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6黄昏に血が滲む歌を捧げる
しおりを挟む歌うことは嫌いではない。
けど、好きにもなれない。
乙女は祈りを捧げるように歌うことで、神の力を借りることができる。
奇跡を起こすことができる。
けれど、ルビーにはそれができない。
神力を持たない、出来損ないの娘。
自分の前ではそんなことを言わないひとたちも、心の底ではそう思っているのではないかと思ってしまう自分が嫌で。
あの家の中で、自分だけが役立たずなのだと思い知るたびに胸が痛んだ。
自然と、胸のところで両手を組む。
祈りを捧げるように、想いをこめて旋律に言葉を乗せる。
自分に神力はない。
それはわかっている。
何もできない。
それも、わかっている。
それでも…――――。
(もしも)
この世に本当に神さまがいて、助けてくれる存在だというのなら。
この言葉を聞いて。
この祈りを聞いて。
大切なひとたちを助けて。
かわりに何かが必要だというのなら。
この腕も足も目も心臓も。
すべてを捧げてもいい。
(姉さまを助けて…あのひとを哀しませないで……)
かすれた、力のない歌声は不思議と暗闇に静かに響く。
荘厳とは決して言えない貧弱な祈りの声。
それでも、祈りを捧げ続ける。想いを込めて、音に言の葉を乗せる。
不思議な感覚だった。この特別な空間がそう思わせるのかもしれない。
歌い続けるうちに、頭の中が空っぽになるようだった。足元はちゃんとあるはずなのに、ふわふわと身体が浮かんでいるように感じる。神秘的だった。
無音の闇はどこか心地よく、幼いころ母の腕に抱かれていた時を彷彿させた。
「――――――ッ」
頭の中心を、何かが貫いた。
スッと、水滴のような儚さで。
閉じていた目を、ルビーは開ける。
途端、世界はただの暗闇へと戻る。
足元ではランプが明かりを保っていた。
「あ」
ランプの明かりに照らされた、足元の植物。
小さなつぼみをつけたそれは、紛れもなくルビーが強く求めていたものだった。
「あ、あ…」
想いが言葉にならず、身体を屈めると震える両手でそれを持ち上げた。大事に胸元へと抱く。祈りが、通じたのだ。そう悟って、泣き笑いの表情を浮かべる。
神さま…ありがとう……。
心の中でお礼を言って、花を胸に抱いたルビーはきた道を戻る。無論、ランプも忘れずに。
走れと言われた言葉に従い、暗闇の中、ランプの明かりを頼りにルビーは走った。
すぐに息があがる。元から体力はない方だ。その上、洞窟にいることで体力はかなり削られている。肺が痛い。どのくらいの距離を走らなければならないのだろうか。
行く時と同じくらいの距離ならばまだいい。それより長ければ、かなり辛い。
ハッハと短い呼吸を繰り返しながら、ルビーは走った。
光が、見えた。洞窟の入り口だ。思ったより近い。よかった。
だが安堵した次の瞬間、洞窟内が大きく揺らいだ。強い地震だ。
「きゃああ!」
強い衝撃が身体を襲う。何かがぶつかったわけではない。
まるで、風の塊が肉体へとぶつかってきたようだった。
冷たい地面に伏したルビーの目に、信じられないの光景が映る。
先ほどの地震で、入り口付近の土砂が崩れ始めていた。
穴が、ふさがる。この穴がふさがったら、外に出ることはできない。
ルビーは絶望の悲鳴をあげた。
間に合わない。
いや! と叫び、必死になって外に出ようと身体を起こして、足を動かす。
手を伸ばす。光の、方へと。
しかし、限界を超えていた足は言うことを聞いてくれずに、前に踏み出そうとした瞬間に、ガクリと力を失った。
バランスを崩し、再び前のめりに倒れる。
瞬く間だった。
崩れた土砂によって出口がふさがる。光はもう、見えない。
死のような静寂と闇の中で、土の匂いにむせながらルビーは嗚咽をもらした。
ランプも壊れてしまったのか、光は完全に失われていた。
ようやく手に入れることができたのに。この手の中にある花を、姉や村のひとたちに届けることはできないのだろうか。
自分がもっと足が速ければ。
もっと姉のように聡明だったら、困難だって乗り越えられるはずなのに。
(嫌…ここまで、きたのに……)
胃の中に何もないというのに、嘔吐感に襲われる。
血の気がひいているせいか、全身が寒い。血管の中を流れているのが血液ではなく、まるで氷水のような感覚だった。
這うようにして、入り口に向かう。いや、入り口だったと思われる場所へと。
「……い…や……」
ガリッ…。
細い指を、土砂の塊に立てる。動かす。無心で、動かす。
小さな望み。大きな絶望。
この花を、姉のもとへ。みんなの元へ届けなければならないのだ。
自分では花を咲かせることは無理だった。それでも、手に入れることはできたのだ。
姉ならば、きっと咲かせることができる。
花が咲けば、きっとみんな助かる。元通り、平和な村が戻ってくる。
誰も哀しまずにすむ。涙を落とさずにすむ。
「ッ!」
何か硬いものに指先が当たり、鈍い痛みが走った。ドクドクと、そこを中心に血管が激しく脈打つ。土の匂いに、わずかににじむ鉄の匂い。一瞬にして、痛みが激しくなる。
爪が折れたか、はがれたかしたのだと悟る。しかし悟ったところで、どうなる。
濡れた指先で、ルビーは土を掘り続けた。
痛い。苦しい。辛い。助けて、ほしい。
(どうして……)
言葉にしたつもりが、声にはなっていなかった。
絶望にまみれながら、ルビーは自身を呪った。欠陥品とも呼べる、力のない自分。
ここまできて、最後の最後で。やはり、自分は何もできないのだろうか。
もっと早く花を手に入れることができれば。あの時、転びさえしなかったら。
穴がふさがる前に、外へと出ることができたかもしれないのに。
すべてすべて、自分が鈍いのが悪いのだ。
それでも、ルビーは小さな希望にすがる。何かの奇跡を信じる。
穴を掘りながら、祈り続ける。
歌にも、声にもならない祈りを捧げ続ける。
この花を届けることができるように。
姉を、みんなを助けてと願い続ける。
そして、大好きなあのひとがもう哀しまないでいいようにと、心の中で叫び続ける。
(お願い…! 私はまだ、何もしていない…!)
声にならない絶叫。悔しさと歯がゆさで、ルビーは涙を落とした。
花を取ることができただけでは、足りないのだ。
咲かせることができなければ、みんなを助けることはできない。
このまま自分がしたことが、無駄になってしまう。無意味になんて、したくない。もしも命を落とすことになるのなら、それはみんなを助けてからでないと…。
(お願い……ギルバート……!)
この花を、姉へと届けて欲しい。最後にその顔を見せて欲しい。
笑っていて、欲しい。
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