オビュルタン王室の恋愛事情

京川夏女

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第一部 第三王子の花嫁探し

7 第四王子の来訪

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 ラーシュとアニエスが中庭から抜けてから程なくして、遠くで使用人達の騒めく声が漏れるのをサラは聞き逃さなかった。それは執事のバートも同様でサラと目と目で合図をし、茶会の場を離れて行く。

 暫くして、

「きゃーーっ!」

 イーダの突然の悲鳴に他の令嬢達の肩が驚きからビクリと上がる。

 ジルヴァニアはスッとサラが座る前方に立ち剣の柄を握り、もう片方の腕をサラを庇うようにサラの前に伸ばす。

 第三近衛隊中隊長のビクターが剣の柄に手を掛けながらイーダに近付き、緊張した面持ちで声を掛ける。

「どうされましたか?」

「ル、ル、ルーカス殿下ですわっ!」

「……は?」

 イーダが向ける視線に中庭の皆が目を向けると、遠くからバートらしき人物と共に茶会会場に向かって悠然と闊歩する人影が見える。その人影は近付く事で第四王子ルーカスの姿である事が分かった。

 青味のあるアッシュブロンドは陽の光で煌めき、同じく青味の強いグレーの瞳が端正な顔立ちに精悍さを加えている。長身で鍛えあげられた体格はシャープで凛々しく、鋭い目元は騎士のようにも見える。


 ルーカスは茶会会場の手前で一度立ち止まり、サラの方を見て何となく安堵した表情を浮かべる。そして、中庭を見渡してからサラの方へと歩みを進めた。

 ルーカスがサラの許に来る途中でイーダが口を開く。

「ルっ、ルーカス殿下っ、あのっ、私っ、イーダ・ラルセンと申しますっ!王立学院の1年になりますっ」

 舞い上がったイーダはルーカスに突如として自己紹介をはじめる。本来、王子殿下の許可もなく勝手に話しかけるのは不敬なのだが、イーダは突然のルーカスの来訪に其れどころではない様子だ。

(そういう事ね)

 サラはエリート騎士に靡かず、サラの御機嫌取りに勤しんでいたイーダの真意を知る。イーダのは第四王子であるルーカスだったようだ。

「あぁ」

 ルーカスはイーダのアピールを意に介さない様子で一蹴する。

「あのっ、学院で——」

 と、続けて話し出そうとするイーダをルーカスは手のひらを向けて制止する。そうして、サラの許へ来て口を開く。

「サラ、ユーハンは?」

「アーチー達とハイキング中よ。どうしたの?急用?」

「えぇ、まぁ。では、屋敷で待っていても?」

「えぇ、構わないわ。部屋を用意させるわね。」


 ルーカスはサラに用件だけ伝え、茶会の会場から離れようと踵を返すが、一旦立ち止まりフェリシアの側に近付いて行く。

「フェリシア嬢、久しぶりです。元気でしたか?」

「はい、お陰様で。お気遣い頂き有難うございます。ルーカス殿下はお会いしない間に少し大きくなられましたか?」

 ルーカスは優しい眼差しでフェリシアを見つめながら話し掛ける。フェリシアも寛いだ様子でそれに答える。

「そうですか?ふっ、そう言うフェリシア嬢はまた少し小さくなりましたか?」

 フェリシアの身長を計るようにルーカスはフェリシアの頭の上に自分の手を置き、微笑み掛ける。

 ラーシュと幼馴染であるフェリシアはルーカスとも幼馴染である。兄達の遊びに「女だから」と仲間に入れて貰えなかったフェリシアは、「まだ小さいから」と同じように仲間に入れて貰えなかったルーカスとよく一緒に遊んでいた。

「殿下」

 少し怒ったような声色を出すフェリシアだが、可愛らしい声に凄みは微塵も感じられない。そんなフェリシアにルーカスは眉尻を下げる。

「ははっ、お茶の席に突然お邪魔してすみませんでした。」

 ルーカスは中庭に来た時は鬼気迫る雰囲気だったが、いつの間にか柔らかな雰囲気に変わっていた。

「御令嬢方、突然申し訳ない。どうぞ楽しんで行って下さい。」

「えっ、あっ!」

 ルーカスは皆に挨拶すると、イーダの呼び掛けには気付かない様子でそのまま来た道を戻って行った。

(あの二人が仲が良いのは良いけれど)

 二人の仲の良さは王家の皆は知っているが、他の貴族に知れたら無駄な憶測をされかねない。ルーカスとフェリシアは二人の時はもっと砕けた話し方し、お互いを「フェリ」「ルー」と呼び合っているのだが、先程は他の令嬢達の目がある為に口調も呼び方も変えていた。しかし、その親密さは歴然だった。

(心無い憶測をされなければ良いけど)

 サラはルーカスの背中とフェリシアを見ながら胸騒ぎを覚える。



※※※


 ルーカスが去った後、茶会は再開されたが何となく場の雰囲気がギクシャクしていた。するとイーダが意を決したようにフェリシアに向かって口を開く。

「あのっ、フェリシア様はルーカス殿下と懇意な間柄なのですか?」

 ルーカスは学院等の公の場では王子然たる態度を崩さない。要らぬ憶測がされない様にと誰とも馴れ合わず、特別を作らないよう心掛けている為だ。しかし先程の様子では…

(そうよね、気付くわよね)

 ルーカスのフェリシアに対する態度を見たイーダがフェリシアに詰め寄るように問いかける。サラはその様子を見ながら心配する。

「ふふっ、恐れ多くも弟の様に慕っております。」

「お、弟…あっ、そっ、そうですよね!すみません、私ったら不躾に…」

「ふふっ、構いませんよ。」

 イーダの気迫に慌てる様子もなくフェリシアは平然と答える。

(流石だわ、フェリシア)

 サラは安堵して微笑む。

 オールソン侯爵令嬢がその可憐な容姿と申し分ない家柄を持ってして、未だ結婚はおろか婚約さえもしていないは貴族の間では有名な話だ。

(それはそうよね、フェリシア様はラーシュ殿下狙いだって有名だし。それに、幾ら若く見えてもルーカス殿下より5歳も年上だしねぇ。)

 イーダはそう思うと、余裕のあるようにフェリシアに微笑み返した。

「あら、でもルーカス殿下のあの様な御様子は学院では拝見した事ございませんよ?」

 ジリアンの言葉にイーダの眉尻がピクリと上がる。

「余程仲がお宜しいのか—と——」

 続けて話すジリアンだったが、イーダの気迫溢れる視線に語尾が萎んで消えた。


 程なくして遠くで使用人達が忙しなく動き出す。

(今日は何だか騒がしいわね)

 サラと目と目で合図をし、バートが茶会の場を離れて行った。

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