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あくまで序章に過ぎない

やんす顔のゴワスと大男の通せん坊

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 枝階段が燃えている。炎はすぐに消えた。無事だと思いたい。
遊花あそぼっかさんは大丈夫ですよね?」
 彼女なら大丈夫。死なないと約束したから。きっと。
「死んだでごわす」
 だ、誰だ?
「ゴワスでごわす」
 陽気に踊るやんす顔のバカがいた。ゴワスダンスだろうか。踊りながら近づいてくる。
「モテルンダが女を地面に落とすのを見たでごわす」
 そんな。バカな。彼女まで死んでしまったというのか。
遊花あそぼっかさんまで」
 使子じぇるこは悲しそうな顔をしている。ナレーションだって泣きたい気分だ。
「次はお前の番でごわす」
 ゴワスはやんすやんすという顔で、使子じぇるこに襲い掛かった。
「――そうはさせんぞ!」
 魔女っ子帽子を被った美女が、ゴワスを蹴り倒した。また元カノだろうか。
「わらわは力男りきおの元カノ、ドイツ生まれの魔女マージョじゃ」
 やっぱり元カノか。
「あなたもですか」
 使子じぇるこは何とも言えない表情を浮かべていた。
「わらわが来たからには百人力じゃ。悪党の一人や二人、簡単に倒してやるわ」
 マージョは軍服のマントをなびかせ、仁王立ち。隙が多すぎる。
「怒ったでやんす」
 ごわすはどうした。やんす顔。
「ごわすでやんす・やんすでごわすアタック」
 ゴワスの体が何倍にも膨れ上がった。あの巨体で突撃されたらヤバい。
「ふん、小童が。わらわの必殺技、魔女の一撃を受けてみよ」
 マージョは指を鳴らした。ピキンという音がした。
「ぎゃあああー、腰がー」
 ゴワスは腰を抑え、苦しんだ。一体何が起こったというのか?
「魔女の一撃とは、ドイツ語で言うぎっくり腰のことじゃ」
 ぎっくり腰。
「そうじゃ。ぎっくり腰は辛いぞ」
「マージョさんの必殺技って、ぎっくり腰にさせることなんですか?」
「その通り」
 使子じぇるこの問いかけに、マージョはドヤ顔を浮かべた。
「さてあやつはもうダメじゃ。早く先に行くぞ」
 マージョはさっさと歩き出した。使子じぇるこは慌てて追いかける。
「マージョさん、危ない!」
 使子じぇるこはマージョを突き飛ばした。さっきまでマージョがいた場所を、ゴワスの巨体が通り抜ける。勢いあまって、ゴワスは落ちていった。
「あっ」
 使子じぇるこぉぉおおおお! ゴワスと接触した使子じぇるこの体は宙に投げ出された。
 どうして、どうして、どうして"私"には何もできない!
「バカヤロウ!」
 マージョは何の躊躇もなく、飛び降りた。使子じぇるこの手を掴み、マージョは空中で体を回転させる。その勢いに乗り、使子じぇるこの体は枝階段に戻った。
 その代わり、マージョの体が宙に残された。
「マージョさん、どうして!」
 使子じぇるこの悲痛な叫びが、辺りに響く。
力男りきおが今、必要としているのはお主だからじゃ!」
 マージョの怒鳴り声が胸を打つ。彼女は今、どんな思いでいるのだろう。愛した男を今カノに託す。その胸の内は計り知れない。
 マージョー! 約束する。絶対に力男りきおを助けると。だから、だから!
「頼んだぞ、使子じぇるこ、ナレーション」
 マージョは笑っていた。安心したように。
「マージョさーん!」
 マージョー!
 "私"たちは叫んだ。声が枯れるまで。





「よくここまで来たものだ。だがここから先は通さん」
 虚無僧の格好をした大男が仁王立ちしていた。頂上は目と鼻の先だ。虚無僧さえ倒せば、力男りきおは救える。
「私は通せん坊、お前たちはここで終わりだ」
 通せん坊は錫杖を剣のように突き出した。使子じぇるこ、避ける。
 通せん坊、足払いを繰り出す。使子じぇるこは転んだ。赤か。
「見ないでください!」
 使子じぇるこは顔を真っ赤にして怒った。
「ふざけている余裕はないぞ」
 通せん坊は錫杖を振り下ろした。
「アチョー」
 錫杖が吹き飛んだ。チャイナ服に身を包んだ女性が現われた。
「私、中国生まれの拳法家カンフね。力男りきおの元カノあるよ」
 またか。
「またですか」
 力男りきおには一体何人の元カノがいるのだろう。
「私が来たからには安心ね。さっさと行くあるよ。こいつは私が倒すね」
 カンフは構えた。通せん坊は錫杖を掲げる。空気が静まり返った。
「絶対に死なないと約束してください」
 使子じぇるこは苦しげな表情を浮かべていた。カンフは頷く。
「私を誰だと思ってるね」
 カンフは飛んだ。鋭い蹴りが通せん坊を貫く。隙ができた。
「今ね」
 使子じぇるこは駆け出した。頂上へ向かって真っ直ぐに。
 ナレーションも追いかける。"私"は信じている。否、信じたいのだ。彼女たちは生きていると。
 カンフ、勝って追いついてくれ。
「言われなくても分かってるね」
 カンフはニヤリと笑った。


「私の拳法の前にひれ伏すがいいね」
 虚無僧の体を殴り続けたね。なかなか倒れないある。
 仕方ない。とっておきの技を披露するね。
「お前、なかなか頑丈ある。でもこれ食らったら終わりね」
「私は通せん坊。お主の道の先に勝利などない」
 虚無僧が向かってくるね。負けないと信じてる顔ある。まだまだ甘いね。
 私の両拳は勝利を呼ぶある。食らって立ってるやつなどいないね。
「必殺技、真ヂャイナしんぢゃいな
 虚無僧の体吹っ飛んだある。終わりね。
「甘いわ」
 どうしてね。なぜ私の体浮く?
「お前、何したね」
「よく見ろ。自分の体を」
 鎖。いつの間に巻きついたある。虚無僧の体と繋がってるね。
「お主は私と共に落ちる運命なのだ」
 体が動かないね。もう手遅れある。約束守れなかったね。
力男りきおを救うあるよ」
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