傷者乙女と軍人さん

空橋彩

文字の大きさ
2 / 8

にい

しおりを挟む
馬車乗り場で待ち合わせのはずだったが、診療所を出てすぐのところで堂ヶ島右京は待ち構えていた。私を見るなり顔を顰めてしまった。

ざまあみろ。男に従う女ばかりじゃないのよ。

と少しだけスッキリした。

「いこう」

そう一言喋ってスタスタと歩いて行ってしまった。

足の長さが違うので私はどんどん遅れる。これでは一人で観劇をしに来た乙女だわ。あら?ちょうどいいじゃない。そう思うと自然と笑顔が溢れた。

しかし、ほっといてもらえればいいのに少し歩いては振り返る。私が追いつくまでじっと待って、合流するとまた歩き出す。不器用だなと少し面白くなってしまった。
それ以上に、手を繋いだり、エスコートしたりはしてはくれなかった。気負わずにいられていいじゃないかと少し安心した。

そう思ったのに用意された席はペア席で、二人掛けのソファだった。二人で座ると膝と膝が触れ合うくらいの狭めのソファ。その状態で半分ほど観劇すると、ちょうど休憩時間になった。ふと、隣を見ると彼は私の方をじっと見つめていた。

不意に視線があって、心臓がドクンと跳ねた。急に恥ずかしくなり、心を落ち着けたくてお手洗いに向かうと、当たり前のように私の悪口が聞こえてきたわ。

「ねね、みた?右京様が傷者を連れてたわよ?」

「やっぱり、あの話本当なんだ!」

「あの話?」

「蘭様と右京様、お付き合いしてるんですって、でもほら、右京様って孤児でしょ?将軍閣下が許さなくて、右京様を結婚させようとしてるって」

「えーー?!あの女と?!私が結婚したいわよ!」

「やめときなさいよ、蘭様の愛人になるために結婚するんだから」

「え?そうなの?じゃあ、蘭様と右京様は心で結ばれるってこと?美男美女の叶わぬ恋の物語みたいで素敵ね!!」

「お互い愛さない相手と結婚して勤めを果たした上で、心と体で秘密の愛を育むのよ!すてきー!」


これが乙女の会話かと思うと頭が痛くなってくるわ。
なるほど、と私はひとりごちた私を隠れ蓑にして、愛する人と結ばれようとしていたってことね。私が、堂ヶ島右京に好意を寄せていた事を利用しようとしたわけだ。
危うくだまされるところだったわ。
落ち着くどころか余計に心かき乱された私は元々手入れされていない髪をかき上げ後ろで一つに結ぶ。

席に戻ると、堂ヶ島右京と私が座るはずのソファに、ピンクの可愛らしいワンピースを身に纏った蘭様が着座していた。

「右京様、うまくやらなきゃダメですよ?わたくしがせっかく選んだ空色のワンピースはちゃんと送ったんですか?なぜ違う服を着ているの?」

「俺は送りました。彼女は気に入らなかったのでしょう」

「もう!!しっかりしなさいよ!喧嘩は強いくせに、こう言うことはとんと弱いんだから!!」

「うっ…しかし…どうしたらいいかわからなくなってしまうんです。」

「簡単よ!!惚れさせればいいのですから、好きとか、愛してるとか、言えばいいのです」

「そんなこと、言えません!!!」


よくもまあ、ベラベラと喋る。私の前では一語文が精一杯の彼は、愛するものの前ではしっかり話せるのではないですか。言葉を知らない猿かと思いましたわ。いえ、愛嬌のあるお猿さんの方が何倍もお利口さんね。



「そんな言葉言っていただかなくて結構です」


あぁ、劇見たかったな。終わるまで我慢しようと思ったけどここまで馬鹿にされて私は耐えられなかった。


二人は私がいることに気が付かなかったようで、全く同時に、慌てて振り返った。


「先生!!これは違いますのよ!!」


「…!」


「隊長、傷者の哀れな女に少しの間結婚という夢を見させてくださりありがとうございます。今後、お会いすることはありませんが、一生の思い出にさせていただきます。どうぞ、お二人末長くお幸せに」


ありったけの皮肉を込めて、最高の笑顔を向ける。泣くもんか。負けるもんか!
スカートの両端をつまんで片足のつま先を少し後ろに引いて、トンと床を踏む。


「先生!!まって!困ります」

蘭様が慌てて手を伸ばすが構わず踵を返して劇場を後にする。堂ヶ島右京は恥知らずなことに、あらやだ、本音が。憐れみ深いことに、入り口までついてきてくださったわ。

「待ってくれ、話を…」

そう言って私の右手を乱暴に掴んだ。反射的にパン!とその手を振り払ってしまった。何故か、彼は傷ついたような顔をしてその場で固まってしまった。

「やっと二語文を話しましたね。でも話は聞きません。私、人の人生のために使われる趣味はありませんの。馬鹿げた劇に出演するのはお断りです」


「馬鹿げた劇?」


「ええ、主演は貴方と蘭様でございましょう?私は、出演致しません。」


「俺を馬鹿にしたような話し方をして、楽しいか?」


元々鋭い顔つきの彼は、さらに顔を強張らせて私を睨みつける。相当怒ってるのね、うまくいかなかったから。
その姿が滑稽でつい笑みが溢れてしまう。

「ふふ、楽しんだのは貴方でしょう?私を盾に愛する者を守れなくて残念でしたね。楽しかったですか?秘密の恋。私は楽しくありませんでした」


「何を言ってるんだ?!」


「馬鹿にするなって言ってんのよ!!!」


グズグズ私を引き止めようとするこの、男につい、カッとなって本音がそのままストレートに口から飛び出してしまいました。突然の怒りを向けられて、百戦錬磨の隊長も驚いたのか、顔色がサッと変わってしまいました。
私に送りつけた空色のワンピースのように。


「傷者を、晒し者にして楽しかったかって聞いてんの。あんたたちが愛し合うために私の人生使おうとしないで。私は私のためにしか生きない。二度と会いたくないわ。さよなら」


観劇に来ていた老若男女、大注目のなかたまりにたまった鬱憤を叫び散らしてしまったわ。何人もの人たちが、私を勘違い女と罵っていた。

私が…何をしたのよ。子供を守って傷を負って…それの何が悪いの?こんなに傷つけられなきゃいけないほど悪い事をしたの?

今まで我慢していた涙が次々と溢れ出してきた。
外にいた貸し馬に跨ってがむしゃらに治療院まで帰った。ボロボロの私を見てお父様は「ごめんな」と一緒に泣いてくれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】小さなマリーは僕の物

miniko
恋愛
マリーは小柄で胸元も寂しい自分の容姿にコンプレックスを抱いていた。 彼女の子供の頃からの婚約者は、容姿端麗、性格も良く、とても大事にしてくれる完璧な人。 しかし、周囲からの圧力もあり、自分は彼に不釣り合いだと感じて、婚約解消を目指す。 ※マリー視点とアラン視点、同じ内容を交互に書く予定です。(最終話はマリー視点のみ)

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

隣人の幼馴染にご飯を作るのは今日で終わり

鳥花風星
恋愛
高校二年生のひよりは、隣の家に住む幼馴染の高校三年生の蒼に片思いをしていた。蒼の両親が海外出張でいないため、ひよりは蒼のために毎日ご飯を作りに来ている。 でも、蒼とひよりにはもう一人、みさ姉という大学生の幼馴染がいた。蒼が好きなのはみさ姉だと思い、身を引くためにひよりはもうご飯を作りにこないと伝えるが……。

抱きしめて

麻実
恋愛
夫の長期に亘る不倫に 女としての自信を失った妻は、新しい出会いに飛び込んでいく。

好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。

石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。 すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。 なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。

2回目の逃亡

158
恋愛
エラは王子の婚約者になりたくなくて1度目の人生で思い切りよく逃亡し、その後幸福な生活を送った。だが目覚めるとまた同じ人生が始まっていて・・・

つかまえた 〜ヤンデレからは逃げられない〜

りん
恋愛
狩谷和兎には、三年前に別れた恋人がいる。

好きな人の好きな人

ぽぽ
恋愛
"私には何年も思い続ける初恋相手がいる。" 初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。 恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。 そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。

処理中です...