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第三章 月の神殿
3-14
しおりを挟む(まるでアポカリプティックサウンドね)
世界の終わりが始まる時、鳴り響くというファンファーレ。向こうの世界の聖書、黙示録の一節。それが今、現実に鳴っている。
『……もうすぐ終わるよ、放映具』
『準備オッケー!いっくよ~!』
通信具から絶えず聞こえる声は明るい。それぞれが自国の扉の前で、不安を腹の底に押し込んでテンションを上げて。そうでもしなければプレッシャーで潰れてしまう。
『ユエ、女は度胸と』
『ド根性ですわ~!』
『出番だぞ、ユエ。…………三、二、一、』
『行ってこい!』
ククノチのカウントでスミティとドロリスが扉を開く。開けた空間、弱い風がふわりと舞う。足を踏み出す。もう後戻りはできない。
背筋を伸ばしてまっすぐ前を向いて。弱気を悟られるわけにはいかない。薄く笑みを浮かべてはったりをかまして。月の座に腰を下ろし、正面。
あれが、太陽神。すべての元凶。
「ごきげんよう、お会いできて光栄ですわ」
「……月の娘。生まれた報告を受けたきり、音沙汰がなかったな。今までどこに?」
「ずっとずっと遠くにおりましたのよ」
世界の果ての、その向こうに。
「太陽の国で聖女を召喚なさったでしょう?彼女と一緒に世界を渡ってきましたの」
太陽神が片方の眉をはね上げる。どうやら気付いていなかったらしい。
地上でも声があがった。太陽の国の中央教会と、とある一等の宿の一室から。悲鳴や呻きに似た声が。
「それで、こちらへ来て私驚いてしまったの。ここでは何時になっても太陽が顔を出さないのだもの」
「……ああ、皆困っているのだ。月神が太陽の宝珠を奪い、どこかへ消えてしまった。月の娘よ、父君の居場所を知らぬか」
「あら、それは貴方が一番ご存知なのではなくて?」
にこり、笑顔をつくる。お互い無言。
腹の探り合いなどしている暇はない。なにせ日の出までにすべてを終わらせなければならないのだ。
「ねェ、私まどろっこしいの好きじゃないわ。……月の宝珠、返してくださる?」
それから、この世界へ太陽を。貴方がしたことは全て分かっている、暗にそう伝える。太陽神は眉間の皺を深くする。
「何を言い出すかと思えば、勘違いも甚だしい。話はそれだけか。時間の無駄だな」
席を立ち、背を向けた。
そこに投げつけるのは、安い挑発。
「あら、お逃げになるの?」
肘掛けに頬杖をついて、白けた声で。
「太陽神なんていっても、案外つまらない男ね」
こんな分かりやすいものに乗ってくるかは賭けだったが、心配いらなかったようだ。ぐるりと向き直った顔は憤怒の表情を浮かべている。若い女に小馬鹿にされたのが相当癇に障ったらしい。
「小娘が。言わせておけば」
とにかく怒らせること。冷静さを欠かせること。そうすれば、こちらが有利。
「私から宝珠を奪い、太陽を消したのは貴様の父だ。私の力を弱めるために!」
「ふぅん、そう。それで証拠は?」
「この私がそう言っているのだ!」
「それは証拠とは言わないわ」
頬杖をついたまま呆れ果てる。実はどっちもどっちな水掛け論だが、端から見ている側としては冷静な方が正しく見えるのだから不思議なものだ。
「太陽を消して貴方の力を削いだとして。そのせいで人の心が離れてしまうのなら無意味でしょう。そんなの考えれば分かる事だわ」
「それが分からぬ馬鹿だったのだろう月神は」
「酷い言われようね。……でもね、そうやって月神のせいにして月への信仰を減らそうなんてのも、大概単純だと思わない?」
太陽神が動く。その腰につけた剣を引き抜く。
それで怯むとでも思うのだろうか。
「あらあら、分が悪くなったら暴力? 野蛮だこと」
「黙れ」
「私も殺す?その剣で、月神と同じように」
見つめ合う。逸らしたら負ける。
背中にじっとりとかいた汗が冷えていく。いったいどのくらいそうしていただろう。ずいぶ長く無言だった気がするが、きっとそうでもないのだろう。
「……はは、はははは!小娘、どうやって知った。月の神殿にいた者は一人残らず殺したというのに!」
「ツメが甘いのよ。生き残った者もいるわ。それに」
すい、と指を指す。太陽神のうしろ、太陽の扉に向かって。そこから出てきたのは太陽神と同じ色。
「ウトゥか。コソコソ動き回っていると思えば」
「父上、もうやめましょう」
「何をやめるというのだ。月神は死んだ、この娘もここで殺す。私こそが唯一の偉大な神になるのだ!」
「そのような神を人は敬ったりはしない!」
「愚かな人間共を操る事など容易い。現に太陽が昇らぬのは月神の仕業だと信じきっているではないか。逆に私は讃えられているぞ、聖女を遣わし人間を助ける心優しき神だとな!」
――――人々が。
騙されていたのだと覚るにはもう十分だった。
太陽が昇らぬは誰のせいかを、責めるべきを間違えていた事を理解するには。少し考えれば気付けたかもしれないものを何も考えずに受け入れてしまっていた事を後悔するには。
人々が太陽に背を向けるには、もう十分だった。
「聖女は貴方の駒ではないわ。確かに呼んだのは貴方かもしれない。けれど、あの子はあの子なりの意志で動いている。貴方がそんな考えだと知っていたなら絶対に協力なんてしないはずよ」
「知った口を」
「分かるわ。――――友達だもの」
本当に友達かどうかはこの際どうだっていい。
優しすぎるんだよ、ユエちゃんは。地上でそう苦笑いされた気がするけれど口を挟まずにはいられなかった。
だってこの男のせいで聖女が、陽菜が割を食うのは違う。太陽の聖女というだけで石を投げられることのないように。突然、自分の意志とは関係なく世界を渡らされたのは陽菜も結慧も一緒だから。そこに非などあろうはずがないのだから。
「人間なんぞと友とは、程度が知れるな」
太陽神が嗤う。
人間を、結慧を、自分以外を心底馬鹿にした顔で。
「そんな低俗であるから人間にすら相手にされぬのだ。見物であったぞ、お前が月の国から追放されるのは」
「魔獣を放ったのは父上ではありませんか」
「だから何だと言うのだ。こいつを追い出したのはあの国の人間だぞ」
「それを煽動したのも父上、貴方だ。我々がそれに気付いていないとでも?」
ティコの街の住人が項垂れる。追放に動いた重役たちが頭を抱える。今更原因が分かっても、どうする事もできない。
「そもそも月神などいらぬ存在なのだ。事実、奴は随分前に死んでいる。気付かぬ人間も愚かだが、気付かれぬ方も憐れなものだ」
「……ええ、そうね、その通り。本当は月神なんて、神なんていらないのよ」
「ユエ、」
人がますます下を向く。あんな事をして、やはり見限られても当然――――
「そうでしょう?だって、人は神なんかに頼らずとも自分達の力で生きていけるのだから」
顔を上げた。画面の向こうには美しい女神。
その女神が、微笑んでいる。
「神の啓示なんて必要ないわ。だって人は自分達で考えて行動できるのだもの。国を治め、平和を保つ事ができるの。二十年以上そうやってきたのだからこれからだってできるに決まってる」
「人を、月の国を、馬鹿にしないで頂戴」
はっきりと言い放ったその言葉には力があった。
あんな無礼をしたというのに、愛想を尽かされても仕方ないというのに。それでもまだ人間を信じて見捨てずにいてくれるその言葉は、夜道を照らす光のようで。
この瞬間、人の心に月が再び光輝いた。
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