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21 一寸の虫に五分の魂なら二メートルの虫には約九二センチの魂が……でかくね?
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※虫注意! 苦手な人は自衛してね
「こっちの色がいいかしら。それともこっち?」
うふふ、ってとってもお上品に笑いながらシャルロッテちゃんが僕の髪をいじっている。
僕のふあふあトイプーヘアー(ただの茶髪のパーマ)がたいそうお気に召したようで、ちょんと結んだ前髪に何色のリボンをつけようかさっきから迷っていらっしゃる。
あーーー。うん。
こないだの倉庫に閉じ込められたアレで好感度が上がったのね。把握。
ところでなんで僕のバロメーターは「犬」しかないわけ? 僕ね、こう見えていちおう人間(男・成人済み)なんですよお分かり?
「コータさん、ステイ」
「わん」
犬だったわ。
え、犬……? 僕、犬だったっけ……? いつから人間と錯覚していた……?
ちょっとランスくんも笑ってないでさ、
「ロッテ! チーフ!」
そんな平和な時間。席を外していたマリーちゃんが血相かえてばたばた走ってきた。
「じゅっ、十三番っ!!!」
「十三番……?」
とは?
なんぞや、と聞こうとしたんだけど。シャルロッテちゃんはピシャーン! と一瞬固まってそして、ばっとマリーちゃんと一緒にどこかへ走り出した。
「んえ、ちょ、」
振り返る。チーフが席を立って二人のあとを早足で追っていった。
周辺の部署の人たちも、さっきのマリーちゃんの叫び声をきくなり取るものもとりあえずばたばたと席を立つ人が多数。主に女性、と、一部の男性。
「え、トイレの隠語?」
「だとしたらコレ全員で便所行くのか。大行列だな」
だよねぇ。十三番! って誰かが言ったらみんなでトイレ行く仕組みって何よ。
「ところでコータ、虫は平気か?」
「虫? うーん、まぁそれなり……?」
子供の頃はちゃんと子供らしく虫取りとかしてたよ。夏休みとかにさ、観察日記とかつけて。
「なんで?」
「十三番てのがな、早い話、虫が苦手なやつは逃げろって意味だ」
「えぇ……?」
なんでそんな虫注意報が。まさかこんな綺麗なオフィスで虫が大量発生するわけでもなかろうに。
「ココはいろんな種族がいるだろ。この会社なんて特に」
「そうだね」
たくさんの世界を管理する人、つまりその世界の神様たちがいる。世界はいろいろ、そこで暮らす人もいろいろ、神様もいろいろ。
ちなみに、ひとつの世界の人の姿と神様の姿は似ている場合が多いらしい。地球なんかもそうだよね。人も神様も人型。一部、象とか猫とかいるけど。
「つまり?」
「虫の姿のやつがいる」
す、とランスくんの指が僕のうしろを指差すのと同時に、影が落ちた。室内なのに、急にこんな電気の光が届かなくなることある?
……つまり?
「いやぁぁぁああああああああ!!!!!」
振り返ったそこにいたのは、二メートルはありそうな甲虫だった。
「そっ……相談、ですか」
「ハイ、その……私たちの世界でも転生を利用したくて……」
でかいのはさ、反則だと思うのよ。
女性陣が逃げた理由が分かったよマジで。普通のサイズの虫なら大丈夫な人もこれは無理な人が多いだろう。しかもそれが立って歩いてるからお腹側が丸見えなのよ。
うう、ぞわぞわするよぅ。
しかしとりあえずなんとか、なんとか持ちこたえた僕は生娘みたいな叫び声をあげてしまった非礼を詫びてフリーのミーティングスペースでクソデカ甲虫ことニーロさんとお話し中。めっちゃ薄目で。ごめん許して。
しかしいつもミーティングスペースはだいたい埋まってて使えないのに、今日は使いたい放題だぁ。はっはっは。は~あ……。
「そろそろ世界の活性化をはかるために転生を利用したくて。ただ、私たちの世界はみんなこういう姿でして。その……来てくれる方がいるかどうか……」
「あーーー……」
なんつームズカシイ問題をもってきたんだ……
「前世の記憶って必要なんです?」
「できれば……知識がほしいので」
つまり最低限のラインが「死んだと思ったら虫になってた」で発狂しない人。は? そんなやつおるんか?
「ニーロさんの世界は、魔法世界ですか?」
「いえ、いちおう魔法はない世界の予定なんですが、発展が止まっていまして。それで、知識のある人の魂を入れたいんです」
「発展はどの段階です?」
「火と道具は使います。食料は狩が中心ですが、すこしだけ作物を育て始めました」
なるほど。つまり大自然のなかで虫虫しい生活をしていた虫たちがちょっと発展して縄文時代なうな訳ね。
そこで止まっちゃってなかなか弥生時代にいけないから、知識をもっている人がほしい、と。
「てことは欲しいのは畑作の知識ですか?」
「いえ、未来の知識ならなんでもいいんです。生活の知恵みたいなやつでも、新しい知識があれば活性剤になりますから」
「へぇ、そういうものなんですか」
劇的な変化はいらないってことか。じゃあ専門知識がいらないぶん、虫になるのが大丈夫なら誰でもいいんだね。
そこが一番ハードル高いんだけどね。
「家とかどうしてるんです? 発展してるってことは、葉っぱの裏とかじゃないですよね」
「そうですね、文化レベルは違いますがそのへんは人型と同じ家を建てて家族で暮らしています」
「なるほど家族。結婚とかは自由恋愛……恋愛? 求愛?」
「見た目も大事ですけど、性格もですね。姿は虫ですけど、私と同じく話ができるので」
あ、そうよね、おしゃべりできる虫だもんね。そのへんは性格の一致も必要よね。そりゃそう。それで恋愛結婚して家を建てて子供を……。
「……その、生殖活動もありますよね……?」
「……ですね」
なーるほどね。
虫の姿になるのが問題なくてしかも虫として生殖活動、つまりマァそういうのができる人ってことねなるほどなるほど。
「無理じゃね?」
「……ですよねぇ……」
一緒に話を聞いていたランスくんが呟く。こらこら、そんなはっきり言わないの。ニーロさんも、しょんぼりしてしまった。自分の姿が人型にどういう印象を持たれているかがわかってるんだろうなぁ。つらいよね。でもごめん、本当にごめんだけどやっぱり薄目でしかみれない。
ニーロさんの事を直視できるランスくんも「転生して虫になってたらそれを理解した瞬間に自害する」って言ってるくらいだから……うーん……。
とりあえず僕はミーティングスペースに備え付けの共用パソコンの電源をいれて、自分のパスワードを入力する。部内システムを立ち上げて。
「ニーロさん、転生は急ぎですか?」
「え、いえ、特にそういう訳では……」
「コータ、心当たりあるのか?」
「わかんないけどね」
生死、それに死亡期間は設定しない。
世界種別は科学世界。魔法がないところは全部これだからね。ニーロさんのところもここに分類される。科学とは。
種族の設定は昆虫型以外。
そこにフリーワードで
「昆虫性愛?」
「って何ですか?」
「虫に興奮する性癖の人ですね」
「そんなのいるのか」
「名前がついてるくらいだから一定数はいるんじゃないかな」
虫そのものに興奮、っていうよりも虫が身体を這う感覚に興奮するらしいから、若干違うんだけどね。それでも他の人たちよりは可能性があるんじゃないかな。
さすが、全世界から検索しているだけあって結構な数いらっしゃる。世界ってひろーい。
で、そんな人たちを死亡時期順に並べかえる。
「ちょうどこの前お亡くなりになって生まれ変わり待ちの人がいますね。……ええと、んー……あ、ダメだやめよう」
「なんでですか?」
「素行がちょっと……」
飽きた虫は殺してそのへんに捨てていて、近所と揉めていたという特記事項があった。そんなのは転生させたところで録なことにならないのでやめやめ。
死亡時期が近しいところからどんどん見ていって、ニーロさんの世界にいけそうな人を探す。
「あ、この人。お亡くなりになるの三ヶ月後らしいんですけど、どうでしょう」
――というわけで、三ヶ月後。
天国の時間の流れに細かいことは言いっこなし。いいね?
ニーロさんと僕(薄目の姿)は会社のとなりの人類総合案内所、略して天国の門に来ています。
この前選んだ方がお亡くなりになったので、「君死んじゃったんだけどさ~」っていう転生転移もの冒頭の神様ムーブをかましてきます。はじめてだよ。ドキドキしちゃうね。
部屋は予算の都合上、真っ白空間を採用。世知辛いね。
「準備できたので、転送お願いしまーす」
『はーい』
内線で受付に報告すれば、眠らせてあった魂をこの部屋に転送してくれる寸法ってわけ。
「……えっ、ここは……?」
「ロメーロさん、はじめまして」
にっこり。人畜無害な愛想笑いを張り付けて、なるべく優しく声をかける。僕、悪いトイプーじゃないよ!
「俺は……家の階段で……」
「はい。足を滑らせてしまって、お亡くなりに……」
「――っ、なんてことだ…………ッ、そうだ! 俺の! 俺の可愛い恋人たちは!?」
「わ、」
がばっと音をたてる勢いで寄ってきて、思わずのけぞってしまった。掴まれて揺さぶられる肩がいたい。
「おち、おちおちおちちちおちついて」
「俺がいなくなったら誰が世話をするんだ! 家族には無理なんだこのままじゃ死んじまう!」
いでででででで。まってまってお昼ごはんリバースしそうそれ以上揺らさないで。
「だい、大丈夫、だいじょうぶですよ。ロメーロさんのいつも行っているペットショップの名刺を机の上に出しておきましたから」
「え、」
「だから、彼らは大丈夫」
なんとかそう伝えて、やっとロメーロさんは止まってくれた。うう、目が回る。
「どうやって……」
「こう、ちょちょいっと」
まぁそんなわけないんだけど。そこは割愛。明らかにほっとした様子のロメーロさんに、僕はひとつ頷く。
うん、この人ならだいじょうぶ。一番に恋人たちのことを心配するこの人なら。
「それで、今後のことでちょっとご相談があるんですけど」
「今後? だって俺は死んだんだろ?」
「次に生まれる場所のご相談ですよ」
包み隠さず、疑問は残さず。
別の世界があること、そこが文明の初期にあること、虫の姿になること、原始的な暮らしなだけで、人間と行動や思考はあまり変わりないこと。
伝え終わったときには、ロメーロさんの目がきらきらしていた。
「そんな世界があるのか……! 本当に俺が行ってもいいのか?」
「ええ、そのために今日ここにお呼びしたので。あ、その世界の神様も今いますよ。会ってみますか?」
「是非!」
「はい、ニーロさぁん」
ふわりと空気がゆれて、何もない空間から大きな大きな丸い影がでてくる。ゆっくりともやが晴れて、ニーロさんが姿を表した。
本当は廊下で待機してて、ドア開けて入ってきただけなんだけど。そういう風に見える仕組みになっているらしい。演出ってだいじ。
「話を受けてくれてありがとう、ロメーロ」
「――おお、我が神よ! なんと美しい……!」
あーーー……マジで大丈夫な人だった。
ロメーロさん、ニーロさんのすべてを見ようと目をかっ開いて顔を真っ赤にして鼻息荒く……うん。うーーーん……。
「ロメーロさん、ロメーロさーん! 落ち着いて、ね? ニーロさんびっくりしちゃってるから」
「はっ……! 俺としたことが。申し訳ありません我が神」
「君は本当にこの姿が平気なんだね」
「平気かだって!? もちろんですとも美しい人よ! その丸くゆるやかな曲線も黒々とした肌もつぶらな瞳もすべてが―――(略)―――」
止まんなくなっちゃったや……。
ニーロさんもちょっと引いてるじゃんね……。こっちの思惑としては大成功? かもしれない? 人材だったけどこのままだと部屋の延長料金とられるなぁ……。
ちらりとニーロさんを見て、どうです? とアイコンタクトをとってみれば、苦笑いしながらもオーケーの返事。よしきた。
「はいはい! ではそういう事で決定ですね。ロメーロさん、そろそろ行きましょう」
「ああ! もちろんだとも!」
「ありがとう、ロメーロ。良い生を」
「こちらこそ、俺を選んでくださりありがとうございます。我が神よ」
すぅ、とロメーロさんの姿が薄くなる。手元の終了ボタンを押したからだ。そうすれば魂は次の生に向かって進んでいく。次にロメーロさんの目が覚めるときは、虫の姿になっていることだろう。
「――ありがとうございました、コータくん」
「いえいえ、僕もいい経験ができましたから」
「本当は、もう諦めかけていたんです。私の世界はこれ以上発展しないのだと」
悩んで、いろいろ試して、駄目で、自分を責めて、諦めかけた。でも。
「勇気を出して、異世界課に行ってよかった」
一歩踏み出してみたら、自分の姿に腰が引けながらも真摯に対応してくれる人がいた。怖がりながらも一生懸命考えてくれた。
「コータくんがいてくれて本当によかった」
それがどんなに、嬉しいことか。
「私の世界を救ってくれて、ありがとう」
「――……いえ、こちらこそ」
ありがとうとか、いてくれてよかったとか。
もしかしたら仕事をしていて、こんなに面と向かって言われたのははじめてかもしれない。
ニーロさんはやっぱりまだ薄目でしかみれないし、部屋の延長料金はきっちりとられたけど、ニーロさんの姿をはじめて見たあの時、逃げ出さなくてよかったなぁ、なんて。
「こっちの色がいいかしら。それともこっち?」
うふふ、ってとってもお上品に笑いながらシャルロッテちゃんが僕の髪をいじっている。
僕のふあふあトイプーヘアー(ただの茶髪のパーマ)がたいそうお気に召したようで、ちょんと結んだ前髪に何色のリボンをつけようかさっきから迷っていらっしゃる。
あーーー。うん。
こないだの倉庫に閉じ込められたアレで好感度が上がったのね。把握。
ところでなんで僕のバロメーターは「犬」しかないわけ? 僕ね、こう見えていちおう人間(男・成人済み)なんですよお分かり?
「コータさん、ステイ」
「わん」
犬だったわ。
え、犬……? 僕、犬だったっけ……? いつから人間と錯覚していた……?
ちょっとランスくんも笑ってないでさ、
「ロッテ! チーフ!」
そんな平和な時間。席を外していたマリーちゃんが血相かえてばたばた走ってきた。
「じゅっ、十三番っ!!!」
「十三番……?」
とは?
なんぞや、と聞こうとしたんだけど。シャルロッテちゃんはピシャーン! と一瞬固まってそして、ばっとマリーちゃんと一緒にどこかへ走り出した。
「んえ、ちょ、」
振り返る。チーフが席を立って二人のあとを早足で追っていった。
周辺の部署の人たちも、さっきのマリーちゃんの叫び声をきくなり取るものもとりあえずばたばたと席を立つ人が多数。主に女性、と、一部の男性。
「え、トイレの隠語?」
「だとしたらコレ全員で便所行くのか。大行列だな」
だよねぇ。十三番! って誰かが言ったらみんなでトイレ行く仕組みって何よ。
「ところでコータ、虫は平気か?」
「虫? うーん、まぁそれなり……?」
子供の頃はちゃんと子供らしく虫取りとかしてたよ。夏休みとかにさ、観察日記とかつけて。
「なんで?」
「十三番てのがな、早い話、虫が苦手なやつは逃げろって意味だ」
「えぇ……?」
なんでそんな虫注意報が。まさかこんな綺麗なオフィスで虫が大量発生するわけでもなかろうに。
「ココはいろんな種族がいるだろ。この会社なんて特に」
「そうだね」
たくさんの世界を管理する人、つまりその世界の神様たちがいる。世界はいろいろ、そこで暮らす人もいろいろ、神様もいろいろ。
ちなみに、ひとつの世界の人の姿と神様の姿は似ている場合が多いらしい。地球なんかもそうだよね。人も神様も人型。一部、象とか猫とかいるけど。
「つまり?」
「虫の姿のやつがいる」
す、とランスくんの指が僕のうしろを指差すのと同時に、影が落ちた。室内なのに、急にこんな電気の光が届かなくなることある?
……つまり?
「いやぁぁぁああああああああ!!!!!」
振り返ったそこにいたのは、二メートルはありそうな甲虫だった。
「そっ……相談、ですか」
「ハイ、その……私たちの世界でも転生を利用したくて……」
でかいのはさ、反則だと思うのよ。
女性陣が逃げた理由が分かったよマジで。普通のサイズの虫なら大丈夫な人もこれは無理な人が多いだろう。しかもそれが立って歩いてるからお腹側が丸見えなのよ。
うう、ぞわぞわするよぅ。
しかしとりあえずなんとか、なんとか持ちこたえた僕は生娘みたいな叫び声をあげてしまった非礼を詫びてフリーのミーティングスペースでクソデカ甲虫ことニーロさんとお話し中。めっちゃ薄目で。ごめん許して。
しかしいつもミーティングスペースはだいたい埋まってて使えないのに、今日は使いたい放題だぁ。はっはっは。は~あ……。
「そろそろ世界の活性化をはかるために転生を利用したくて。ただ、私たちの世界はみんなこういう姿でして。その……来てくれる方がいるかどうか……」
「あーーー……」
なんつームズカシイ問題をもってきたんだ……
「前世の記憶って必要なんです?」
「できれば……知識がほしいので」
つまり最低限のラインが「死んだと思ったら虫になってた」で発狂しない人。は? そんなやつおるんか?
「ニーロさんの世界は、魔法世界ですか?」
「いえ、いちおう魔法はない世界の予定なんですが、発展が止まっていまして。それで、知識のある人の魂を入れたいんです」
「発展はどの段階です?」
「火と道具は使います。食料は狩が中心ですが、すこしだけ作物を育て始めました」
なるほど。つまり大自然のなかで虫虫しい生活をしていた虫たちがちょっと発展して縄文時代なうな訳ね。
そこで止まっちゃってなかなか弥生時代にいけないから、知識をもっている人がほしい、と。
「てことは欲しいのは畑作の知識ですか?」
「いえ、未来の知識ならなんでもいいんです。生活の知恵みたいなやつでも、新しい知識があれば活性剤になりますから」
「へぇ、そういうものなんですか」
劇的な変化はいらないってことか。じゃあ専門知識がいらないぶん、虫になるのが大丈夫なら誰でもいいんだね。
そこが一番ハードル高いんだけどね。
「家とかどうしてるんです? 発展してるってことは、葉っぱの裏とかじゃないですよね」
「そうですね、文化レベルは違いますがそのへんは人型と同じ家を建てて家族で暮らしています」
「なるほど家族。結婚とかは自由恋愛……恋愛? 求愛?」
「見た目も大事ですけど、性格もですね。姿は虫ですけど、私と同じく話ができるので」
あ、そうよね、おしゃべりできる虫だもんね。そのへんは性格の一致も必要よね。そりゃそう。それで恋愛結婚して家を建てて子供を……。
「……その、生殖活動もありますよね……?」
「……ですね」
なーるほどね。
虫の姿になるのが問題なくてしかも虫として生殖活動、つまりマァそういうのができる人ってことねなるほどなるほど。
「無理じゃね?」
「……ですよねぇ……」
一緒に話を聞いていたランスくんが呟く。こらこら、そんなはっきり言わないの。ニーロさんも、しょんぼりしてしまった。自分の姿が人型にどういう印象を持たれているかがわかってるんだろうなぁ。つらいよね。でもごめん、本当にごめんだけどやっぱり薄目でしかみれない。
ニーロさんの事を直視できるランスくんも「転生して虫になってたらそれを理解した瞬間に自害する」って言ってるくらいだから……うーん……。
とりあえず僕はミーティングスペースに備え付けの共用パソコンの電源をいれて、自分のパスワードを入力する。部内システムを立ち上げて。
「ニーロさん、転生は急ぎですか?」
「え、いえ、特にそういう訳では……」
「コータ、心当たりあるのか?」
「わかんないけどね」
生死、それに死亡期間は設定しない。
世界種別は科学世界。魔法がないところは全部これだからね。ニーロさんのところもここに分類される。科学とは。
種族の設定は昆虫型以外。
そこにフリーワードで
「昆虫性愛?」
「って何ですか?」
「虫に興奮する性癖の人ですね」
「そんなのいるのか」
「名前がついてるくらいだから一定数はいるんじゃないかな」
虫そのものに興奮、っていうよりも虫が身体を這う感覚に興奮するらしいから、若干違うんだけどね。それでも他の人たちよりは可能性があるんじゃないかな。
さすが、全世界から検索しているだけあって結構な数いらっしゃる。世界ってひろーい。
で、そんな人たちを死亡時期順に並べかえる。
「ちょうどこの前お亡くなりになって生まれ変わり待ちの人がいますね。……ええと、んー……あ、ダメだやめよう」
「なんでですか?」
「素行がちょっと……」
飽きた虫は殺してそのへんに捨てていて、近所と揉めていたという特記事項があった。そんなのは転生させたところで録なことにならないのでやめやめ。
死亡時期が近しいところからどんどん見ていって、ニーロさんの世界にいけそうな人を探す。
「あ、この人。お亡くなりになるの三ヶ月後らしいんですけど、どうでしょう」
――というわけで、三ヶ月後。
天国の時間の流れに細かいことは言いっこなし。いいね?
ニーロさんと僕(薄目の姿)は会社のとなりの人類総合案内所、略して天国の門に来ています。
この前選んだ方がお亡くなりになったので、「君死んじゃったんだけどさ~」っていう転生転移もの冒頭の神様ムーブをかましてきます。はじめてだよ。ドキドキしちゃうね。
部屋は予算の都合上、真っ白空間を採用。世知辛いね。
「準備できたので、転送お願いしまーす」
『はーい』
内線で受付に報告すれば、眠らせてあった魂をこの部屋に転送してくれる寸法ってわけ。
「……えっ、ここは……?」
「ロメーロさん、はじめまして」
にっこり。人畜無害な愛想笑いを張り付けて、なるべく優しく声をかける。僕、悪いトイプーじゃないよ!
「俺は……家の階段で……」
「はい。足を滑らせてしまって、お亡くなりに……」
「――っ、なんてことだ…………ッ、そうだ! 俺の! 俺の可愛い恋人たちは!?」
「わ、」
がばっと音をたてる勢いで寄ってきて、思わずのけぞってしまった。掴まれて揺さぶられる肩がいたい。
「おち、おちおちおちちちおちついて」
「俺がいなくなったら誰が世話をするんだ! 家族には無理なんだこのままじゃ死んじまう!」
いでででででで。まってまってお昼ごはんリバースしそうそれ以上揺らさないで。
「だい、大丈夫、だいじょうぶですよ。ロメーロさんのいつも行っているペットショップの名刺を机の上に出しておきましたから」
「え、」
「だから、彼らは大丈夫」
なんとかそう伝えて、やっとロメーロさんは止まってくれた。うう、目が回る。
「どうやって……」
「こう、ちょちょいっと」
まぁそんなわけないんだけど。そこは割愛。明らかにほっとした様子のロメーロさんに、僕はひとつ頷く。
うん、この人ならだいじょうぶ。一番に恋人たちのことを心配するこの人なら。
「それで、今後のことでちょっとご相談があるんですけど」
「今後? だって俺は死んだんだろ?」
「次に生まれる場所のご相談ですよ」
包み隠さず、疑問は残さず。
別の世界があること、そこが文明の初期にあること、虫の姿になること、原始的な暮らしなだけで、人間と行動や思考はあまり変わりないこと。
伝え終わったときには、ロメーロさんの目がきらきらしていた。
「そんな世界があるのか……! 本当に俺が行ってもいいのか?」
「ええ、そのために今日ここにお呼びしたので。あ、その世界の神様も今いますよ。会ってみますか?」
「是非!」
「はい、ニーロさぁん」
ふわりと空気がゆれて、何もない空間から大きな大きな丸い影がでてくる。ゆっくりともやが晴れて、ニーロさんが姿を表した。
本当は廊下で待機してて、ドア開けて入ってきただけなんだけど。そういう風に見える仕組みになっているらしい。演出ってだいじ。
「話を受けてくれてありがとう、ロメーロ」
「――おお、我が神よ! なんと美しい……!」
あーーー……マジで大丈夫な人だった。
ロメーロさん、ニーロさんのすべてを見ようと目をかっ開いて顔を真っ赤にして鼻息荒く……うん。うーーーん……。
「ロメーロさん、ロメーロさーん! 落ち着いて、ね? ニーロさんびっくりしちゃってるから」
「はっ……! 俺としたことが。申し訳ありません我が神」
「君は本当にこの姿が平気なんだね」
「平気かだって!? もちろんですとも美しい人よ! その丸くゆるやかな曲線も黒々とした肌もつぶらな瞳もすべてが―――(略)―――」
止まんなくなっちゃったや……。
ニーロさんもちょっと引いてるじゃんね……。こっちの思惑としては大成功? かもしれない? 人材だったけどこのままだと部屋の延長料金とられるなぁ……。
ちらりとニーロさんを見て、どうです? とアイコンタクトをとってみれば、苦笑いしながらもオーケーの返事。よしきた。
「はいはい! ではそういう事で決定ですね。ロメーロさん、そろそろ行きましょう」
「ああ! もちろんだとも!」
「ありがとう、ロメーロ。良い生を」
「こちらこそ、俺を選んでくださりありがとうございます。我が神よ」
すぅ、とロメーロさんの姿が薄くなる。手元の終了ボタンを押したからだ。そうすれば魂は次の生に向かって進んでいく。次にロメーロさんの目が覚めるときは、虫の姿になっていることだろう。
「――ありがとうございました、コータくん」
「いえいえ、僕もいい経験ができましたから」
「本当は、もう諦めかけていたんです。私の世界はこれ以上発展しないのだと」
悩んで、いろいろ試して、駄目で、自分を責めて、諦めかけた。でも。
「勇気を出して、異世界課に行ってよかった」
一歩踏み出してみたら、自分の姿に腰が引けながらも真摯に対応してくれる人がいた。怖がりながらも一生懸命考えてくれた。
「コータくんがいてくれて本当によかった」
それがどんなに、嬉しいことか。
「私の世界を救ってくれて、ありがとう」
「――……いえ、こちらこそ」
ありがとうとか、いてくれてよかったとか。
もしかしたら仕事をしていて、こんなに面と向かって言われたのははじめてかもしれない。
ニーロさんはやっぱりまだ薄目でしかみれないし、部屋の延長料金はきっちりとられたけど、ニーロさんの姿をはじめて見たあの時、逃げ出さなくてよかったなぁ、なんて。
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