老龍と騎士

麻黄緑推

文字の大きさ
1 / 1

本編

しおりを挟む
 森の中を一人の騎士が足を引き摺りながら歩いている。鎧に刻まれた白百合の家紋も、既に掠れて消えかけていた。番いも外れかけ、凹み、歪み、隙間からは血が滴っている。何処から見ても瀕死である事は明白だった。果たして騎士は洞穴に辿り着き、そこで倒れ伏す様に横になった。少しでも休憩しようと言う魂胆ではあったが、このまま起き上がれず死んでいくだろう事は彼自身何となく自覚していた。
「誰ぞ。」
 洞穴の奥から響いたその声は、弱々しいながらも少しばかりの怒りを帯びていた。
「ここは儂の住処。無断で入ってきた輩をおいそれと帰す訳には行かぬ。」
 声は少しづつ騎士に近づいてくる。次第に見えてきた声の主は、ひどく老いた、しかし大きな龍であった。
「すまない、貴殿の住処であるとは知らなかったのだ。」
 騎士は謝罪でもって老龍に応答した。
「その上・・・見ての通り、私はもう動けんだろう。無礼を働いた詫びだ。私の事は好きにしてくれ。」
 応答を聴き、老龍は数刻考える様な素振りをみせた。そして、「貴様話はまだ出来るな?」と問い掛けた。
「儂は見ての通り永く生きた・・・正直貴様をどうにかするのも億劫な程に老いておるのよ。」
「・・・つまりこの非礼は話し相手になる事で償えと?」
「そう言う事だ。」
 老龍はニヤリと笑った。
「詫びになるほどの話が出来るか分からんが、好きにしろと言ったのは私だ。約束は果たす・・・。」
「そもそもだ、貴様何故そんな格好になっている?」
 そう切り出したのは老龍に、「つまらん理由だ。」と前置きしながら騎士は話し始めた。
「奇襲を受けたのさ。敵国の連中、思い切って前線を上げてきたのだよ。」
 ここまで話すと、騎士は苦痛に身悶え、息を荒くし始めた。
「すまない、どうやら・・・話し相手にもなれないらしいよ・・・」
「案ずるな、これを飲め。」
 瀕死の騎士に、老龍は何かを飲ませた。
「!痛みが引く、が・・・これは・・・」
「儂の血よ。」
 騎士の家に伝わる伝承では、龍の血には万物を癒す力が有るとされていた。
「とは言え所詮朽ちかけた老龍の血液では、少しばかり死期を遠ざける程度であろうがな。」
「・・・なぜ、ここまで?」
 血のお陰で回復した騎士は、身体を起こして問いかける。
「貴様と同じ様にな、儂も死期が近いのよ。貴様を逃せば、もう誰と話す事も出来んだろう。」
「孤独の辛さは人だけの物では無いのだな。」
「そう言う事だ。貴様には儂が死ぬまでの暇潰しに付き合って貰うぞ。」
「・・・どうせ死ぬから血も惜しく無いと?」
「貴様とて自らを捧げたであろう?」
そこまで言うと、互いに何やら可笑しくなって、共に笑いあった。
「・・・龍も人も、死に際は変わらんものだな。」
「その様だな、では続きを申せ。」
「ああ、退けはしたが奇襲によって隊は全滅、私もこのザマさ。」
「貴様が来たのはクルエラ平野の辺りだったな。あそこまで攻められておるなら、国はもう駄目だろうな。」
 そう言う老龍に「いや、まだ望みはあった。」と悔いる様に騎士は言う。
「奴等の拠点は奇襲の際にある程度把握出来たし、まだ数も少ない。本国に伝えられれば幾らでも対策は出来たろう・・・」
「だが伝令は出来ぬというわけか。」
「そうだ。奴等に一泡吹かせてやりたかったが・・・」
「そうさな、次は儂の昔話でも聴くが良い。」
「?あ、ああ・・・」
「かつて、まだ儂がもう少し動けた頃の話よ。白百合の紋を持つ騎士がな、戦場で捕らえられた儂を救ってくれたのよ。」
「白百合の、騎士?」
「そいつに恩を感じた儂は、奴に血を分けてやったのよ。」
「まさか、我が家に伝わる伝承の龍は・・・」
「国までは、歩いて行けるな?」
「何を考えている!?」
 騎士の言葉を遮る様に、龍は自らの首を爪で切り裂いた。傷口と口からは多量の血が溢れ出している。
「・・・飲め。これだけの量であれば国へ帰る事は容易であろう。」
「しかし、貴殿は・・・」
「龍は・・・義を果たす生き物よ。かつての恩人への返礼よ。どうせ死ぬ身。惜しくは無いわ。」
「・・・有り難く、頂戴する。」

 騎士の情報により、敵国の奇襲は完全に成功する事はなく、国は守られた。奇襲に兵力を注ぎ過ぎた敵国はこれにより失速。後の両国和平交渉に繋がってゆく。騎士はその後、あの洞穴で墓守として余生を過ごしたという。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

卒業パーティでようやく分かった? 残念、もう手遅れです。

ファンタジー
貴族の伝統が根づく由緒正しい学園、ヴァルクレスト学院。 そんな中、初の平民かつ特待生の身分で入学したフィナは卒業パーティの片隅で静かにグラスを傾けていた。 すると隣国クロニア帝国の王太子ノアディス・アウレストが会場へとやってきて……。

聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした

藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると 土地を蝕む邪気となって現れる。 それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。 派手な奇跡は起こらない。 けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。 ――その役目を、誰一人として理解しないまま。 奇跡が少なくなった。 役に立たない聖女はいらない。 そう言われ、私は静かに国を追放された。 もう、祈る理由はない。 邪気を生み出す原因に目を向けず、 後始末だけを押し付ける国を守る理由も。 聖女がいなくなった国で、 少しずつ異変が起こり始める。 けれど彼らは、最後まで気づかなかった。 私がなぜ祈らなくなったのかを。

旧王家の血筋って、それ、敵ですよね?

章槻雅希
ファンタジー
第一王子のバルブロは婚約者が不満だった。歴代の国王は皆周辺国の王女を娶っている。なのに将来国王になる己の婚約者が国内の公爵令嬢であることを不満に思っていた。そんな時バルブロは一人の少女に出会う。彼女は旧王家の末裔だった。

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

悪役令嬢が処刑されたあとの世界で

重田いの
ファンタジー
悪役令嬢が処刑されたあとの世界で、人々の間に静かな困惑が広がる。 魔術師は事態を把握するため使用人に聞き取りを始める。 案外、普段踏まれている側の人々の方が真実を理解しているものである。

私は逃げ出すことにした

頭フェアリータイプ
ファンタジー
天涯孤独の身の上の少女は嫌いな男から逃げ出した。

処理中です...