅茶は魔法で保温されていた。それをカップに注いで渡す。
「お!ありがとな!」
ニカッと笑って素直に受け取るこの男。
ベランダの暗い場所では分からなかったけれど、部屋の灯りの下ではその色がよく分かる。黄金色の髪と、同じ色の瞳。陽に焼かれた浅黒い肌。太陽の色だ。
「お前、名前は?」
「ユエよ。ユエ・ソウマ」
「神の一族に氏はないだろ」
「いろいろあるのよ、こっちだって」
「ふーん、そっか」
それで納得するの。
そう聞けば「その色じゃ疑いようがないからな」だそう。その底抜けに明るい話し方に毒気が抜けていく気がする。そういえば、自棄になっていたとはいえ初対面の癖に話しやすい。そういう性質の男なのだろう。
「で、話って何?」
「お、そうだった」
カップをテーブルに置く。音がしない。育ちが良い。
その黄金色の瞳が結慧を真っ直ぐに見つめた。
「一緒に太陽神を倒さないか?」
「……はい?」
ウトゥ。
向こうの世界ではシュメールの太陽神。善良で優しい、正義と裁きの神。
それがメソポタミアに入ってシャマシュと呼ばれた時、この神がしたことといえば、扇動。
巨人征伐を煽り立てた神。
「ちゃんと説明してくださらない?」
「そうだな。どこから話すかな」
まず、月神が現太陽神に殺されたのは知ってるよな?その問いに結慧は頷いて答える。さっき聞いた。
「現太陽神……俺の父だけどな。先代の太陽神と自分の妻を殺し、月神を殺し、月の宝珠を奪った。太陽を消し、月の宝珠の力で魔獣を作り出し、」
「待って。待ってちょうだい」
「うん?」
情報量が多すぎる。まだまだ知らないことが山ほどあった。先代の太陽神と自分の妻、つまりウトゥの母親を、
「殺した?」
「ああ。邪魔だったからみたいだな」
月神を滅し、自分がただ一人の偉大な神になる。そう言っていたのを諌めていた二人、それ以外にも異を唱えたものすべてを殺していった。
太陽の神殿も、月の神殿同様に血に染まっていた。
太陽の神殿で邪魔者を殺し、月の神殿に攻め入ってスミティとドロリス以外を殺し。そうして月の宝珠を奪った太陽神は今、地上から太陽を消した。
「どうして今なの?」
だって始まりは随分と前、二十六年前。すぐにやらなかった理由は?
「太陽神の力も強まったり弱まったりするんだ。次に力が最大になるのは今度の夏至。そこを狙ってる」
「ああ……もしかして十一年ごとなのかしら」
「分かるのか?」
太陽活動周期だ。十一年の間隔で太陽の活動が強まったり弱まったり。それに太陽神の力が連動している。
二十六年前をそれに重ねると、力が最も弱まった時期を過ぎ、勢力が回復し始めた頃。
「力の最大は二回あったはずよね」
「ああ。月神の神託がなくなったのを月の国が隠しただろう?それで思ったほど信仰が弱まらなくて。それで延ばしたみたいだな」
なるほど、月の国の隠蔽はある意味正解だったらしい。それで弱まらない信仰にしびれを切らし、太陽を隠した。すべての責任を月神に押し付けて。
さらに月の力を使った魔獣を生み出し人々を襲わせる事で更なる混乱を狙った。
次の夏至、すべての問題を解決したと発表し、己への信仰と尊敬を集めるために。
「身勝手ね」
「ああ。俺はそれが許せない」
「それで?貴方はどうして今なの?」
ウトゥも、どうして今になって動き始めたのか。
「恥ずかしい事なんだけどな、俺もこれを知ったのは太陽が昇らなくなってからなんだ」
太陽が消え、それを父に問うた。
月神に宝珠を奪われたと言われたが、どうもおかしい。調べるうちに見えてくる真実は耳を疑うもので。
「乳母が本当の事を話してくれたよ」
間違っていると思った。正さねばと思った。
けれど太陽神の力は大きく、次代を継ぐ者とはいえ簡単には手を出すことができない。
情報を集め、協力者を集め。そんなことをしている間にもどんどんと時が過ぎていく。人間たちが弱っていく。夏至が、期日がせまってくる。
「そこに現れたのがお前だ」
月の気配がした。月の神力の鼓動が確かに聞こえた。
それを辿って、太陽神の目を盗んで忍び込んだ今日だった。
「今までどこにいた?いや、今そんなことはどうでもいいな」
ふたたび、真っ直ぐな瞳に射抜かれる。
「太陽を取り戻す。力を貸してくれ、ユエ」
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