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一章 百貫作家、現実を知る
その1
しおりを挟む「……な、んだと?」
斎藤英明はつきつけられた数値に愕然とした。
そんな馬鹿なと、何度も目をこすり見直すが、自分の目に映る数値が変化することはない。
105・6。
デジタル文字で書かれた無情な数値は、英明に現実をつきつけ、奈落へと落とす悪魔の数字だった。よろよろと、その肉体についた無駄な栄養分を含みまくった脂肪を揺らしながら、体重計から降りる。
「まさか、このトランクスが三十キロくらいあったんじゃ……」
などと、自分でもどうにかしていると思わざるを得ない呟きを落とし、己の身を唯一隠している下着を見下ろそうとして、でっぷりと突き出ている腹に阻まれて見えない事実を知る。最後の抵抗とばかりに、最低限の衣服を身に着けているだけの状態で体重を測ったというのに、なぜにこうも現実は無常なのか。
百グラムあるかどうかも怪しい、三枚千円で買った下着を数秒間疑いはしたものの、そんなことはないと自分に突っ込み、英明は眩暈を覚えた。
いったい自分が何をしたのかと、英明は頭を抱える。ぶよんぶよんで、ぽよんぽよんの肉体で自宅マンションの脱衣所にて四つ這いになり、己の身に起きた不幸を嘆く。
洗濯籠の中では、汚れた衣服が山積みになっており、床にはわずかだがホコリがたまっていた。
「斎藤さん、なんか……育ったよね」
お隣に住むかわいらしい女性――歳の離れたご近所さん以上恋人未満の関係である根岸巴の指摘を受け、「えー? そうかなぁ?」と受け流しながらも、なんとなく気になり、体重計を通販で購入して、はかったところ、この体たらくである。
なんということだ。
以前買った体重計が壊れて以来、体重を量らなくなって幾年。最後にはかった体重は、七十手前だった。身長、百七十弱なのでちょっぴり太り気味だよね~という自覚はあった。
確かに最近、自分も太って来たとは思っていた。持っていた衣服が入らなくなっていた。
ジーパンが何本も箪笥の肥やしになり、腹部をゴムで絞めるタイプのズボンしか受け入れられなくったのは、いつごろからだろうか。
上着も小さくなり、首回りがまったく閉まらなくなりドンドンと購入するサイズが大きくなっていたことにも、ちょっぴりは気づいていた。一般的な店で売っているXLサイズすら入らなくなったことにも、まあ……目をそらしながらも、知っていた。
だがしかし。
実際の数値を見てしまうと、おそろしい!
「おまけに体脂肪率が五十パセーンと越えだなんて」
健康的な体脂肪率がどのくらいか知らないが、身体の半分以上が脂肪だというのは、問題がありすぎることくらいは理解ができる。
空調で室内の温度は整えているものの、いつまでも裸同然の格好でいることも阻まれて、英明はのそのそと部屋着に着替える。たっぷりの脂肪が隠れる五LサイズのTシャツと、やわらか生地で腹部がゆったりと伸びるハーフパンツだ。
「いったいいつの間に、こんなに太っていたんだ……やっぱり、部屋の中で仕事をしているからかなあ。外に、行かないもんね……運動不足が祟ったんだ」
若いころに比べて、まったくといっていいほど運動をしなくなった日常生活をふり返り、英明は呟く。
学生時代、英明はラグビー部に所属していた。
己の望みで入ったわけではなく、当時もぽっちゃりとした体形を買われて、先輩に勧誘され、どちらかといえばやや気に弱い英明は断ることができずに入部したのである。
生来、真面目な気性で上には逆らわないようにしていた英明ではあったので、トレーニング自体は律儀にこなしていたものの、闘争心が欠片もない平和主義だったことが災いし、退部するまでレギュラーになることはついぞなかった。
部長を初めとする他の部員たちからは、「闘争心さえあれば……」と嘆かれたものである。
それでも、ラグビー部のトレーニングのおかげで単なる脂肪は筋肉へとかわり、それなりに見栄えのするスタイルを保持できていた。
英明の食欲が増したのは、おそらくその頃からだ。
運動量が増えたことと、選手として身体を育てるために食事の量は増えた。
身体を動かしていたこともあり、何を食べてもとても美味しかったのである。
だがしかし、彼の食欲は部活をやめたあとでも、元に戻ることはなかった。
運動部に所属していた人間がよく陥る、やめたあとは運動量がめっきり減ってしまったのに、食欲はまるで減らない……という罠に、英明も陥っていたのである。
それでも、若い頃は新陳代謝も違ったのだろう。今ほど、劇的に太っていたわけではない。
ぽっちゃり程度で済んでいた……はずだ。
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