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第三章 月の神殿
3-16
しおりを挟むごとり、ふたつの珠が床に転がった。
淡く光る月と、光を失った太陽の宝珠。
「オォォオォォォオオォ……ン」
獣が鳴く。その躯を震わせて。そうしてむくりと起き上がる。形が変わる。ぼこぼこと不規則に蠢く闇が膨れ上がり、まるで山のように大きく。太陽神を飲み取り込んだ獣は、人の形へと姿を変えた。
真っ黒な巨人。それはまさしく、
(ギガントマキア……)
ギリシア神話、宇宙の覇権争い。
向こうの世界で何度も読んだ神話の光景が、結慧の目の前で繰り広げられている。
「グォォォオオォォオォオン!!」
巨人が吠えた。闇をあたりに撒き散らしながら。
質量のある闇は瘴気となって渦を巻く。真っ黒な嵐が結慧たちをも飲み込もうと襲い来る。
「ユエ!防壁を!!」
「そんなのどうやってやるのよ!?」
「大丈夫、できてます!」
咄嗟に前に出した腕、浮かんだ神紋が闇を防ぐ。十人がそれぞれ自分の前に防壁を出して耐える。
「その防壁が自国の防壁だ!破れれば国が飲み込まれるぞ」
「なにそれ!?」
アストライオスの言葉に耳を疑う。つまり、ぶっつけ本番で咄嗟に出したこの防壁が壊れてしまったら結慧はもちろん月の国へとダメージが及ぶ。
彼の言葉に反応したのは結慧だけではない。地上の人間、そのほとんどが窓に駆け寄って空を見上げた。夜明けが近く明るかった空が、まるで夜に逆戻りしたかのように暗い。どろどろと分厚い暗雲のようなもので覆われた空。
それを見たすべての者が、これは現実なのだと思い知った。未だこれが本当に神たちなのかと疑っていた者も、まるで夢を見ているかのように遠い所で起こっている事だと思っていた者も、誰も彼もが無関係ではないと否応なしに知らされた。
けれど、人にはもうどうする事もできやしない。
呆然と空を見上げるだけだ。
「……っ、ぅ」
「こ、れは……キツイな!」
押し負けつつあるのは結慧とウトゥだった。
防壁など出した事もなく経験が浅い結慧。太陽神への不信の影響を受け、力の弱まったウトゥ。太陽から人の心が離れれば、太陽を力の根元とするウトゥも太陽神同様に力を失ってしまう。それは想定内だったけれど、まさかこんな事になるなんて。
(このままじゃ、)
根本を、あの巨人をどうにかしなければ何も解決しない。それにはどうするか。なにか、できることは。
「――――ッ陽菜ちゃん!!」
声を張り上げて呼んだのは、一緒に向こうの世界から落ちてきた彼女。我儘で空気が読めなくて甘ったれで素直で可愛げがあって憎たらしい、あの子。
「陽菜ちゃん!太陽の聖女!ウトゥに、次の太陽神に祈りの力を送ってあげて!!」
賭けだった。こんな朝早くにあの子が起きているかどうかの情けない賭け。どうか起きていて、起きてなかったら叩き起こして!太陽の聖女の力があればきっと、
『うん!任せて結慧さぁん!』
陽菜の間延びした声が聞こえた気がした。
月の国、太陽の国に程近いとある街。
大きな大きな光の柱が出現した。
まるで太陽が昇ったかのように明るく辺りを照らす金色の光は、真っ直ぐ上へと伸びて立ち込める瘴気を突き抜ける。
「うぉあ!?」
ウトゥの身体が金色の光に包まれた。
溢れる光は確かに彼女のもの。
「すっげぇ!ありがとうな聖女!」
これでウトゥは大丈夫。
あとは、結慧だけ。
いま、自分にできることをするだけ。
「――――月の国の人、聞いて頂戴」
もしも、本当に結慧がヘカテーという名を持つのであれば。ギリシア神話、ギガントマキア。巨人を殴り飛ばした女神の名。それが結慧の本当の名だとしたら。
きっと、できることがある。
「少し手を離すから、その間耐えられるわね?」
放映具を真っ直ぐに見つめる。その向こう側にいる人たちに向けて。
「大丈夫、貴方達ならできる。今までずっと耐えてきた貴方達なら」
神の不在で不安だったのを、謂れのない事で責められるのを、世界から孤立していくのを、それでも神を信じて耐えてきた月の国であれば。
「平気よ、あんなの。何でもないわ」
笑ってみせる。意地と虚勢を張り付けて。震えそうになる声をなんとか抑えて。
「私も、貴方たちも。絶対に負けないわ」
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