33 / 37
33 温度差でグッピーもマンボウも死ぬし風邪どころかインフルエンザにかかるレベル
しおりを挟む「ッだぁーーーーーー…………」
終わんねぇーーーーーーーー………………。
処理しても処理しても届けられる書類。なんなのこれどこから湧いてくるのこの書類。一匹みたら百匹いると思った方がいい虫かなんかなの。
休憩とらずにやり続けてるけど、終わりが見えない。やっと片付いてきたかと思えば扉がばぁんと開いて「○○区からのお届け物でーっす!」と元気な魔物が段ボールをいくつも抱えてやってくる。心が折れる。せめてもうちょっと静かに開けて紙が飛ぶでしょ。
「これ……今まで一人でやってたの……? ランバートくんすごすぎない……?」
「は……はは……」
僕もう手が腱鞘炎になりそうなんだけど。というかもうすでに痛くてランバートくんに魔法の手首サポーターを借りてしまった。手首のダメージが半減&自動回復する優れもの。他に首肩腰背中お尻用も取り揃えてある。
なんかもうそのラインナップが対事務作業用すぎて怖い。そんなもん作る前にまず休みなよ。
でもマ、そんな事も言ってられないので。
立ち上がって、腰を回して肩を回して首を回して背中を伸ばして。ぐっぐっとストレッチ。
「よし……」
「コータくん……?」
ランバートくんは肩どころか頭の天辺までどっぷり仕事に浸かっちゃってるから、僕までそうなったらストッパーいなくなるなと思ってセーブしてたんだけど。
久々に、本気出しますか……。
*****
「ここ?」
「ここって……天国の門?」
人類総合案内所、通称天国の門。地球チームで借りた犬がコータの家の前からにおいをたどって行き着いた先は、会社の横の建物。
ランス、マリー、シャルロッテ、チーフ、課長とそこに道真公と家康公が加わったコータ捜索隊は皆揃って天国の門入り口(天界側)に立っていた。
けっこう邪魔になっているし、腰を抜かしている通行人もいるし、昇天してはじめて天国に来た人が泡吹いて倒れたりしている。
「どういう事ですの?」
「マジでどっかの世界に行っちまったってことか?」
「とりあえず、受付で聞いてみようねぇ」
ここに来たのなら、とにかく受付を通るはず。一般向けの受付窓口に、金曜夜から今までの照会をしてもらう。
「来てはいないようじゃの」
「窓口を通らずにはどこにも行けぬはずだが……」
においを辿ったはずだから、ここに来たことは間違いない。つまり通りかかっただけという事か、それとも……。
「あ、こんにちはー」
「あら。こんにちは、久しぶりね」
こちらに手を振っているのは、人類総合案内所で窓口業務をしている女性だった。業務上顔を会わせることが度々ある。一番の顔見知りはチーフ。
「皆さんお揃いで、どうかしました?」
「それがね、うちの子が一人いなくなっちゃって」
「あら」
女性はくるりとコータ捜索隊を見渡してそして、こてんと首を傾けた。
「あのちっちゃい子ですか?」
「知ってるの?」
「輪廻抜けずに企業採用なんて滅多にいないんで覚えてますよ~」
コータがはじめてここに来た時、窓口担当したのがこの女性だった。そんな彼女は一般受付とは違う方向を指さす。
「あの子なら、昨日あっちで見ましたよ。誰かと一緒だったから仕事かと思ってたんですけど」
あっち。企業用の扉。
「うっわ。面倒事確定じゃん」
「まぁでも、企業受付で照会すれば犯人は分かりますわね」
「ボコすか」
そこに用があるのは主に運営本部のやつ。
そして運営がコータを連れ去ったということは、書類不備返却に対する逆恨みかもしくは本気のイレギュラー案件か。
「どちらにしろ、早めに対処しないとだねぇ」
「心配だわ。泣いていなければいいけれど」
どんな世界に行ったのか、それ次第でヤバさは変わる。なにせあの真面目で優しくて人畜無害で気弱なちっちゃいあの子は、とんでもなく弱いので。
*****
「こ、コータくんすごい……!」
本気を出したコータはすごかった。今までもかなりのスピードで書類をさばいていたのに、その早さが段違いになった。代わりに目が死んだけど。表情も無。光のない目で書類だけを見て仕事してる。あと時々なんか独り言いってる。正直ちょっと怖い。でも。
「俺だって……!」
見ず知らずの人へ、こんなに一生懸命になって手を差しのべてくれる人なんて他に知らない。その彼が、こんなにも頑張ってくれている。本当ならやらなくていいはずのことなのに。
「負けないよ!」
この魔王城の主はランバートなのだから。
*****
「魔王城、ですって……?」
ふらり、シャルロッテの足元がふらついた。隣にいたチーフがそれを支えてやる。けれどこれは。
「一番最悪のパターンだな」
「救助要請……はダメだねぇ。今からじゃぁ時間がかかりすぎるよぉ」
「我らが行くのが一番であろうな」
足元に転がった運営部のラジルにはもう目もくれず、全員が頭をつき合わせて作戦をたてる。
ちなみにラジルは全員で囲んで圧をかけただけで犯行を自供したので無傷である。まぁ脅すために課長がちょいと溶解液を出したのと、道真公が雷を落とした(物理)ので壁と床は犠牲になったけど。その恐怖でラジルは気絶したがそんなことは些事である。
「こいつの世界検索したよ。フライオスタ。魔法世界で、魔族が世界を支配してるっぽい」
「魔族のほとんどは気性が荒く好戦的か。その中心に投げ込まれたとなると……ちと厄介じゃの」
マリーがノートパソコンの検索画面を開き、家康公がそれを覗き込む。必要と思われる項目をピックアップしていく。
「現魔王、ランバート。非常に優秀。対象者を別の姿に変えてしまう特殊能力がある……」
「幻視系ならあたしがなんとかできるけど、体そのものを作り替えられちゃうとどうしようもなくなっちゃう」
「とにかく行こうぜ。姿が変えられてるかなんか、見てみなきゃ分からねぇだろ。……それに……」
「もう殺されとる可能性の方が高いじゃろな」
「ッ、……!」
「そんな…………」
「心の準備はしておくのだぞ、お嬢さん方」
天界に住む者が何らかのダメージを負った場合。天界内での出来事であれば治療により再生可能だ。けれど、現世に行ってダメージを負い、肉体が耐えきれなかった場合は魂が消滅してしまう。死ではなく、転生も輪廻もない消滅。
もう二度と、会うことはできない。
…………たぶんここにコータがいたら「温度差ァ!!」と絶叫しているだろうが、残念ながらこの勘違いを正せる者が誰もいない。
原因は、詳細を話す前にラジルが気絶してしまったこと。あと焦ってるから別枠に小さく記載されている「魔王になる条件」を全員見落としていること。書類とか説明書きは隅々までちゃんと確認しようね。
「ロッテはここに……」
「わ、私も行きますわ!」
残った方がいい、そんなことはシャルロッテだって分かっている。けれど、それだけは絶対に嫌だった。
「私だって簡単な障壁くらいなら張れますわ。護身術も一通り習いました。自分の身くらいならば自分で守ります」
コータが危険な場所でひどい目にあっているかもしれない、それどころかもう死んでしまっているかもしれないというのに。自分だけ安全な場所で待っているなんてできない。
真面目で優しくて人畜無害で気弱でお人好しのちっちゃい彼は、信じられないくらい弱いけれど。
「きっと無事ですもの」
それを、この目で確かめに行く。
「ええ、一緒に行きましょう。けど、私から離れないようにね」
「チーフ……」
「では各自支度をして、一時間後に人類総合案内所に集合としよう」
勘違いシリアスは加速していく。
4
あなたにおすすめの小説
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
『異世界ごはん、はじめました!』 ~料理研究家は転生先でも胃袋から世界を救う~
チャチャ
ファンタジー
味のない異世界に転生したのは、料理研究家の 私!?
魔法効果つきの“ごはん”で人を癒やし、王子を 虜に、ついには王宮キッチンまで!
心と身体を温める“スキル付き料理が、世界を 変えていく--
美味しい笑顔があふれる、異世界グルメファン タジー!
異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。
国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。
でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。
これってもしかして【動物スキル?】
笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】
永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。
こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり
授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。
◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる