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7/20 プロローグ
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キーンコーン、カーンコーン
チャイムが鳴る。講義終了の合図だ。大学生にまでなったというのに、チャイムの音は小学校から全く変わってないなと金沢爽太は思った。
「それでは~今日の講義はここまで。」と森山貴之教授が言った。独特な伸びのある声は、いつも講義の重要でないところばかりが耳に残る。彼はこの東都大学で物理学の教授を務めており、定年間際になった今でも、熱心に学生の講義や研究活動に勤しんでいる。物理学の世界では有名で、数10年前には賞を受賞したとかで少しニュースになっていたのを金沢もかすかに覚えている。
「やっと終わったか、、」
そんな権威ある教授の功績も大して知らず、というより全くと言っていいほど興味を示さずに金沢はいつも眠そうに講義を受けていた。
「あ~そうだ」と森山教授がのんびりと話し始めた。
「来週からテスト期間に入るからね~各自勉強しておくように。それから~夏休みがあけたらそれぞれの研究室に配属されるのでそっちもね~準備をしておくように」
金沢はため息をついた。別に耳に残った言葉が教授の「ね~」だけだったからというわけではない。はたまた配属予定の研究室の教授が森山教授だったからでもない。
単純に物理学に興味が持てなかったのだ。
金沢は元々強い意欲をもって物理学科に進学したわけではなかった。大学受験の時に「とりあえず良い大学に入っておけばなんとかなる。受験で一番成績が良かったのも物理だったしな。」といった理由で今の学科に進学したのを後悔していた。かといってこの悩みをむやみに話せば、たちまち嫌味になってしまうのも彼は理解していた。
東都大学の物理学科といえば日本で最難関レベルだ。大学入学後、筆記試験は友人の手を借りながらギリギリの成績で進級してきたが、彼は現在大学3年生の夏休みを迎えようとしている。いわずと知れた研究室配属の時期である。「準備云々の前に興味のある分野なんてないんだよな、、」彼はここ最近毎日こぼしていた。
講義室の扉が開き、外から真夏のもわっとした空気と蝉の鳴く声が入り込んできた。午後4時半だというのに一向に外は暑いままだ。学生たちがざわざわと話し声をあげながら帰っていく。金沢は動く気にならなかったが、室温が明らかに上昇しているのを感じ、のそのそと帰り支度を始めた。そんな時だった。
「そうたー」と後ろから透き通った明るい声が聞こえてきた。水原陽子だなと金沢は思った。
水原陽子は同じ陸上競技部に所属する物理学科の同期だ。正直言ってかなり美人だ。彼女は涼しげな水色のワンピースに大きめのスポーツリュックを背負い少々不釣り合いな恰好をしていた。しかし、この不釣り合いさもまた彼女の魅力の一つと考えるやつも多いだろうと金沢は考えていた。事実金沢もその一人であった。
「早くしないと部活に遅れるよー」
「わかった。急ぐよ。」
急ぎ目に帰り支度をしながらも、周りからの目線は感じていた。ここは物理学科の講義室。そもそも講義に来ない奴らを除いてもこの講義室には男子が80人で女子が3人。ただでさえ女子が少ないのにここまでの美人がいるとくれば、彼らの思うことは想像するに難くない。おそらく彼らは彼女を女神と称し、自分には罵詈雑言が浴びせられているだろう。しかし、断言しておくが付き合ってはいない。
陸上競技場に向かって、蝉の声がステレオで響き渡る新緑の並木道を金沢と水原は歩いていた。
「研究テーマは決まった?」と水原が聞いてきた。
「まだ決まってない。やっぱり興味がもてなくてね。そんなこと言ってる場合じゃないんだろうけど。」
金沢はお決まりのセリフで返事をした。
「決まってないどころか、調べてもいないんでしょ。」図星であった。
「ご名答!正解したお姉さんには蝉の抜け殻をプレゼントしましょう!」と木についている蝉の抜け殻を一つ取った。
「ふざけてないでちゃんと決めときなさいよ。筆記テストのときみたいに助けてあげられないんだからね。」
冷静に返され、金沢はシュンとした。
「そういう水原は決まってるのかよ」
金沢は蝉の抜け殻をお手玉のように扱いながら質問をした。
「もちろんだよ。2年生の時から決めていたテーマがあるんだよ。」
そんな大層なテーマなら聞いても理解できないだろうと判断し、曖昧な返事をすることにした。
「ふーん。そうかぁ~ちゃんと決めてて凄いと思うよ。」
「どうせ私の研究にも興味ないんでしょ。」
「はぁ~まいった。」と金沢は苦笑した。
しばらく歩いて陸上競技場が近づき、話題は2週間後に控えた大会へと移っていた。
「リレーは大丈夫そ?」と水原が聞いた。
「うーん、まだかなり詰めは甘いかな。自分も含めてだけどまだ調子が上がってきていない感じなんだよね。メンバーもまだ確定とは言えないし。」
金沢爽太も水原陽子も同じ高校出身であり、高校から陸上競技部に所属している。金沢は100mを、水原は走り幅跳びをメインに競技をしており、高校時代金沢は県大会で6位、水原は3位の成績を残していた。高校では全国大会には行けなかったものの、東都大学ではその実力は二人とも高く評価されていた。特に金沢は三年生ながら短距離のパートリーダーを務めており、同時にリレーチームのリーダーでもあった。
「今年最後の先輩たちもいるからプレッシャーが凄くてね。研究のことに頭が回らないや。」と研究の話題を出して金沢は後悔した。
「はー部活と勉強は別物でしょー」と水原が呆れた顔で返事をした。
「まあ、大会もあることだし、2週間後考え始めればいいかな。」
「今日からでしょ!」
水原に釘を刺されたところで、金沢のスマホが鳴った。画面には工藤先輩と表示されていた。工藤翔平は短距離の4年生でリレーメンバーの一人だ。普段は優しい先輩だが、競技となると人一倍熱く、議論が進まなくなることもある。
「はい、金沢です。」と電話に応じた。
「もしもし。か..ざわ...。は..し..だけ..いか?」
ノイズが酷くてうまく聞き取れなった。しかし、競技場は目の前だし会って話せば問題ないだろうと考えた。
「あ、もうすぐ競技場つきますので、そしたら話しましょう。ちょっとノイズが酷くて。」
そう金沢は返事し、電話を切った。
チャイムが鳴る。講義終了の合図だ。大学生にまでなったというのに、チャイムの音は小学校から全く変わってないなと金沢爽太は思った。
「それでは~今日の講義はここまで。」と森山貴之教授が言った。独特な伸びのある声は、いつも講義の重要でないところばかりが耳に残る。彼はこの東都大学で物理学の教授を務めており、定年間際になった今でも、熱心に学生の講義や研究活動に勤しんでいる。物理学の世界では有名で、数10年前には賞を受賞したとかで少しニュースになっていたのを金沢もかすかに覚えている。
「やっと終わったか、、」
そんな権威ある教授の功績も大して知らず、というより全くと言っていいほど興味を示さずに金沢はいつも眠そうに講義を受けていた。
「あ~そうだ」と森山教授がのんびりと話し始めた。
「来週からテスト期間に入るからね~各自勉強しておくように。それから~夏休みがあけたらそれぞれの研究室に配属されるのでそっちもね~準備をしておくように」
金沢はため息をついた。別に耳に残った言葉が教授の「ね~」だけだったからというわけではない。はたまた配属予定の研究室の教授が森山教授だったからでもない。
単純に物理学に興味が持てなかったのだ。
金沢は元々強い意欲をもって物理学科に進学したわけではなかった。大学受験の時に「とりあえず良い大学に入っておけばなんとかなる。受験で一番成績が良かったのも物理だったしな。」といった理由で今の学科に進学したのを後悔していた。かといってこの悩みをむやみに話せば、たちまち嫌味になってしまうのも彼は理解していた。
東都大学の物理学科といえば日本で最難関レベルだ。大学入学後、筆記試験は友人の手を借りながらギリギリの成績で進級してきたが、彼は現在大学3年生の夏休みを迎えようとしている。いわずと知れた研究室配属の時期である。「準備云々の前に興味のある分野なんてないんだよな、、」彼はここ最近毎日こぼしていた。
講義室の扉が開き、外から真夏のもわっとした空気と蝉の鳴く声が入り込んできた。午後4時半だというのに一向に外は暑いままだ。学生たちがざわざわと話し声をあげながら帰っていく。金沢は動く気にならなかったが、室温が明らかに上昇しているのを感じ、のそのそと帰り支度を始めた。そんな時だった。
「そうたー」と後ろから透き通った明るい声が聞こえてきた。水原陽子だなと金沢は思った。
水原陽子は同じ陸上競技部に所属する物理学科の同期だ。正直言ってかなり美人だ。彼女は涼しげな水色のワンピースに大きめのスポーツリュックを背負い少々不釣り合いな恰好をしていた。しかし、この不釣り合いさもまた彼女の魅力の一つと考えるやつも多いだろうと金沢は考えていた。事実金沢もその一人であった。
「早くしないと部活に遅れるよー」
「わかった。急ぐよ。」
急ぎ目に帰り支度をしながらも、周りからの目線は感じていた。ここは物理学科の講義室。そもそも講義に来ない奴らを除いてもこの講義室には男子が80人で女子が3人。ただでさえ女子が少ないのにここまでの美人がいるとくれば、彼らの思うことは想像するに難くない。おそらく彼らは彼女を女神と称し、自分には罵詈雑言が浴びせられているだろう。しかし、断言しておくが付き合ってはいない。
陸上競技場に向かって、蝉の声がステレオで響き渡る新緑の並木道を金沢と水原は歩いていた。
「研究テーマは決まった?」と水原が聞いてきた。
「まだ決まってない。やっぱり興味がもてなくてね。そんなこと言ってる場合じゃないんだろうけど。」
金沢はお決まりのセリフで返事をした。
「決まってないどころか、調べてもいないんでしょ。」図星であった。
「ご名答!正解したお姉さんには蝉の抜け殻をプレゼントしましょう!」と木についている蝉の抜け殻を一つ取った。
「ふざけてないでちゃんと決めときなさいよ。筆記テストのときみたいに助けてあげられないんだからね。」
冷静に返され、金沢はシュンとした。
「そういう水原は決まってるのかよ」
金沢は蝉の抜け殻をお手玉のように扱いながら質問をした。
「もちろんだよ。2年生の時から決めていたテーマがあるんだよ。」
そんな大層なテーマなら聞いても理解できないだろうと判断し、曖昧な返事をすることにした。
「ふーん。そうかぁ~ちゃんと決めてて凄いと思うよ。」
「どうせ私の研究にも興味ないんでしょ。」
「はぁ~まいった。」と金沢は苦笑した。
しばらく歩いて陸上競技場が近づき、話題は2週間後に控えた大会へと移っていた。
「リレーは大丈夫そ?」と水原が聞いた。
「うーん、まだかなり詰めは甘いかな。自分も含めてだけどまだ調子が上がってきていない感じなんだよね。メンバーもまだ確定とは言えないし。」
金沢爽太も水原陽子も同じ高校出身であり、高校から陸上競技部に所属している。金沢は100mを、水原は走り幅跳びをメインに競技をしており、高校時代金沢は県大会で6位、水原は3位の成績を残していた。高校では全国大会には行けなかったものの、東都大学ではその実力は二人とも高く評価されていた。特に金沢は三年生ながら短距離のパートリーダーを務めており、同時にリレーチームのリーダーでもあった。
「今年最後の先輩たちもいるからプレッシャーが凄くてね。研究のことに頭が回らないや。」と研究の話題を出して金沢は後悔した。
「はー部活と勉強は別物でしょー」と水原が呆れた顔で返事をした。
「まあ、大会もあることだし、2週間後考え始めればいいかな。」
「今日からでしょ!」
水原に釘を刺されたところで、金沢のスマホが鳴った。画面には工藤先輩と表示されていた。工藤翔平は短距離の4年生でリレーメンバーの一人だ。普段は優しい先輩だが、競技となると人一倍熱く、議論が進まなくなることもある。
「はい、金沢です。」と電話に応じた。
「もしもし。か..ざわ...。は..し..だけ..いか?」
ノイズが酷くてうまく聞き取れなった。しかし、競技場は目の前だし会って話せば問題ないだろうと考えた。
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そう金沢は返事し、電話を切った。
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