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第5章 35歳にして、愛について知る
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ホールの裏にある事務所は、店長である菱田さんの部屋みたいなもので、棚には書類を仕舞ったファイルがぎっしり並んでおり、部屋の奥には金庫がある。
派手さとはかけ離れたこの部屋だけ見ると、とてもホストクラブと同じ建物内にあるようには見えないだろう。
「本当にすみませんでした」
蓮さんが菱田さんに頭を深く下げた。
横に立つ僕も慌てて頭を下げた。
「いやいや、二人が悪いことじゃないから。とりあえず顔を上げて」
事務机の椅子に座る菱田さんが言った。
顔を上げると、菱田さんは怒ってはいないものの少し疲れた顔をしていた。
それもそうだろう。
激高する女性客をなだめ、狂気すら感じさせるほど怒る麻奈美さんに出禁の令を出したのだから当然といえば当然だ。
「それにしても驚きだね、まさかあの麻奈美さんがあんなことをするなんて……」
「本当にそうですよね……」
何度思い返してもその想いに戻るのは菱田さんも同じようだった。
あんな激しい彼女を目の当たりにしながら、僕はまだ信じられずにいた。
「俺の客が迷惑を掛けて本当にすみません……」
蓮さんが再び謝った。
僕はその姿が心苦しかった。
というのも、彼女があんな凶行に走ったきっかけに心当たりがないわけではなかったからだ。
いや、心当たりどころかほぼ確信していた。
「蓮さん、そんなに謝らないでくださいっ」
僕はたまらなくなって言った。
蓮さんは怪訝そうに顔をこちらに向けた。
別に僕に謝ったわけではなかったのだろう。
けれど、僕は続けて言った。
「麻奈美さんがきっとあんなことをしてしまったのは僕のせいです」
「え! どういうことですか!」
菱田さんが目を見開いて身を乗り出した。
「以前、お会いした時に、彼女があまりに自分を卑下するので僕は思わず、大丈夫ですよ、麻奈美さんはきっと蓮さんにとって特別な存在ですよ、と言ってしまったんです」
麻奈美さんがマグマのように噴き出す暴言の中に「蓮の特別は私だけなんだから」という言葉を聞いた時、僕は確信した。
彼女の凶行の引き金を引いたのは間違いなく僕だと。
あの時、もちろん彼女に嘘を言ったつもりはなかったし、気休め程度の慰めのつもりもなかった。
少しでも彼女に元気になってほしいと心から思って言った言葉であり、誠意を尽くしたつもりだった。
けれど、今となっては悔やんでも悔やみきれない。
「特別」なんて言葉、安易に使ってはいけなかったのだ。
僕の言葉を聞くと、蓮さんの目が見開かれた。
そして次には、彼の拳が僕の左頬を抉った。
僕はその場に尻餅をついた。
内側から熱と痛みが沸き上がる頬に手を当てながら、僕は彼の方を見上げた。
彼は顔を怒りで歪め、肩は荒く上下していた。
「……っ、何テメェ勝手なこと言ってんだよ! 何も知らないくせに分かったようなこと言うんじゃねぇよ!」
「ちょ、落ち着け、蓮! 気持ちも分からないことはないが落ち着け! オーナーに殺されるぞ!」
菱田さんが後ろから蓮さんを羽交い締めにするように抑える。
「うるせぇ! もともと俺はこういう甘い考えで人に迷惑を掛ける奴が大嫌いなんだ! しかもオーナーの影に隠れて甘えやがって! さっさと辞めろ! お前みたいな甘い奴が務まる仕事じゃねぇんだよ!」
硬直した僕の体に彼の怒鳴り声がビリビリと響いた。
彼のもっともな言葉が鼓動をかき乱して、頬の内の脈拍が速さと熱を増した。
彼のおさまらない怒りを滲ませた荒い呼吸だけが、沈黙に漂っていた。
ホールの裏にある事務所は、店長である菱田さんの部屋みたいなもので、棚には書類を仕舞ったファイルがぎっしり並んでおり、部屋の奥には金庫がある。
派手さとはかけ離れたこの部屋だけ見ると、とてもホストクラブと同じ建物内にあるようには見えないだろう。
「本当にすみませんでした」
蓮さんが菱田さんに頭を深く下げた。
横に立つ僕も慌てて頭を下げた。
「いやいや、二人が悪いことじゃないから。とりあえず顔を上げて」
事務机の椅子に座る菱田さんが言った。
顔を上げると、菱田さんは怒ってはいないものの少し疲れた顔をしていた。
それもそうだろう。
激高する女性客をなだめ、狂気すら感じさせるほど怒る麻奈美さんに出禁の令を出したのだから当然といえば当然だ。
「それにしても驚きだね、まさかあの麻奈美さんがあんなことをするなんて……」
「本当にそうですよね……」
何度思い返してもその想いに戻るのは菱田さんも同じようだった。
あんな激しい彼女を目の当たりにしながら、僕はまだ信じられずにいた。
「俺の客が迷惑を掛けて本当にすみません……」
蓮さんが再び謝った。
僕はその姿が心苦しかった。
というのも、彼女があんな凶行に走ったきっかけに心当たりがないわけではなかったからだ。
いや、心当たりどころかほぼ確信していた。
「蓮さん、そんなに謝らないでくださいっ」
僕はたまらなくなって言った。
蓮さんは怪訝そうに顔をこちらに向けた。
別に僕に謝ったわけではなかったのだろう。
けれど、僕は続けて言った。
「麻奈美さんがきっとあんなことをしてしまったのは僕のせいです」
「え! どういうことですか!」
菱田さんが目を見開いて身を乗り出した。
「以前、お会いした時に、彼女があまりに自分を卑下するので僕は思わず、大丈夫ですよ、麻奈美さんはきっと蓮さんにとって特別な存在ですよ、と言ってしまったんです」
麻奈美さんがマグマのように噴き出す暴言の中に「蓮の特別は私だけなんだから」という言葉を聞いた時、僕は確信した。
彼女の凶行の引き金を引いたのは間違いなく僕だと。
あの時、もちろん彼女に嘘を言ったつもりはなかったし、気休め程度の慰めのつもりもなかった。
少しでも彼女に元気になってほしいと心から思って言った言葉であり、誠意を尽くしたつもりだった。
けれど、今となっては悔やんでも悔やみきれない。
「特別」なんて言葉、安易に使ってはいけなかったのだ。
僕の言葉を聞くと、蓮さんの目が見開かれた。
そして次には、彼の拳が僕の左頬を抉った。
僕はその場に尻餅をついた。
内側から熱と痛みが沸き上がる頬に手を当てながら、僕は彼の方を見上げた。
彼は顔を怒りで歪め、肩は荒く上下していた。
「……っ、何テメェ勝手なこと言ってんだよ! 何も知らないくせに分かったようなこと言うんじゃねぇよ!」
「ちょ、落ち着け、蓮! 気持ちも分からないことはないが落ち着け! オーナーに殺されるぞ!」
菱田さんが後ろから蓮さんを羽交い締めにするように抑える。
「うるせぇ! もともと俺はこういう甘い考えで人に迷惑を掛ける奴が大嫌いなんだ! しかもオーナーの影に隠れて甘えやがって! さっさと辞めろ! お前みたいな甘い奴が務まる仕事じゃねぇんだよ!」
硬直した僕の体に彼の怒鳴り声がビリビリと響いた。
彼のもっともな言葉が鼓動をかき乱して、頬の内の脈拍が速さと熱を増した。
彼のおさまらない怒りを滲ませた荒い呼吸だけが、沈黙に漂っていた。
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