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1優秀すぎる姉とおまけの妹
しおりを挟む「ルビー。ほら、起きて」
透き通るような優しい声音が、洗濯物を干したあと、そのまま近くの木の根で寝息を立てていたルビーの意識を覚醒させた。
小柄で華奢な肢体。肩辺りに切りそろえた赤毛の髪はゆるく波打っている。
決して美人と言われるようなタイプではなく、純朴な顔立ちをしており、内向的な性格が表情にもよく出ており、どこか気弱にも見える少女。
琥珀色の瞳は、眠っていたせいか定まっていない。
クスクスと笑う声に、照れ隠しにまつ毛を伏せる。眠るつもりはなかったのに、いつの間にかウトウトしてしまったらしい。
ちらりと、目前に膝を曲げて座っている女性を見る。
ぼんやりとした視界に映っているのは、ルビーにとって二つ上の姉だった。
ため息が漏れるほどに、繊細な美貌を有している姉が、優しく自分を見守ってくれている。姉、サファイアはこの村一番の美人だ。否、村といわずに大きな街に連れ出したとしても一番の美しさを誇っていたかもしれない。
すらりとした長い手足に、華奢ではあるが女性らしい丸みを帯びた身体。豊かな胸。
腰まで伸ばした長い髪は艶やかで、深い海の色を宿している。知的な瞳はいつも優しく自分を映してくれた。
彼女を知る誰もが、サファイアのことを妖精のお姫様のようだと言う。
「姉さま……ゴメンなさい。少しうとうとしてしまったみたい」
家事の途中に居眠りをしてしまった自分を恥じ、うつむき加減に小声でルビーは答えた。
その頭に、ポンと何かが優しく乗る。姉の手だ。
「いいのよ、気にしなくて。今日は天気もいいし、風も気持ちいいもの。ルビーはいつも家事をがんばってるんだから、少しくらいサボっちゃえばいいのよ」
「そんなこと……」
ない、と。胸の中でだけ呟く。
口に出してしまえば、姉は否定してくれると、わかっていたから。
自分は、家事を手伝いするくらいしか役に立てない出来損ないなのだ。
ルビーと姉のサファイアの生家であるシルバニア家は、この村切っての名家だった。
当主は古くからこの村の長を務め、今はルビーたちの父親が現当主として村の長を担っていた。
彼女たちの家は代々、乙女にだけ神力と呼ばれる特別な力を宿らせていた。神力とはその名の通り、神の力。
神に祈りを捧げることで、神の助力を得ることができる。
その中でも、神の花を咲かせることができる乙女だけを“花乙女”と呼んだ。
“花乙女”は一つの世代で一人だけである。
場合によっては、“花乙女”が誕生しない代もあった。神の花は、村のずっと奥にある洞窟に咲くとされており、その花を咲かせることができれば、なんでも願いが叶うという言い伝えがあった。
姉のサファイアはまだ洞窟に行って挑戦したことはなかったが、誰もが“花乙女”たる資格があると思っていた。わけ隔てない優しさと、高い知識。
サファイアは美しいだけではなく、賢い少女でもあった。
そして何より、歴代の乙女たちの中でも抜きん出た神力を持っていた。
彼女が祈りの詩を歌えば、病もたちどころに治った。日照りが続いた時に祈りを旋律に乗せれば、雨の恵があった。
美人で気立てがよく、おまけに凛々しさも兼ね備えているサファイアは、村中の人気者であり、どんな荒くれ者でもサファイアには頭が上がらなかった。
反対に、ルビーは神力を欠片も備えないまま十四歳になった。ルビーに神力が備わっていないと周囲が気づいたのは、割と早い時期だった。
通常、神力を持つ乙女たちは物心がつくようになる三歳辺りで、何かしらの奇跡を起こす。
それは小石をかすかに動かす程度のものだったり、傷ついた小鳥の怪我を治すようなものだったり様々だが、必ず兆候を見せるのだ。
それが、ルビーにはなかった。幼いころ、ルビーは自分になんの力も宿っていないことを不思議だとは思わなかった。それが、普通だと思っていたから。
自分は普通の人間で、他の村人たちと同じ。何も力を持たない、ただの人間。
しかし、シルバニア家の乙女としては異なるもの。
家系の中、しかも本家筋の乙女で自分だけが力を持たない。
何が原因で、その事実に気づいたということではない。
自然と、自分だけが力を持たない出来損ないなのだと気づいた。気づいて、しまった。
村の大部分の人間たちは優しかったし、家族も力を持たないからといってないがしろにはしなかった。両親ともに、恥じることも気にすることもないと、言い聞かせてくれた。
それでも、ごくごく一部の悪意ある噂話や、悪気はないのだが純粋に不思議がる軽口。
中でも分家筋の乙女から受けた嘲笑に、ルビーは心を痛めた。
歴代の乙女たちの中で、唯一神力を持たない出来損ないの娘。
しかも容姿も特に誉められたところない上に、ルビーには優秀すぎるサファイアという姉がいた。姉のキラキラとした輝きが、いっそうのことルビーの存在をかすませている。
輝く宝石と、道の端に転がる石ころ。対比する二人の姉妹。
姉が自分のことを愛し、何よりも大切にしてくれる度に、劣等感が刺激される。
ルビーとて、サファイアのことを愛している。好きで好きで、だからこそ、苦しい。
好きだけの感情で満たすことができない自分が、惨めで嫌になる。
(姉さま……好きよ。でも……)
でもの先は見ないフリをして、気づかないフリをする。
「姉さまは……お祈りの時間は終わったの?」
「ええ。今日の分は」
神力を持つ乙女は巫女としての役割も持つ。
神に対して祈りの歌を捧げることが日課となっていた。乙女の祈りが途切れると、神からの加護を失ってしまうのだ。
姉のサファイアが巫女として村の役に立つ一方で、なんの力も持たないルビーは家の中の仕事をして生活をしていた。
「母さまがお茶を入れたそうよ。ね、ルビー行きましょう」
穏やか促されて、ルビーは首をたてにふる。
優しい姉のことは敬愛していた一方で、ルビーのコンプレックスの原因でもあった。
それでも、心の底から彼女が自分の姉であることを誇らしくも思っていた。
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