聖戦場の乙女

麻黄緑推

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第一章 未だ見ぬ敵に備えて

偽名確定

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「まさか歯型から森に行ったのがバレるとは・・・」

「お父様を舐めていましたわ・・・」


言い訳虚しく、あの夜の闘いはルール卿にバレた。
一応野犬に噛まれたと言い訳したのだけれど・・・


「お前に傷をつけられる犬がそうそう居るものか、ですか。」

「普通に賛辞なんだけどね、喜べないね。」


そう、卿はリーンの
つまり今までの鍛錬と腕試しの成果も、ほぼバレていると思って良い。
戦力を警戒されたり、認められて軍に入れられたら身動きが取り辛くなるからなるべく避けたかったけれど・・・


「まあ、リーンさんは戦いとなると派手に動いてくれるからね、仕方ないね。」

「面目ないですわ・・・」


流石のリーンもちょっと申し訳なさそうだ。
と言うのも、今回の一件でリーンは療養という名目で一ヶ月程度の謹慎が課せられたからだ。
聖教国が来るまで数年あるとは言え、一ヶ月動けないのは痛い。


「まあ、なんだ。お父さんに認められて、良かったね。」


ルール卿は無断外出・戦闘を行なって怪我をした娘を叱りはしたけれど、言葉の端々から成長を喜んでいる事が窺えた。
「半日以内にあの森を往来したことは賞賛しよう。」
「奴らに挑んでこの程度の傷で帰って来た事は誇りに思って良い。」
「満月とはいえ、夜中獣と闘って、よくぞ勝利したものだ。」
「流石私の娘だ。」
あれ?
改めて思い返すと全く端々じゃないし、単純に親バカな気がしてきた・・・

さて、一月は動けないリーンだけれど、赤目の群れとの戦いで集団戦を経験を積んだこともあり、いよいよライヴ聖教国の元組織壊滅を視野に入れ始めた。


「ライヴ聖教国の起源はタムの南方、リキッド地方の辺りだよ。」

「これまたド田舎じゃありませんか。こんな所からあの山を越えられる国が生まれるなんて・・・信じられませんわ。」

「建国がゲームの一年前、つまり今から四年後だから・・・」

「今頃はまだまだ軍備を強化してる頃でしょうね。話を聞く限り、聖騎士団の連中は何処からか引き抜いた訳でもなさそうですし。何もしないでいきなり人が強くなるはずありませんわ。」

「敵の首領は"聖騎士団の力は神の御力、敬虔な信徒は誰でも賜ることが出来る"って言い張ってたけどね。」

「・・・事実ならゾッとしますわ。」


ともあれ、リーンは確実に強くなってきている。
今のライヴがどの程度の強さかは分からないけれど、リーンが目標にした来年頃には、聖騎士団以外であれば圧倒出来る様になるだろう。


「まあ、来年には通行証発行して突撃するとして、その為に必要なものを考えますわよ。」

「考えるって、何を?」

「偽名、です!」


建国前のライヴを叩く時、国際情勢的にリーンの身元は絶対に隠さなければならない。
確かに偽名は必須だ。
どのみち一ヶ月は動けないんだ。
こう言う事務的なこと、今のうちに済ませるのが得策だろう。


「名前から私やタムを連想させてもいけませんし・・・出身が違うイオの方が、偽名の考案係には最適ですわ。」

「よし、まっかせて!これでも名前のセンスには自信があるんだ。」

「ほう。期待させてくれるじゃあありませんか。」

「どざえもん!」

「待ちなさい。」



私の命名に間髪入れずにリーンが遮ってきた。
この素敵な名前に何の不満があるんだろう。


「貴女の国の言葉と私の国の言葉は異なっておりますわ。」

「うん。」

「だからかもしれませんが・・・タムでそれは"水死体"を意味しますの。」

「ダメ?」

「気分的に嫌ですわ!」

「ていうか私の故郷でも同じ意味だけどね。」

「何故選びましたの!?」


おかしい。
リーンがこんなに嫌がるなんて。
別に偽名なんだから何を名乗っても良いだろうに。


「可愛いじゃん、どざえもん。なんか猫っぽくてさ。」

「貴女、本当は魔族とかそういう類だったりしません・・・?」

「人間だよ!」


結局、リーンの偽名は"ベルセルク狂戦士"に決まった。
単語を聞いて気に入って、意味を知って決めたらしい。
正直言って、リーンもどっこいのセンスをしていると思う私だった。
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