オビュルタン王室の恋愛事情

京川夏女

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第一部 第三王子の花嫁探し

4 視えてます?

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 年齢の近い令嬢達はサラを交えて、社交界や流行りの話題で花を咲かせる。会話をリードしているのは4人の中では群を抜いて社交経験が豊富なフェリシアと、流行りを押さえているイーダの2人だ。

 それを絶妙なタイミングで相槌を打って聞いているジリアンは聞き上手な様子が伺える。アニエスは「興味深いですね」と繰り返し相槌を打ってはいるが、社交界や王都の流行にあまり関心がない様に見える。

 サラが暫く4人を考察していると不意にアニエスが言い難い様子で話しかけて来た。

「あの…アンデルソン公爵夫人サラ王太子妃殿下、失礼ですけど……一つお伺いしたい事があるのですが宜しいでしょうか?」

「本日の茶会の席ではサラで良いわ。何かしら?」

「有難うございます。では、あの…サラ妃殿下…あの…近衛騎士の中に見習いの騎士が混じっているようなのですが…」

(っ!)

 アニエスの突然の言葉にサラは驚く。そして、瞬時に脳内である疑念が浮かぶ。

(幻覚魔薬で周囲の人や景色と同化させているはずのラーシュに気付くとは…この子、何かのかしら?!)

 魔法が廃れたオビュルタン王国だが、時にが視える人間がいると聞いた事がある。光の加減で金色に輝くアニエスの珍しい琥珀色の瞳を見つめながら、サラは動揺を見せず柔和な笑みを浮かべアニエスの問いに答える。

「えぇ、そうなの、実はユーハンが子供達を連れてハイキングに出掛ける事になって…殆ど其方に行ってしまったのよ。」

 サラはラーシュからアニエスの注意を逸らす様に、ジルを手で紹介しながら話を続ける。その際、ジルは令嬢達に軽く頭を下げた。

「ジルは第三部隊の副隊長で私専属なのだけれど、他の二人には急遽来てもらったの。それで本当に急だったので、見習いにも来てもらったのよ。」

 そう伝えながら、サラは手の平を上に向け、ジルヴァニア→ビクター→エリオット→ラーシュの順にざっと騎士達の顔ぶれを紹介するよう手を動かす。

「ジルヴァニア様は副隊長でいらっしゃるのですね、流石の体格の良さです!成る程…」

 ジルの副隊長に食い付きを見せたものの、アニエスは何かを思案する様に呟いている。その様子に思わずサラの喉がコクリと鳴る。

(もし、彼女が視える人間だとしたら、完全にラーシュの姿で見えているのかしら?)

 サラは幻覚魔薬の影響でラーシュを認識出来ていない。ラーシュに着せた見習いの騎士服で[ラーシュ]と認識しているだけであった。

 実はラーシュに見習い騎士の服を着せるのには幾つか理由があった。一つは、結婚適齢期の令嬢達の目をラーシュに向きにくくする為。そしてもう一つは、幻覚魔薬によって周りと同化してしまうラーシュをサラや仕掛け人達が認識出来るようにする為。そして最後の一つは、ラーシュが担う検証ポイントをする為である。

 サラの目には髪色も瞳の色もオビュルタン王国で最も一般的な栗色に見えており、顔に関しては目鼻口は認識出来るのだが、どうにも脳内に残らない…つまり、印象が薄くて記憶出来ないのである。

 サラとアニエスの会話で令嬢達もラーシュの方を一斉に向いたのだが、やはり印象に残らなかったのかすぐに興味を無くしていた。すると、アニエスの質問に勇気を得た様に今度はジリアンが珍しく自分から話し始める。

「もしかして…此方にいらっしゃるのはノシュテット侯爵子息様ではございませんか?」

 そう言ってジリアンはおずおずと自分の後方に控えている騎士を視界に捉えながらサラに尋ねる。

「あら、エリオットと知り合い?」

「あ、いえ、私が一方的に存じ上げているだけで…私の事などとても……私が1学年の時にノシュテット侯爵子息様が3学年にいらして…文武に優れた先輩は後輩達皆の憧れでしたので。」

「そうね、エリオットは5年で正騎士になったのだったかしら?ふふ、確かに優秀ね。」

 ジリアンとサラの会話で令嬢達の注意が今度はエリオットに向かう。エリオットは王立学院の入学と共に見習い騎士となり、5年の見習い期間を経て今年正騎士となったエリート騎士だ。

「身に余るお言葉を頂き、恐縮至極に存じます。」

 エリオットは軽く目を閉じ、一礼する。三人の令嬢達がエリオットに熱い視線を送りだす。しかし、ラーシュ一筋のフェリシアは「凄いのですね」と一言褒めただけでエリオットに興味を示していない様子だ。

(フェリシア、流石ね。)

 サラはフェリシアの態度に満足そうに微笑む。すると、今度は執事のバートが口を開く。

「僭越ながら——こちらにいらっしゃる近衛騎士の方々は皆様大変に優秀な方達でございます。其方に控えているビクター様は25歳の若さで近衛第三部隊の中隊長を勤めていらっしゃいます。」

「中隊長っ?!凄いですね!」

「王家の式典では何度かお姿を拝見した事はありましたけど…光栄ですっ!」

「…中隊長ですか…」

 フェリシアを除く3人の令嬢達が今度はビクターに熱い視線を送る。すると、アニエスが再度サラに尋ねる。

「あの…一般的に正騎士になるまでにどのくらいの期間を有するものなのでしょうか?」

「そうね、ジル?どうなの?」

「はい、個人差はありますが一般的には近衛騎士は5~8年、王都の護衛騎士は3~5年になります。それ以上の期間を過ぎても正騎士になれない者は除隊となります。」

「だそうよ。」

「お教え頂き有難うございます。それでその…大変失礼ですが其方にいらっしゃる見習いの方は何年目くらいなのでしょうか?」

(何故?)

 サラはアニエスの質問の意図が分からずに困惑する。質問して来たアニエスの視線はまたもラーシュに戻っている。

「個人的な情報になるので、何故知りたいのかお聞きしても?」

 サラの問いかけにアニエスは狼狽しながら釈明する。

「不躾に申し訳ございませんっ!…その…リンデロード領は王都から離れているうえ、他国と隣接していない海沿いにあります。その為か…護衛騎士の数が他の領地に比べて極端に少ないのです。領地の私兵団の希望者も少なくて…近年海域での揉め事が増えておりまして、王国の海域外で漁船や客船を襲う輩も出て来ておりまして、そのような者達が領土に来たらと思うと…心配で…海上貿易が盛んなので……それでその…近衛騎士の訓練方法をご存知な騎士の方に領地にいらして頂けたら心強いかと……でも、勿論正騎士の方は難しいと思いまして………すみません…」

 早口で一息に伝えたアニエスだったが、中盤から弱々しい声になり、最後は消え入りそうな程小さな声になっていた。

「つまり、あの見習い騎士を領地の騎士にスカウトしようと?」

「もっ、申し訳ございませんっ!!」

 アニエスはサラが懸念したような視える人間ではなく、令嬢達の興味を下げる為にラーシュに着せた[見習い騎士]の格好に食い付いただけのようだった。

「アニエス様、それは王家に対して不敬ではなくて?」

 イーダがアニエスを咎める。イーダの言い分は尤もで、本来、見習いとは言え王族の近衛騎士をスカウトするという行為は王家に対する不敬であり、騎士個人に対しても正騎士になれないと言っているようなものであり大変に非礼な事である。

 しかし、アニエスが先程向けていた騎士達に対する熱い視線が恋情の類でない事と、報告に聞く通り領地想いなアニエスの姿に次期国母となるサラは好感を抱いた。

「——あの子は男爵家の三男で、騎士歴は…8年は経っている筈よ。」

 サラは領地を想うアニエスの一生懸命な姿に心打たれ、ラーシュの騎士歴が長いということだけは真実を伝える。ラーシュは幼少の頃から剣術に優れ、毎日欠かさず鍛錬をして来た。10歳で近衛騎士隊に入隊し、僅か6年で近衛騎士の中隊長になった逸材だ。そして現在は若干21歳で第二護衛騎士隊の隊長を務めている。

 しかし、目の前にいるのは騎士歴8年目にして未だ見習いの騎士である。一般的に見習い期間の上限は8年、其れを過ぎても正騎士になれない者は他の職業を目指す事になる。他の令嬢達はその言葉を聞いて[崖っぷちの見習い騎士]に更に興味を失くしたようだった。

 アニエスはサラの言葉を考え深い様子で聞いている。

「彼方の方が……8年目ですか?」

「そうよ、何か気になって?」

「あ、いえ、すみません…そのとても…有能そうにお見受けしたものですから…」

 そう言うとアニエスは何処かうっとりした瞳でラーシュを見つめる。

(やっぱりこの子、何か視えるのかしら?)

 サラのアニエスに対する疑念が再発する。



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