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2巻
2-3
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「だって、あなたがすぐに来て僕の痣を治していたら、ダリルに会えなかったかもしれないじゃないですか。……確かに辛いこともあったけど、あの痣は僕とダリル、そしてお父様を引き合わせるものだったって、今では思います」
清々しく言い切って、カイルはカリーナを真っ直ぐ見据えた。その瞳には哀れみは不要だと同情的な謝罪を突き返す気丈さがあった。
ダリルは思わず目頭が熱くなった。
辛い過去をダリルとの出会いと絡めて前向きに捉え直してくれていることも嬉しかったが、痣のせいで傷つきすべての人を拒絶し部屋に引きこもるカイルの姿が見る影もなくて、その成長が嬉しくて堪らなかったのだ。
カリーナは少しの間目を瞠っていたが、すぐにたおやかな微笑を口元に取り戻した。
「ではあの痣もダリル様との出会いも運命だったということですね。ふふっ、素敵ですわ」
そう言って、カリーナはスッと立ち上がった。
「私もその運命を信じますわ。私がカイル様の治癒に向かえなかったことも運命。そのことでカイル様とカーティス様がダリル様と仲を深めたのも運命。そして、今日こうして私がお二人にお会いできたことも、きっと運命。そうに違いありませんわ」
にこりと微笑んでカイルの言葉にカリーナが同意する。
だがダリルは、どこか含みを感じる口ぶりに違和感を覚えた。うまく言葉にはできないが、彼女が繰り返し口にする〝運命〟と言う言葉が妙に引っかかるのだ。
「聖女様」
それについて問おうとした時、三十代くらいの、カリーナと同じネックレスをつけた神官らしき白い服の男が、厳粛な声で割り入ってきた。
「お話し中、失礼します。ウルド侯爵がお呼びです」
「あら、そう。すぐ行くわ」
カリーナはにこやかに答えて、またダリルのほうへ向き直った。
「ごめんなさい。私はここで失礼しますわ。本当はもっとゆっくりお話がしたかったのですけれども。――でも、きっと近々お会いすることになると思いますわ」
「え?」
やけに確信めいて言うので、ダリルは思わず聞き返す。しかし、カリーナは意味深な微笑みを返すだけで、そのまま彼女を呼びに来た男とダリルの前から立ち去った。
「……ッ、噂通り嫌な感じの方ですわね」
先ほどカリーナに食ってかかった令嬢が憎々しげに言って、カリーナが消えた方向を睨みつける。他の令嬢たちも、それにならうように憤然とした様子でコクコクと頷いた。
「ええ、本当に。聖女の力を利用して各国の貴族に取り入っているらしいですわ」
「まったく、それのどこが聖女なのかしら」
「平民上がりの娘でしょう? 根が下品なのよ」
本人がいなくなった途端、悪口が湧き上がる。その刺々しい雰囲気がどうにも居心地悪い。カイルとネイトと目配せし、その場を去ろうとしたダリルのもとに「ダリル様も気をつけたほうがよろしいですわよ」と名指しで忠告が飛んできた。
「気をつけるって聖女様にですか?」
「ええ、何でもあの聖女様、カーティス様を狙っていたらしいですから」
ひとりの令嬢が声を潜め、忌まわしげに言う。思いがけない情報に、ダリルは目を瞠った。
「本当ですか?」
「ええ。後妻の座も狙っていたとか」
「きっとダリル様のことをあまりよく思っていないと思いますわ」
「へぇ……、そうなんですね」
カリーナへの嫌悪を露わにしながら忠告してくる令嬢たちに、ダリルは当たり障りのない相槌を打ちながら曖昧な笑みを返した。
確かに、口元に浮かぶたおやかな微笑は本心を隠すための作りものめいていて掴みどころがない印象を受けたが、少なくともこちらへの敵意は感じられなかった。
(フィルの敵意がすごすぎたから感覚が鈍ってるのかな……)
元婚約者アルフレッドの恋人、フィルのことを思い出しながら苦笑する。彼は可憐な微笑みを浮かべながらも、その瞳は強い敵愾心を隠せておらず、『どうしてこんな奴がアルフレッドの婚約者なんだ』といつもダリルを見下していたのだ。
(まぁ、鈍感力が身についたってことでよしとするか)
カーティスのようなそこにいるだけで人々を魅了する男の隣に立ち続けるのだ。嫉妬を買うことも少なくはないだろう。そうなれば多少の鈍感さは必要だ。
「それにしても浮いた話が多い方ですわよね」
「そうそう、既婚男性を虜にして相手の家庭を壊したなんて話もありましたわ」
「カーティス様と密会している美女っていうのも、あの女だって噂も――」
そこまで言って、令嬢たちはハッと口を噤んだ。その場の誰もが息を呑んで固まる。恐らく皆、一度は耳にしたことがあるのだろう。カイルなど、眉根を寄せて明らかに不愉快な表情だ。
令嬢たちは慌てて取り繕った。
「ま、まぁ、あくまで噂ですものね」
「そうそう、根拠のない馬鹿げた話ですわ」
「本当にその通りねっ、こんな素敵なダリル様がいながら浮気だなんてあり得ませんわ」
しかしどんなに取り繕ってもただただ白々しいだけで、気まずい空気は濃くなるばかりだ。
どうしたものかとダリルが思いあぐねていると、隣でレイラが咳きこんだ。
「レイラ様、大丈夫ですか?」
ダリルはレイラの背中に手を当て顔を覗きこんだ。
「ごめんなさい。だいぶ体調はよくなったと思ったのだけれど、今日は少しはしゃぎすぎたみたいです」
レイラは顔を上げ、弱々しく苦笑した。
「ダリル様、お願いがあるのですが、ゲストルームまで付き添ってくださいませんか?」
「もちろん、付き添いますよ」
「ありがとうございます」
承諾したダリルに礼を言うと、レイラは令嬢たちに向き直る。
「それでは皆さん、私はこれで失礼しますわ」
「ええ、お大事に」
令嬢たちは心配そうに見送りながらも、気まずい雰囲気から解放されホッとした表情を浮かべていた。
カイルやネイトも一緒に行くと申し出たが、レイラは「付き添いが三人だなんて相当な過保護みたいで恥ずかしいですわ」と苦笑交じりに言い、そのままダリルを引き連れてホールを出た。
「さっきはごめんなさい。嫌な気持ちになったでしょう?」
廊下を歩いてしばらくした後、レイラが気遣わしげに謝ってきた。
「彼女たちも悪気はなかったと思うんです。ただ、噂好きで、聖女様の悪口に熱が入りすぎたみたいで……、って言い訳になりませんね。ごめんなさい」
「いえ、大丈夫ですよ。それにあの噂自体、信じていませんし。カーティス様が不倫なんて不誠実なことするわけがありませんから」
噂を一蹴するようにダリルが笑って言うと、レイラの表情が輝いた。
「そうっ、そうなんです! お兄様がそんな不誠実なことをするわけがないんです! お兄様は本当に凜々しく真面目で優しくて……っ、不倫なんてことをするはずがありません!」
まるで同志を見つけたかのような興奮ぶりでレイラが話す。その熱のこもった口調にダリルが少し驚いていると、レイラはハッとして肩をすぼめた。
「す、すみません……。つい熱が入ってしまいました。アドレイド叔母様からよく兄馬鹿と言われるので自重しているんですけれど、ダリル様の言葉が嬉しくてつい……」
レイラは顔を赤くしながら恥ずかしそうに頬に手を添える。そんなレイラを見遣り、ダリルは目を細めた。兄のカーティスを褒めるその生き生きとした表情は、ネイトとそっくりで微笑ましい気持ちになったのだ。
「ふふっ、元気になられたようでよかった」
咳きこんでいた時より随分と顔色がよくなっているように感じてそう言うと、レイラは苦笑した。
「ごめんなさい。あの時は嫌な話題を切り上げたくて、わざと咳きこんだんです。まぁ、疲れてきたので少し横になりたかったのは本当ですけど。……それに、ダリル様と二人きりでお話ししてみたかったですし」
ちらりと視線をダリルに向け、レイラは顔を綻ばせた。
「私、すごく安心しました。あんな馬鹿げた噂を真に受けずお兄様を信じてくれて。この人はちゃんとお兄様のことを分かってくれてるんだなぁって」
そう言うとレイラは大きく一歩前に踏み出し、ダリルの真正面でくるりと軽やかに身を翻した。
「ふふっ、私、ダリル様のことすっかり気に入ってしまいました。ですから、もしよかったら、私とお友達になってくれませんか?」
レイラが手を差し出す。まるで無垢な少女のようで、思わず頬が緩んだ。
「私でよければぜひ」
差し出された華奢な手を握り返すと、レイラの顔が一層明るくなった。
「今度、新しい茶葉が届く予定ですから、ぜひ遊びにいらして。また招待状を送りますね」
「楽しみにしています」
嬉しそうに声を弾ませるレイラに、ダリルは社交辞令ではなく本心から言って、手を握り直す。
レイラは花が咲くような笑みで、さらに目を細めた。
ゲストルームまでレイラを送り届け部屋を出ると、廊下に意外な人物が待ち構えていた。
「アルバーン辺境伯」
「やぁ」
壁にもたれかかっていたアドレイドは、ダリルの姿を認めるとすぐにこちらへ歩み寄ってきた。
「レイラの付き添いをしてくれたんだって? ありがとう」
「いえ、付き添いといってもただ部屋まで話して歩いていただけで、特別なことは何もしていません。アドレイド辺境伯はどうしてこちらに? もしかしてダーラ様もお加減がよくないのですか」
心配して訊くダリルに、アドレイドは苦笑して首を横に振った。
「いや、ダーラはこういう社交の場が嫌いだから、挨拶がある程度終わると馬車に戻ってしまうんだ。今頃、馬車の中で本でも読んでいると思うよ。私がここに来たのは、カイルにダリル君がレイラと一緒にゲストルームに向かったと訊いたからさ。つまり君を待ち伏せしていたというわけだ」
アドレイドはそう言って、軽やかにウィンクを飛ばす。
しかし、わざわざこちらへ出向いてきたアドレイドの真意が分からないダリルは、心の中で首を傾げた。
「ダリル君」
「はっ、はい」
強張った声で返事をすると、その緊張を和らげるようにアドレイドは優しく目を細めた。
「少し酔ってしまってね。夜風に当たりたいんだが、よかったらつき合ってくれないかい?」
「え……っ」
思わぬ誘いに少し戸惑うダリルだったが、断る理由もない。ダリルは頷き返した。
「私でよければ、ぜひ」
「ふふっ、君がいいのさ」
そう言うとアドレイドは歩き始めた。ダリルはその後ろに続き、その後は他愛のない雑談を交わしながら庭園へと向かった。
庭園に着くと、二人はベンチに腰を下ろした。
ほろ酔いを覚ます程度に冷たい夜風は心地よいが、それでも緊張は募る一方だった。
カイルへ向ける優しい表情や思いやりに満ちた言葉を聞いて、アドレイドたちがダリルたちの結婚に異を唱えることはないだろう、と一度は思った。
しかし見方を変えれば、それほどカイルを大事に思っているからこそ、何か思うところがあるのかもしれない。少なくともアドレイドがこうして外に誘い出したのは、カーティスやカイルに聞かれたくない話をするために違いなかった。
ダリルの顔は緊張のあまり引き攣っていたが、それに気づいたアドレイドはくすりと笑った。
「緊張させてしまったようですまないね。だが、私は別に嫌味や小言を言うために外へ連れ出したわけではないよ。むしろ礼が言いたかったんだ」
「礼?」
思わぬ言葉に目を丸くすると、アドレイドは笑みを深めて頷いた。
「ああ、君に伝えておきたかったんだ。――カイルとカーティスの家族になってくれてありがとう、と」
感謝の言葉を真っ直ぐ向けられ、ダリルは戸惑った。アドレイドがわざわざ外へ連れ出してきたのがこの礼を言うためだけだと分かるほどに、声に深い感謝の念がこめられていたからだ。
「い、いえ、そんなお礼を言われるようなことはしていません」
謙遜などではなく事実だった。
むしろ、実家に勘当されこれからの人生どうにかひとりで生きていかなければと肩肘をはっていた前に比べて、今の生活は満ち足りているのだ。感謝こそすれど、感謝される覚えはひとつもなかった。
「カイルもカーティス様も私を必要としてくれて、それがすごく嬉しくて……。むしろお礼を言うのはこちらのほうです」
「ふふっ、あの気難しいカイルが懐いた理由が分かった気がするよ」
口元を綻ばせ、アドレイドは膝の上で肘をついた。
「……私は、カイルの顔に痣ができてまだ間もない頃、一度彼に会ったんだ。塞ぎこんでいるカイルを励まそうと思ってね。だが、私にはできなかった」
悲しげに目を伏せるその横顔には、先ほどまでホールで見せていた快活さは微塵もなかった。
「顔の痣は、カイルの母、クリスティーナを死に追いやった痣とまったく同じもので、私は思わず眉根を寄せてしまった。同情、哀れみ、憐憫……もしかすると、忌避の感情もあったのかもしれない。その時抱いた感情は定かではない。目に見えない感情の記憶は好きに上書きできるものだからね。……ただ、カイルの傷ついたあの表情は今でもはっきりと憶えている」
固く組んだ拳に額を押し当て、深い後悔の念に震えるように吐息を細く漏らした。
「私は兄が――カーティスの父親が亡くなった時、彼の父親代わりとしてハウエル公爵家を見守っていこうと決意した。だから、カーティスのことは息子のように思っているし、カイルは私にとって孫みたいなものだ。それなのに、私はあの子にひどいことをしてしまった。もうあの子には二度と会ってもらえないんじゃないかと思っていたんだ……」
そこで言葉を切ると、アドレイドは顔を上げてダリルのほうへ向き直った。
「だから、今日また笑顔のカイルに再会できたことは、大げさに思うかもしれないが私にとっては奇跡のようなことなんだ。その奇跡を起こしたのは紛れもなく君だ」
ダリルの手を両手でぎゅっと包みこんでこちらを見つめる。その潤んだ赤い瞳はカーティスとどこか似ていた。
「カイルに笑顔を取り戻してくれて、ありがとう」
目尻に涙を滲ませて微笑むアドレイドの真摯な眼差しに戸惑いつつも、ダリルは次第に頬を緩ませた。
「そんな風に言っていただいて嬉しいです。へへっ、なんだか照れますね」
「君はもっと自分がしたことを誇っていい。君が変えたのはカイルだけじゃない。カーティスもだ。……ふふっ、あんなにも穏やかなあの子の顔を見たのは久しぶりだよ」
アドレイドの目は、我が子を想う親の深い慈しみを湛えていた。
「もともと表情の乏しい子だったが、妻のクリスティーナが亡くなってからずっと暗い顔をしていた。カイルの顔に痣ができてからはなおさらだ。……君はカイルだけでなくカーティスも救ってくれたんだ。ハウエル公爵家の救世主と呼んでも過言ではない」
アドレイドの大げさな物言いに苦笑する。
「いや、過言だと思いますよ」
「本当にダリル君は謙虚だね。まぁ、そこが君のいいところなんだろうけど」
そう告げると、アドレイドはダリルから視線を外し、スッと立ち上がった。
「もっとゆっくり話したいところだが、そろそろ戻らねば。ダーラが妬くといけないからね」
「へぇ、意外な一面です」
「ハハハッ、もちろんそうであってほしいという私の願望だ。実際は知らん」
胸を張って陽気に言い切るアドレイドに、ダリルは小さく噴き出した。
「でも、いい気分はしないかもしれませんね。ダーラ様のためにも戻りましょう」
「あと、カーティスのためにもだ」
「え?」
腰を浮かしかけたダリルだが、思わぬ言葉に動きを止める。
アドレイドがにやりと口角を上げて続けた。
「ダーラも言っていただろう? ハウエル公爵家の血筋の人間は強引なところがあると。それと同じでハウエル公爵家の血筋は嫉妬深いのだよ。現に嫉妬深い私が言うのだ、間違いない」
なぜか得意げに言うアドレイドに苦笑しつつも、カーティスと嫉妬深いという二つの言葉がどうにも結びつかず、釈然としないまま首を傾げた。
(むしろ嫉妬する側を冷静になだめてそう……)
「まぁ、カーティスに何か少しでも不満があれば私に言いなさい。私がカーティスを叱ってやろう」
「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫ですよ。きっとカーティス様に不満なんてこれからもないと思いますから」
「おやおや、まるで惚気だねぇ」
アドレイドがニヤニヤと悪戯っぽく笑うので、ダリルは慌てて手を横に振って否定した。
「いえいえ、そういう意味じゃなくて……!」
「ふふふ、照れることはない。仲がよいのはいいことだ」
そう上機嫌に言ってアドレイドは歩み始めた。ダリルはその後を追い惚気発言を改めて否定したが、アドレイドは微笑ましげに頷くだけだった。
ダリルがアドレイドとホールに戻り、カイルたちのもとへ向かうと、そこにはカーティスの姿もあった。アドレイドとダリルの組み合わせが意外だったのか、カーティスは目を軽く見開いてこちらを凝視していた。
「やぁ、カーティス。君の可愛いダリル君を少し借りたよ」
「……どちらへ行かれていたのですか」
鷹揚に片手を挙げ報告するアドレイドに、カーティスが淡々と問う。
「庭園だよ。いやぁ、さすがレティシア夫人。それはそれは美しい庭園で、私たち二人だけで独占するのはもったいないくらいだったよ。ねぇ、ダリル君?」
「あ、はい、手入れの行き届いたとても綺麗な庭園でした」
顔を見合わせ頷き返すダリルを見て、カーティスの眉間にうっすらと皺が寄る。
「わざわざ庭園まで行って、何の話をされたのですか」
「それは秘密だよ。そのためにわざわざ庭園まで連れ出したのだから。ねぇ、ダリル君?」
「え、ええ、まぁ……」
確かにカイルがいる前で話すのは憚られる内容だが、秘密という意味深な言葉には同調しかねて、ダリルは曖昧に答えた。
カーティスが何か言いたげに口を開いたが、それより先にレティシアの声がホールに響いた。
「皆様、今宵はお忙しい中、私の誕生日を祝うためにお集まりいただき、誠にありがとうございます。この美しい夜を共に過ごせることを心から嬉しく思います。どうぞ、心躍るダンスを楽しみ、おいしい料理と共に楽しいひと時をお過ごしください。改めて、私の誕生日を祝ってくださる皆様に感謝申し上げます。乾杯!」
レティシアがグラスを高く上げると、脇に控えていた楽器演奏者たちが音楽を奏で始める。それを皮切りに夜会が始まり、華やかな雰囲気が会場全体に広がっていった。
しばらくして、大きな誕生日ケーキが運ばれてきた。周囲の歓声の中、レティシアはケーキを一切れ切り分け、まずは孫娘のアビーに手渡した。その瞬間、会場は一層の盛り上がりを見せた。
次に、アビーが小さな手で大きな花束を抱え、レティシアのもとへ歩み寄った。「おばあさま、お誕生日おめでとうございます」と花束を贈る姿に、カイルと歳が近いこともあり余計に心が温まった。
その後は、詩の朗読が行われた。優雅な声が会場に響き渡り、レティシアのこれまでの人生を称える詩が紡がれていく。ゲストたちはその美しい言葉に耳を傾け、感動の涙を浮かべる者もいた。
夜会は終始和やかな雰囲気に包まれており、今日の主役であるレティシアの人柄と人徳が感じられた。
「それでは今から皆様お待ちかねのダンスの時間です。ダンスについてご説明いたします。今夜のダンスのパートナーは、いつもと違って『運命のくじ引き』で決めさせていただきます」
レティシアの口にした『運命のくじ引き』という言葉に、会場が少しざわめく。その反応に、レティシアは笑みを深め、説明を続けた。
「最初にお選びいただいた紙をご覧ください。紙に描かれた同じマークと番号の方が、今夜のダンスのパートナーとなります。これは皆様に新しい交流を楽しんでいただくための趣向です」
ダリルは紙を開いて見ながら、なるほどと納得する。確かにこれは面白い趣向だと、レティシアのもてなしの工夫に感心した。
「ダンスは前半と後半に分かれております。前半は、小鳥が描かれた紙を引かれた方々に踊っていただきます。後半は、薔薇の絵が描かれた紙を引かれた方々の時間です。どうぞ、紙をご確認ください。誰と踊るかは、まさに運命の悪戯次第。それでは、素敵な夜を運命と共にお楽しみください!」
レティシアの説明が終わると、ゲストたちは手元の紙を確認し合う。その表情はこれから誰と踊ることになるのか期待に胸を膨らませているようだった。会場に笑顔が広がり、楽しげな声があちらこちらから聞こえてきた。
「兄さんは薔薇の六番か。あー、惜しいっ! 僕は薔薇の九番だ」
ネイトがダリルの紙を覗きこんで、落胆の声を上げた。
「どうにかして偽造できないものか……」
「いやいや、それじゃあくじ引きの意味がないでしょ。レティシア様がせっかく準備してくれたもてなしを無駄にしちゃダメだよ。大人しく薔薇の九番の人を探しておいで」
ダリルは、眉間に皺を寄せながら自分の紙を凝視し、真剣に偽造を画策しようとするネイトの背中を呆れ気味に押し出した。ネイトは後ろ髪を引かれるようにダリルのほうをちらちらと振り返っていたが、最後には諦めてダンスの相手を渋々探しに行った。
「まったく偽造なんて、ネイトさんはダリルのことになると本当に大人げないんだから」
カイルが溜め息をつく。こればかりはダリルも擁護できず苦笑するほかなかった。
「カイルは小鳥の三番だったよね」
「うん、今から探しに――」
「カイル様ー!」
カイルの言葉を遮ったのは、小走りでこちらに駆け寄ってくるアビーだった。
「カイル様はくじ引き、何番でした?」
彼女の前のめり気味の勢いに、カイルは珍しくたじろいでいる。
「小鳥の三番だけど……」
「まぁ!」
アビーは答えを聞くなり、嬉しそうに声を上げた。
「なんて偶然! 私も小鳥の三番なの! まるで運命ね!」
大きな瞳を輝かせ顔を近づけてくるアビーに、カイルはすっかり気圧されていた。
「さぁ、一緒に踊りましょう! 私とこっちへ」
「え、あ、ちょっと……っ」
その勢いのまま彼女はカイルの手を取ると、ホールの中央へ連れていってしまった。
嵐のように去っていったアビーに呆気にとられていたダリルとカーティスだったが、しばらくして顔を見合わせ小さく噴き出した。
「カイルのお嫁さん候補ですかね?」
「そうだとしたら、我が家も賑やかになりそうだ」
アビーが加わったハウエル公爵家を想像しながら、二人はくすくすと笑い合った。
くじ引きの際、籠が別だったのは子供と大人を分けているだけだと思っていたが、もしかするとカイルが引いた籠には小鳥の三番しか入っていなかったのかもしれない。そう思わせる積極性が、アビーから感じられた。
しかし嫌な感じはしない。むしろ、そこまでしてカイルと踊りたかったのかと思うと、応援したい気持ちにさえなった。
「ところで、カーティス様は何番だったんですか?」
「ああ、私は小鳥の――」
「二番、ですよね?」
よく通る女性の声がカーティスに被さる。その気品がありながらもどこか掴み所のない声には、聞き覚えがあった。
「ふふっ、先ほどぶりですわね、カーティス様、ダリル様」
カリーナが優雅に微笑む。気配もなく現れたことにもだが、親しげな視線をカーティスに向けていることにも、ダリルは驚いた。
(先ほどぶりって、カーティス様にも会っていたのか)
社交の場であるから、ハウエル公爵家当主であるカーティスに挨拶をしていてもなんらおかしくはない。だが、彼女がカーティスに好意を抱いているという噂を耳にしたばかりなこともあり、ダリルの知らないところで面識があったことに、何となく胸がもやついた。
「ところで、番号、二番で当たっています?」
話を戻すようにしてカリーナが番号を確認する。ダリルはハッとしてカーティスの紙を覗きこんだ。そこには小鳥の絵と二番の文字が描かれていた。
「ええ、当たっていますよ」
少しの愛想も見せず、カーティスが抑揚なく答えた。その素っ気なさに、狭量なことだがホッとする自分がいた。
「ふふっ、勘で言ったのですけれど、まさか当たっているなんて驚きです。――これも運命なのでしょうか」
かすかに艶めいた声で含みのある言い方をして、カリーナは自身の紙を開いて見せてくる。そこにはカーティスと同じ小鳥の二番が記されていた。
驚くダリルを横目に、カリーナが機嫌良く続けた。
「私、あまりダンスには自信がありませんの。ですから優しくリードしていただけると嬉しいです」
そう言って、カリーナは上目遣いでカーティスを見つめた。それと同時に、ホールに優雅な音楽が流れ始めた。
「あら、そろそろ一曲目の始まりかしら。カーティス様、参りましょう」
エスコートを促すようにそっとカーティスの腕に触れる。その甘やかな所作から、ダリルはとっさに目を逸らした。
社交的な作法だと分かっていても、カーティスが彼女の手を取る姿を見たくなかった。
「それじゃあ私も相手の方を探してきますね」
ほとんど彼らのほうを見ないようにしながら言って、ダリルはその場を立ち去った。後ろでカーティスがダリルを呼び止める声がしたような気がしたが足を止めることはなかった。勘違いで振り返って、彼がカリーナの手を取る場面を目にしたくなかったからだ。
楽団の奏でる音色に満ちたホールを、ダリルは黙々と進む。ダンスの相手を見つけた者は二人一組でいるのがほとんどだったので、辺りを見回して相手を探している者に声をかければいいだけなのだが、それすら億劫だった。
理由は明白だ。カーティスに恋心を抱いていると噂のカリーナが、彼と踊ることが気になって仕方がないのだ。もし相手がカリーナ以外だったら、こんなにも胸が騒ぐこともなかっただろう。
なぜこんなにも心が乱されるのか。それは恐らく、彼女の妙に自信に満ちた微笑みのせいに違いない。伴侶であるダリルの存在などまるで問題ではないと言わんばかりの不遜さが、ダリルを不安にさせるのだ。
「――まぁ、綺麗……っ」
陶然とした溜め息が耳元をかすめて、反射的に振り返る。ホールの端で前半のダンスを眺める人々の視線は、中央で踊るとある男女に釘づけだった。
とある男女――カーティスとカリーナだ。
立っているだけで目を引く美貌を持つ二人だ。そんな彼らが手を取り合い踊る姿は、まるでラブロマンスの舞台を見ているかのような、甘美な感情を人々に抱かせる。その上、二人ともダンスがうまく、彼らの足取りや身のこなしは美しい旋律と見事に調和していた。
シャンデリアの輝きが二人の衣装に反射し、一瞬一瞬に宝石のような煌めきを与える。カリーナのドレスの裾が空を切る度に、まるで花びらが舞い散るかのような美しい曲線を描いた。
二人の軽やかで華やかな姿に、周囲の人々は息を呑み、時には嘆息して、その光景を見守る。もしダリルのことを知らない者が見れば、彼らを夫婦や恋人だと信じて疑わないだろう。
「あの二人、すごくお似合いね」
「ええ、本当に。もしかしてハウエル公爵の噂の相手って、カリーナ様なんじゃ……」
「あの真面目なハウエル公爵がまさかと最初は思ったけど、もしかするとあり得るかもしれないわね」
ひそひそと話す令嬢たちの言葉が耳に届き、ダリルはシャツの胸元をぎゅっと握りしめる。そして、逃げるようにホールからテラスへ出ていった。
テラスの手すりに顔を伏せ、大きく息を吐き出す。
(……あんな噂、信じていないはずだったのに)
先ほどレイラと話していた時には、カーティスに限って不誠実なことをするなんてあり得ないと笑って否定したばかりなのに、今はその噂に心を締めつけられる。
もちろんカーティスが不倫をしていると疑っているわけではない。ただあのあまりにお似合いな二人を見て、この先噂が現実になり得る可能性を感じてしまい、胸が苦しくて堪らないのだ。
思い返すと、カーティスがダリルに求婚した頃は、呪いの噂もあり彼に近寄る人間はいなかった。そんな状況では、カイルに変化をもたらした自分への恩を、恋愛感情と錯覚してしまっても無理はない。もしそうであったなら、カイルの痣も消えた今、彼に見合うほどの美しい女性からの好意に、心が揺れてしまうかもしれない……
そんな不安に塗れた嫌な想像が次々に湧き上がって、ダリルを苦しめた。
(カーティス様……)
胸の内で縋るように名前を呼び、涙に濡れる目元を腕にこすりつけた。
清々しく言い切って、カイルはカリーナを真っ直ぐ見据えた。その瞳には哀れみは不要だと同情的な謝罪を突き返す気丈さがあった。
ダリルは思わず目頭が熱くなった。
辛い過去をダリルとの出会いと絡めて前向きに捉え直してくれていることも嬉しかったが、痣のせいで傷つきすべての人を拒絶し部屋に引きこもるカイルの姿が見る影もなくて、その成長が嬉しくて堪らなかったのだ。
カリーナは少しの間目を瞠っていたが、すぐにたおやかな微笑を口元に取り戻した。
「ではあの痣もダリル様との出会いも運命だったということですね。ふふっ、素敵ですわ」
そう言って、カリーナはスッと立ち上がった。
「私もその運命を信じますわ。私がカイル様の治癒に向かえなかったことも運命。そのことでカイル様とカーティス様がダリル様と仲を深めたのも運命。そして、今日こうして私がお二人にお会いできたことも、きっと運命。そうに違いありませんわ」
にこりと微笑んでカイルの言葉にカリーナが同意する。
だがダリルは、どこか含みを感じる口ぶりに違和感を覚えた。うまく言葉にはできないが、彼女が繰り返し口にする〝運命〟と言う言葉が妙に引っかかるのだ。
「聖女様」
それについて問おうとした時、三十代くらいの、カリーナと同じネックレスをつけた神官らしき白い服の男が、厳粛な声で割り入ってきた。
「お話し中、失礼します。ウルド侯爵がお呼びです」
「あら、そう。すぐ行くわ」
カリーナはにこやかに答えて、またダリルのほうへ向き直った。
「ごめんなさい。私はここで失礼しますわ。本当はもっとゆっくりお話がしたかったのですけれども。――でも、きっと近々お会いすることになると思いますわ」
「え?」
やけに確信めいて言うので、ダリルは思わず聞き返す。しかし、カリーナは意味深な微笑みを返すだけで、そのまま彼女を呼びに来た男とダリルの前から立ち去った。
「……ッ、噂通り嫌な感じの方ですわね」
先ほどカリーナに食ってかかった令嬢が憎々しげに言って、カリーナが消えた方向を睨みつける。他の令嬢たちも、それにならうように憤然とした様子でコクコクと頷いた。
「ええ、本当に。聖女の力を利用して各国の貴族に取り入っているらしいですわ」
「まったく、それのどこが聖女なのかしら」
「平民上がりの娘でしょう? 根が下品なのよ」
本人がいなくなった途端、悪口が湧き上がる。その刺々しい雰囲気がどうにも居心地悪い。カイルとネイトと目配せし、その場を去ろうとしたダリルのもとに「ダリル様も気をつけたほうがよろしいですわよ」と名指しで忠告が飛んできた。
「気をつけるって聖女様にですか?」
「ええ、何でもあの聖女様、カーティス様を狙っていたらしいですから」
ひとりの令嬢が声を潜め、忌まわしげに言う。思いがけない情報に、ダリルは目を瞠った。
「本当ですか?」
「ええ。後妻の座も狙っていたとか」
「きっとダリル様のことをあまりよく思っていないと思いますわ」
「へぇ……、そうなんですね」
カリーナへの嫌悪を露わにしながら忠告してくる令嬢たちに、ダリルは当たり障りのない相槌を打ちながら曖昧な笑みを返した。
確かに、口元に浮かぶたおやかな微笑は本心を隠すための作りものめいていて掴みどころがない印象を受けたが、少なくともこちらへの敵意は感じられなかった。
(フィルの敵意がすごすぎたから感覚が鈍ってるのかな……)
元婚約者アルフレッドの恋人、フィルのことを思い出しながら苦笑する。彼は可憐な微笑みを浮かべながらも、その瞳は強い敵愾心を隠せておらず、『どうしてこんな奴がアルフレッドの婚約者なんだ』といつもダリルを見下していたのだ。
(まぁ、鈍感力が身についたってことでよしとするか)
カーティスのようなそこにいるだけで人々を魅了する男の隣に立ち続けるのだ。嫉妬を買うことも少なくはないだろう。そうなれば多少の鈍感さは必要だ。
「それにしても浮いた話が多い方ですわよね」
「そうそう、既婚男性を虜にして相手の家庭を壊したなんて話もありましたわ」
「カーティス様と密会している美女っていうのも、あの女だって噂も――」
そこまで言って、令嬢たちはハッと口を噤んだ。その場の誰もが息を呑んで固まる。恐らく皆、一度は耳にしたことがあるのだろう。カイルなど、眉根を寄せて明らかに不愉快な表情だ。
令嬢たちは慌てて取り繕った。
「ま、まぁ、あくまで噂ですものね」
「そうそう、根拠のない馬鹿げた話ですわ」
「本当にその通りねっ、こんな素敵なダリル様がいながら浮気だなんてあり得ませんわ」
しかしどんなに取り繕ってもただただ白々しいだけで、気まずい空気は濃くなるばかりだ。
どうしたものかとダリルが思いあぐねていると、隣でレイラが咳きこんだ。
「レイラ様、大丈夫ですか?」
ダリルはレイラの背中に手を当て顔を覗きこんだ。
「ごめんなさい。だいぶ体調はよくなったと思ったのだけれど、今日は少しはしゃぎすぎたみたいです」
レイラは顔を上げ、弱々しく苦笑した。
「ダリル様、お願いがあるのですが、ゲストルームまで付き添ってくださいませんか?」
「もちろん、付き添いますよ」
「ありがとうございます」
承諾したダリルに礼を言うと、レイラは令嬢たちに向き直る。
「それでは皆さん、私はこれで失礼しますわ」
「ええ、お大事に」
令嬢たちは心配そうに見送りながらも、気まずい雰囲気から解放されホッとした表情を浮かべていた。
カイルやネイトも一緒に行くと申し出たが、レイラは「付き添いが三人だなんて相当な過保護みたいで恥ずかしいですわ」と苦笑交じりに言い、そのままダリルを引き連れてホールを出た。
「さっきはごめんなさい。嫌な気持ちになったでしょう?」
廊下を歩いてしばらくした後、レイラが気遣わしげに謝ってきた。
「彼女たちも悪気はなかったと思うんです。ただ、噂好きで、聖女様の悪口に熱が入りすぎたみたいで……、って言い訳になりませんね。ごめんなさい」
「いえ、大丈夫ですよ。それにあの噂自体、信じていませんし。カーティス様が不倫なんて不誠実なことするわけがありませんから」
噂を一蹴するようにダリルが笑って言うと、レイラの表情が輝いた。
「そうっ、そうなんです! お兄様がそんな不誠実なことをするわけがないんです! お兄様は本当に凜々しく真面目で優しくて……っ、不倫なんてことをするはずがありません!」
まるで同志を見つけたかのような興奮ぶりでレイラが話す。その熱のこもった口調にダリルが少し驚いていると、レイラはハッとして肩をすぼめた。
「す、すみません……。つい熱が入ってしまいました。アドレイド叔母様からよく兄馬鹿と言われるので自重しているんですけれど、ダリル様の言葉が嬉しくてつい……」
レイラは顔を赤くしながら恥ずかしそうに頬に手を添える。そんなレイラを見遣り、ダリルは目を細めた。兄のカーティスを褒めるその生き生きとした表情は、ネイトとそっくりで微笑ましい気持ちになったのだ。
「ふふっ、元気になられたようでよかった」
咳きこんでいた時より随分と顔色がよくなっているように感じてそう言うと、レイラは苦笑した。
「ごめんなさい。あの時は嫌な話題を切り上げたくて、わざと咳きこんだんです。まぁ、疲れてきたので少し横になりたかったのは本当ですけど。……それに、ダリル様と二人きりでお話ししてみたかったですし」
ちらりと視線をダリルに向け、レイラは顔を綻ばせた。
「私、すごく安心しました。あんな馬鹿げた噂を真に受けずお兄様を信じてくれて。この人はちゃんとお兄様のことを分かってくれてるんだなぁって」
そう言うとレイラは大きく一歩前に踏み出し、ダリルの真正面でくるりと軽やかに身を翻した。
「ふふっ、私、ダリル様のことすっかり気に入ってしまいました。ですから、もしよかったら、私とお友達になってくれませんか?」
レイラが手を差し出す。まるで無垢な少女のようで、思わず頬が緩んだ。
「私でよければぜひ」
差し出された華奢な手を握り返すと、レイラの顔が一層明るくなった。
「今度、新しい茶葉が届く予定ですから、ぜひ遊びにいらして。また招待状を送りますね」
「楽しみにしています」
嬉しそうに声を弾ませるレイラに、ダリルは社交辞令ではなく本心から言って、手を握り直す。
レイラは花が咲くような笑みで、さらに目を細めた。
ゲストルームまでレイラを送り届け部屋を出ると、廊下に意外な人物が待ち構えていた。
「アルバーン辺境伯」
「やぁ」
壁にもたれかかっていたアドレイドは、ダリルの姿を認めるとすぐにこちらへ歩み寄ってきた。
「レイラの付き添いをしてくれたんだって? ありがとう」
「いえ、付き添いといってもただ部屋まで話して歩いていただけで、特別なことは何もしていません。アドレイド辺境伯はどうしてこちらに? もしかしてダーラ様もお加減がよくないのですか」
心配して訊くダリルに、アドレイドは苦笑して首を横に振った。
「いや、ダーラはこういう社交の場が嫌いだから、挨拶がある程度終わると馬車に戻ってしまうんだ。今頃、馬車の中で本でも読んでいると思うよ。私がここに来たのは、カイルにダリル君がレイラと一緒にゲストルームに向かったと訊いたからさ。つまり君を待ち伏せしていたというわけだ」
アドレイドはそう言って、軽やかにウィンクを飛ばす。
しかし、わざわざこちらへ出向いてきたアドレイドの真意が分からないダリルは、心の中で首を傾げた。
「ダリル君」
「はっ、はい」
強張った声で返事をすると、その緊張を和らげるようにアドレイドは優しく目を細めた。
「少し酔ってしまってね。夜風に当たりたいんだが、よかったらつき合ってくれないかい?」
「え……っ」
思わぬ誘いに少し戸惑うダリルだったが、断る理由もない。ダリルは頷き返した。
「私でよければ、ぜひ」
「ふふっ、君がいいのさ」
そう言うとアドレイドは歩き始めた。ダリルはその後ろに続き、その後は他愛のない雑談を交わしながら庭園へと向かった。
庭園に着くと、二人はベンチに腰を下ろした。
ほろ酔いを覚ます程度に冷たい夜風は心地よいが、それでも緊張は募る一方だった。
カイルへ向ける優しい表情や思いやりに満ちた言葉を聞いて、アドレイドたちがダリルたちの結婚に異を唱えることはないだろう、と一度は思った。
しかし見方を変えれば、それほどカイルを大事に思っているからこそ、何か思うところがあるのかもしれない。少なくともアドレイドがこうして外に誘い出したのは、カーティスやカイルに聞かれたくない話をするために違いなかった。
ダリルの顔は緊張のあまり引き攣っていたが、それに気づいたアドレイドはくすりと笑った。
「緊張させてしまったようですまないね。だが、私は別に嫌味や小言を言うために外へ連れ出したわけではないよ。むしろ礼が言いたかったんだ」
「礼?」
思わぬ言葉に目を丸くすると、アドレイドは笑みを深めて頷いた。
「ああ、君に伝えておきたかったんだ。――カイルとカーティスの家族になってくれてありがとう、と」
感謝の言葉を真っ直ぐ向けられ、ダリルは戸惑った。アドレイドがわざわざ外へ連れ出してきたのがこの礼を言うためだけだと分かるほどに、声に深い感謝の念がこめられていたからだ。
「い、いえ、そんなお礼を言われるようなことはしていません」
謙遜などではなく事実だった。
むしろ、実家に勘当されこれからの人生どうにかひとりで生きていかなければと肩肘をはっていた前に比べて、今の生活は満ち足りているのだ。感謝こそすれど、感謝される覚えはひとつもなかった。
「カイルもカーティス様も私を必要としてくれて、それがすごく嬉しくて……。むしろお礼を言うのはこちらのほうです」
「ふふっ、あの気難しいカイルが懐いた理由が分かった気がするよ」
口元を綻ばせ、アドレイドは膝の上で肘をついた。
「……私は、カイルの顔に痣ができてまだ間もない頃、一度彼に会ったんだ。塞ぎこんでいるカイルを励まそうと思ってね。だが、私にはできなかった」
悲しげに目を伏せるその横顔には、先ほどまでホールで見せていた快活さは微塵もなかった。
「顔の痣は、カイルの母、クリスティーナを死に追いやった痣とまったく同じもので、私は思わず眉根を寄せてしまった。同情、哀れみ、憐憫……もしかすると、忌避の感情もあったのかもしれない。その時抱いた感情は定かではない。目に見えない感情の記憶は好きに上書きできるものだからね。……ただ、カイルの傷ついたあの表情は今でもはっきりと憶えている」
固く組んだ拳に額を押し当て、深い後悔の念に震えるように吐息を細く漏らした。
「私は兄が――カーティスの父親が亡くなった時、彼の父親代わりとしてハウエル公爵家を見守っていこうと決意した。だから、カーティスのことは息子のように思っているし、カイルは私にとって孫みたいなものだ。それなのに、私はあの子にひどいことをしてしまった。もうあの子には二度と会ってもらえないんじゃないかと思っていたんだ……」
そこで言葉を切ると、アドレイドは顔を上げてダリルのほうへ向き直った。
「だから、今日また笑顔のカイルに再会できたことは、大げさに思うかもしれないが私にとっては奇跡のようなことなんだ。その奇跡を起こしたのは紛れもなく君だ」
ダリルの手を両手でぎゅっと包みこんでこちらを見つめる。その潤んだ赤い瞳はカーティスとどこか似ていた。
「カイルに笑顔を取り戻してくれて、ありがとう」
目尻に涙を滲ませて微笑むアドレイドの真摯な眼差しに戸惑いつつも、ダリルは次第に頬を緩ませた。
「そんな風に言っていただいて嬉しいです。へへっ、なんだか照れますね」
「君はもっと自分がしたことを誇っていい。君が変えたのはカイルだけじゃない。カーティスもだ。……ふふっ、あんなにも穏やかなあの子の顔を見たのは久しぶりだよ」
アドレイドの目は、我が子を想う親の深い慈しみを湛えていた。
「もともと表情の乏しい子だったが、妻のクリスティーナが亡くなってからずっと暗い顔をしていた。カイルの顔に痣ができてからはなおさらだ。……君はカイルだけでなくカーティスも救ってくれたんだ。ハウエル公爵家の救世主と呼んでも過言ではない」
アドレイドの大げさな物言いに苦笑する。
「いや、過言だと思いますよ」
「本当にダリル君は謙虚だね。まぁ、そこが君のいいところなんだろうけど」
そう告げると、アドレイドはダリルから視線を外し、スッと立ち上がった。
「もっとゆっくり話したいところだが、そろそろ戻らねば。ダーラが妬くといけないからね」
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「ハハハッ、もちろんそうであってほしいという私の願望だ。実際は知らん」
胸を張って陽気に言い切るアドレイドに、ダリルは小さく噴き出した。
「でも、いい気分はしないかもしれませんね。ダーラ様のためにも戻りましょう」
「あと、カーティスのためにもだ」
「え?」
腰を浮かしかけたダリルだが、思わぬ言葉に動きを止める。
アドレイドがにやりと口角を上げて続けた。
「ダーラも言っていただろう? ハウエル公爵家の血筋の人間は強引なところがあると。それと同じでハウエル公爵家の血筋は嫉妬深いのだよ。現に嫉妬深い私が言うのだ、間違いない」
なぜか得意げに言うアドレイドに苦笑しつつも、カーティスと嫉妬深いという二つの言葉がどうにも結びつかず、釈然としないまま首を傾げた。
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鷹揚に片手を挙げ報告するアドレイドに、カーティスが淡々と問う。
「庭園だよ。いやぁ、さすがレティシア夫人。それはそれは美しい庭園で、私たち二人だけで独占するのはもったいないくらいだったよ。ねぇ、ダリル君?」
「あ、はい、手入れの行き届いたとても綺麗な庭園でした」
顔を見合わせ頷き返すダリルを見て、カーティスの眉間にうっすらと皺が寄る。
「わざわざ庭園まで行って、何の話をされたのですか」
「それは秘密だよ。そのためにわざわざ庭園まで連れ出したのだから。ねぇ、ダリル君?」
「え、ええ、まぁ……」
確かにカイルがいる前で話すのは憚られる内容だが、秘密という意味深な言葉には同調しかねて、ダリルは曖昧に答えた。
カーティスが何か言いたげに口を開いたが、それより先にレティシアの声がホールに響いた。
「皆様、今宵はお忙しい中、私の誕生日を祝うためにお集まりいただき、誠にありがとうございます。この美しい夜を共に過ごせることを心から嬉しく思います。どうぞ、心躍るダンスを楽しみ、おいしい料理と共に楽しいひと時をお過ごしください。改めて、私の誕生日を祝ってくださる皆様に感謝申し上げます。乾杯!」
レティシアがグラスを高く上げると、脇に控えていた楽器演奏者たちが音楽を奏で始める。それを皮切りに夜会が始まり、華やかな雰囲気が会場全体に広がっていった。
しばらくして、大きな誕生日ケーキが運ばれてきた。周囲の歓声の中、レティシアはケーキを一切れ切り分け、まずは孫娘のアビーに手渡した。その瞬間、会場は一層の盛り上がりを見せた。
次に、アビーが小さな手で大きな花束を抱え、レティシアのもとへ歩み寄った。「おばあさま、お誕生日おめでとうございます」と花束を贈る姿に、カイルと歳が近いこともあり余計に心が温まった。
その後は、詩の朗読が行われた。優雅な声が会場に響き渡り、レティシアのこれまでの人生を称える詩が紡がれていく。ゲストたちはその美しい言葉に耳を傾け、感動の涙を浮かべる者もいた。
夜会は終始和やかな雰囲気に包まれており、今日の主役であるレティシアの人柄と人徳が感じられた。
「それでは今から皆様お待ちかねのダンスの時間です。ダンスについてご説明いたします。今夜のダンスのパートナーは、いつもと違って『運命のくじ引き』で決めさせていただきます」
レティシアの口にした『運命のくじ引き』という言葉に、会場が少しざわめく。その反応に、レティシアは笑みを深め、説明を続けた。
「最初にお選びいただいた紙をご覧ください。紙に描かれた同じマークと番号の方が、今夜のダンスのパートナーとなります。これは皆様に新しい交流を楽しんでいただくための趣向です」
ダリルは紙を開いて見ながら、なるほどと納得する。確かにこれは面白い趣向だと、レティシアのもてなしの工夫に感心した。
「ダンスは前半と後半に分かれております。前半は、小鳥が描かれた紙を引かれた方々に踊っていただきます。後半は、薔薇の絵が描かれた紙を引かれた方々の時間です。どうぞ、紙をご確認ください。誰と踊るかは、まさに運命の悪戯次第。それでは、素敵な夜を運命と共にお楽しみください!」
レティシアの説明が終わると、ゲストたちは手元の紙を確認し合う。その表情はこれから誰と踊ることになるのか期待に胸を膨らませているようだった。会場に笑顔が広がり、楽しげな声があちらこちらから聞こえてきた。
「兄さんは薔薇の六番か。あー、惜しいっ! 僕は薔薇の九番だ」
ネイトがダリルの紙を覗きこんで、落胆の声を上げた。
「どうにかして偽造できないものか……」
「いやいや、それじゃあくじ引きの意味がないでしょ。レティシア様がせっかく準備してくれたもてなしを無駄にしちゃダメだよ。大人しく薔薇の九番の人を探しておいで」
ダリルは、眉間に皺を寄せながら自分の紙を凝視し、真剣に偽造を画策しようとするネイトの背中を呆れ気味に押し出した。ネイトは後ろ髪を引かれるようにダリルのほうをちらちらと振り返っていたが、最後には諦めてダンスの相手を渋々探しに行った。
「まったく偽造なんて、ネイトさんはダリルのことになると本当に大人げないんだから」
カイルが溜め息をつく。こればかりはダリルも擁護できず苦笑するほかなかった。
「カイルは小鳥の三番だったよね」
「うん、今から探しに――」
「カイル様ー!」
カイルの言葉を遮ったのは、小走りでこちらに駆け寄ってくるアビーだった。
「カイル様はくじ引き、何番でした?」
彼女の前のめり気味の勢いに、カイルは珍しくたじろいでいる。
「小鳥の三番だけど……」
「まぁ!」
アビーは答えを聞くなり、嬉しそうに声を上げた。
「なんて偶然! 私も小鳥の三番なの! まるで運命ね!」
大きな瞳を輝かせ顔を近づけてくるアビーに、カイルはすっかり気圧されていた。
「さぁ、一緒に踊りましょう! 私とこっちへ」
「え、あ、ちょっと……っ」
その勢いのまま彼女はカイルの手を取ると、ホールの中央へ連れていってしまった。
嵐のように去っていったアビーに呆気にとられていたダリルとカーティスだったが、しばらくして顔を見合わせ小さく噴き出した。
「カイルのお嫁さん候補ですかね?」
「そうだとしたら、我が家も賑やかになりそうだ」
アビーが加わったハウエル公爵家を想像しながら、二人はくすくすと笑い合った。
くじ引きの際、籠が別だったのは子供と大人を分けているだけだと思っていたが、もしかするとカイルが引いた籠には小鳥の三番しか入っていなかったのかもしれない。そう思わせる積極性が、アビーから感じられた。
しかし嫌な感じはしない。むしろ、そこまでしてカイルと踊りたかったのかと思うと、応援したい気持ちにさえなった。
「ところで、カーティス様は何番だったんですか?」
「ああ、私は小鳥の――」
「二番、ですよね?」
よく通る女性の声がカーティスに被さる。その気品がありながらもどこか掴み所のない声には、聞き覚えがあった。
「ふふっ、先ほどぶりですわね、カーティス様、ダリル様」
カリーナが優雅に微笑む。気配もなく現れたことにもだが、親しげな視線をカーティスに向けていることにも、ダリルは驚いた。
(先ほどぶりって、カーティス様にも会っていたのか)
社交の場であるから、ハウエル公爵家当主であるカーティスに挨拶をしていてもなんらおかしくはない。だが、彼女がカーティスに好意を抱いているという噂を耳にしたばかりなこともあり、ダリルの知らないところで面識があったことに、何となく胸がもやついた。
「ところで、番号、二番で当たっています?」
話を戻すようにしてカリーナが番号を確認する。ダリルはハッとしてカーティスの紙を覗きこんだ。そこには小鳥の絵と二番の文字が描かれていた。
「ええ、当たっていますよ」
少しの愛想も見せず、カーティスが抑揚なく答えた。その素っ気なさに、狭量なことだがホッとする自分がいた。
「ふふっ、勘で言ったのですけれど、まさか当たっているなんて驚きです。――これも運命なのでしょうか」
かすかに艶めいた声で含みのある言い方をして、カリーナは自身の紙を開いて見せてくる。そこにはカーティスと同じ小鳥の二番が記されていた。
驚くダリルを横目に、カリーナが機嫌良く続けた。
「私、あまりダンスには自信がありませんの。ですから優しくリードしていただけると嬉しいです」
そう言って、カリーナは上目遣いでカーティスを見つめた。それと同時に、ホールに優雅な音楽が流れ始めた。
「あら、そろそろ一曲目の始まりかしら。カーティス様、参りましょう」
エスコートを促すようにそっとカーティスの腕に触れる。その甘やかな所作から、ダリルはとっさに目を逸らした。
社交的な作法だと分かっていても、カーティスが彼女の手を取る姿を見たくなかった。
「それじゃあ私も相手の方を探してきますね」
ほとんど彼らのほうを見ないようにしながら言って、ダリルはその場を立ち去った。後ろでカーティスがダリルを呼び止める声がしたような気がしたが足を止めることはなかった。勘違いで振り返って、彼がカリーナの手を取る場面を目にしたくなかったからだ。
楽団の奏でる音色に満ちたホールを、ダリルは黙々と進む。ダンスの相手を見つけた者は二人一組でいるのがほとんどだったので、辺りを見回して相手を探している者に声をかければいいだけなのだが、それすら億劫だった。
理由は明白だ。カーティスに恋心を抱いていると噂のカリーナが、彼と踊ることが気になって仕方がないのだ。もし相手がカリーナ以外だったら、こんなにも胸が騒ぐこともなかっただろう。
なぜこんなにも心が乱されるのか。それは恐らく、彼女の妙に自信に満ちた微笑みのせいに違いない。伴侶であるダリルの存在などまるで問題ではないと言わんばかりの不遜さが、ダリルを不安にさせるのだ。
「――まぁ、綺麗……っ」
陶然とした溜め息が耳元をかすめて、反射的に振り返る。ホールの端で前半のダンスを眺める人々の視線は、中央で踊るとある男女に釘づけだった。
とある男女――カーティスとカリーナだ。
立っているだけで目を引く美貌を持つ二人だ。そんな彼らが手を取り合い踊る姿は、まるでラブロマンスの舞台を見ているかのような、甘美な感情を人々に抱かせる。その上、二人ともダンスがうまく、彼らの足取りや身のこなしは美しい旋律と見事に調和していた。
シャンデリアの輝きが二人の衣装に反射し、一瞬一瞬に宝石のような煌めきを与える。カリーナのドレスの裾が空を切る度に、まるで花びらが舞い散るかのような美しい曲線を描いた。
二人の軽やかで華やかな姿に、周囲の人々は息を呑み、時には嘆息して、その光景を見守る。もしダリルのことを知らない者が見れば、彼らを夫婦や恋人だと信じて疑わないだろう。
「あの二人、すごくお似合いね」
「ええ、本当に。もしかしてハウエル公爵の噂の相手って、カリーナ様なんじゃ……」
「あの真面目なハウエル公爵がまさかと最初は思ったけど、もしかするとあり得るかもしれないわね」
ひそひそと話す令嬢たちの言葉が耳に届き、ダリルはシャツの胸元をぎゅっと握りしめる。そして、逃げるようにホールからテラスへ出ていった。
テラスの手すりに顔を伏せ、大きく息を吐き出す。
(……あんな噂、信じていないはずだったのに)
先ほどレイラと話していた時には、カーティスに限って不誠実なことをするなんてあり得ないと笑って否定したばかりなのに、今はその噂に心を締めつけられる。
もちろんカーティスが不倫をしていると疑っているわけではない。ただあのあまりにお似合いな二人を見て、この先噂が現実になり得る可能性を感じてしまい、胸が苦しくて堪らないのだ。
思い返すと、カーティスがダリルに求婚した頃は、呪いの噂もあり彼に近寄る人間はいなかった。そんな状況では、カイルに変化をもたらした自分への恩を、恋愛感情と錯覚してしまっても無理はない。もしそうであったなら、カイルの痣も消えた今、彼に見合うほどの美しい女性からの好意に、心が揺れてしまうかもしれない……
そんな不安に塗れた嫌な想像が次々に湧き上がって、ダリルを苦しめた。
(カーティス様……)
胸の内で縋るように名前を呼び、涙に濡れる目元を腕にこすりつけた。
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