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僕は良い子です。

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 僕は良い子です。とっても良い子なんです。親の言うことは何でも聞きます。友達の言うこと、見知らぬ他人の言うこと何でも聞きます。
 僕のお母さんは昔言っていました。――聞き分けの良い子になりなさい。あなたは今日から小学生なんだから。先生の言うことはちゃんと聞くのよ? 自分の意見も大事だけど、他人の意見もちゃんと聞いて吟味して蓄えて、そうすればあなたは成長するわ。――って。

 だから僕はその言いつけを守って、他人の言うことをちゃんと聞いて、意見も取り入れました。
 お母さんの教えから数年経って、高校生になった今でもその言いつけはしっかり守っています。
 ねぇ、僕は良い子なんですよ? ただ親の言いつけを守っているだけの心優しい親孝行な人間なんです。

 それでも刑事さんは僕を糾弾するのですか? 僕はただ親の言うことを聞いただけなのに。
 ねぇ……刑事さん。僕は悪い子ですか? 僕は何か間違っていましたか? 親の言うことを聞くというのはそれほど悪いことなんですか?

 答えてくださいよ、刑事さん。

 僕は――悪い子ですか?


    ☆ ☆ ☆


 私は目の前の少年が恐ろしくてたまらなかった。
 残虐な殺人を犯したのに平然とたたずんでいる少年が、得体の知れない存在に感じられて、足が震えそうになる。
 私はよかったと思った。――イスに座っていて。足が震えても少年は気付かないから。
 私と少年の間にある机。この机が私の防衛ライン。この距離が私を刑事として、この場にとどまらせてくれる。
 私は恐怖を押し殺し、少年の顔を見つめた。
 まだあどけない顔だ。中学生といっても通じるだろう。
 けれど、油断してはいけない。子どもだからといって侮ってはいけない。

 この少年は私が出会ったどの犯罪者よりも――タチが悪い。



「そんな顔をしないでください。きれいな顔が台無しですよ。といっても美しさを大して損なってはいませんし、美人というのは得ですね」
 少年はニコニコ顔で私を見つめてくる。
 その表情に私は、心臓が鷲掴みにされたような気分になった。
 やはり得体が知れない。何を考えてるか分からない。
「なぜ、そんなに怖がっているんですか? 僕はもう何もしませんよ。それに子どもに怯えていては示しがつきませんよ」
 分かっている。そんなことは。
 私は刑事だ。こんな子どもに怯えてはならない。
 けれど私はどうしてもこの少年に恐怖を感じずにはいられないのだ。
 なぜ、平然としていられる? なぜ笑うことができる? 状況を分かっていないわけではないだろうに。
「君は状況が分かっているのか? ヘラヘラしている場合ではないのだぞ」
「僕は嬉しいんですよ。あなたに会うことが出来て」
 嬉しい? なぜだ? 私は刑事だ。犯罪者の少年からしては会いたくない人物のはず?
 なのになぜ嬉しいなどと?
「フフフッ。いやぁ、本当に嬉しい限りですよ。あなたにまた会えるなんてね」
 また? 私はこの少年と会うのは今日が初めてのはずだ。
 この少年は一体何を言っているのだ?
「いやいや実に戸惑っていますね。まぁ、今のあなたからすればそれも仕方ないのかも知れませんが」
「今の私? どういうことだ?」
「あなたはこれが取調べだと、そう思っているでしょう?」
 そう思っている? 違うというのか。なら私と少年は一体今何をしているんだ。
「取調べじゃないなら……一体なんだ?」
 少年は含み笑いのようなものを漏らした。
「……面会。これはただの面会なんですよ。入院している僕にあなたが会いに来た。これはただそれだけの話なんですよ」

「――ねぇ、お母さん」

  ☆ ☆ ☆


「あの新しい入院患者きれいな人ですね。なのになぜ精神を病んでしまったのでしょう。もったいない」
「あの患者、元刑事らしいぞ。何でも一人息子が殺人を犯して、それが元で刑事を退職、それからずっとあんな調子らしい」
「なるほど、だから今でも自分を刑事だと……」
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