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11 今も好き
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「お疲れー」
勤務を終えて女子更衣室を出ると、偶然同じタイミングで着替えを終えた藤井と出くわした。
「いつものとこでいいよな? あそこ安いし」
「うんどこでもいいよ」
二人並んで歩き、職員用の玄関から外へと出る。
まだ日が完全に沈む前に病院を後にするのはいつぶりだろうか。
たったそれだけで少し気持ちが明るくなった。
「なあ長谷川。あそこにいるの、お前の知り合い?」
「え?」
この後何のラーメンを食べようか、なんてのんきなことを考えていた私は、不意に藤井から声をかけられる。
くいっと顎でしゃくるようにして藤井が指した先には、ここ数日私を悩ませていた張本人の姿があった。
しかもとてつもなく機嫌の悪そうな顔をしている。
「篤? なんで?」
特に今日は会う約束はしていない。
勤務の都合がつくまで待ってもらっていたはずだ。
「隣にいるの、彼氏?」
篤は私の質問を無視し、驚くほどの低い声でそんなことを尋ね返す。
どうやら藤井のことを彼氏だと勘違いしたらしい。
「違うよ。同じ病棟の同期」
「……なんで一緒に帰るの?」
「いや、それはたまたま早めに勤務が終わったから、ラーメンでも食べようかってなって」
明らかに発せられる不機嫌オーラに包まれた篤と、そんな彼に戸惑う私を交互に見つめる藤井。
きっとただならぬ雰囲気を察したのだろう。
「長谷川、とりあえず今日は俺帰るわ! お疲れ、また来週なー」
私が何かを言い返す前に、彼はひらひらと手を振って遠ざかって行ってしまった。
残された私と篤の間には沈黙が走る。
そもそもなぜ篤がここにいるのか。
そして何を勝手に不機嫌になっているのだろうか。
「……篤、なんで今日ここに……っ……」
ぐいっと掴まれる手首。
そしてそのまま、以前と同じように彼の車へと連れていかれる。
「痛い……」
「あっごめん」
私の声に慌ててパッとその手を離した篤は、そのままふわりを私を抱きしめた。
「!? ちょっと、ここ病院のっ……」
「ごめん、今だけ。すぐやめるから」
そのまま大きく深呼吸を繰り返した篤は、言葉通りに体を離すと助手席のドアを開けてくれた。
仕方なしに乗り込んだ私を確認すると、自らも以前のように運転席へと乗り込む。
「俺の家、ここから十五分もかからないからさ。そこで話したい」
「……なんでいるの?」
私の問いに答える前に、彼はアクセルを踏み込み車が発進する。
遠ざかっていく病院の景色を、私はどこか他人事のような感覚で眺めていた。
「今日外回りの仕事で直帰していいって。澪の顔見たかったから……」
「そう……」
「ごめんさっきは。俺余裕なくって……」
「さっきのは本当にただの同期で、そういうのじゃないから。誤解しないでほしい」
言葉の代わりに頷きを見せた篤は、それから自宅に到着するまで無言のままハンドルを握りしめていた。
やがて到着した彼の家は五階建てのアパートで、ワンルーム。
男の一人暮らしらしく家具も必要最低限のようだ。
勧められるままに足を踏み入れ、恐る恐るガラステーブルの前に座る。
「なんでそこ? 床固いだろ。ベッドとか座っていいのに」
二人分のお茶をグラスに注ぎ運んできた篤は、所在なさげに座る私を見てそう言った。
その表情に他意はないのだとわかるのだが、勝手に気まずくなってしまう。
「いや、ここでいい……。大丈夫。それで……話って?」
聞かなくてもわかるのに、自分からその話を持ち出すことが怖い私は、また篤に頼ってしまう。
篤ははあーっとため息をついた後、口を開いた。
「澪は俺のこと、どう思ってる?」
俯きながら篤が切り出すのを待っていた私は、思わずハッとして彼の顔を見上げる。
篤はグラスを持ったまま私を見下ろすように立っていた。
「まだあの時の好きって気持ち、少しでも残ってる?」
ぎゅうっと心臓が掴まれたかのように苦しくなり、うまく息が吸えなくなりそうだ。
そのタイミングで篤からグラスを手渡されたため、気持ちを落ち着けるかのようにゆっくりと飲み物を口に含む。
冷たさが喉を通り少しだけ落ち着きを取り戻した私は、彼に正直な気持ちを告げた。
「……残ってるよ。でもあれから私違う人と付き合ったりもしたし、篤ひと筋でずっと待ってたわけじゃなかった。むしろ篤のこと忘れようとして……もういないものとして生活してきたから。元はと言えば自分のせいなのに」
「……」
篤は何も答えないまま、私から少し離れた床にゆっくりと腰を下ろした。
「そんな中途半端な気持ちで、篤と付き合っていいのかな? 篤に失礼なんじゃないかなって……」
「俺さ」
まだ最後まで言葉を言い切らないうちに、篤が被せるようにして口を開く。
「澪が地元出て行った後、大学入って告白されて彼女もできた。でもいつもどこかでお前と比べちゃってたんだ。最低だよな、俺。今回こそは澪のこと吹っ切れたって思っても同じことの繰り返し。だからもうしばらく彼女もいないし、親にも呆れられてる」
「そんな……」
「俺の中にいるのはいつでも澪だけだよ。澪とこうやってまた会えて、痛いほどわかった。面と向かって嫌われるのが怖くて、会いにも行けなくてごめん、情けなくてごめん」
「違う、私が勝手に篤のこと避けたから……あの時ちゃんと話を聞いてれば、こんな風にはならなかった……」
すり……と大きな手がそっと頬を撫でる。
気づけばいつのまにか篤と私との距離は体が重なり合うほどに近くなっていた。
彼の息遣いすら伝わってきそうなその距離に、思わず私も息を呑む。
「俺のこと、まだ好き?」
吐息がかかるほど顔が近づけられ、確認するかのように上目遣いでのぞき込まれる。
「……好き、だよ。ずっと好きだった……でも叶わない気持ちだから忘れなきゃって必死で……きゃっ」
腕を引かれ、がばっと勢いよく抱き締められた。
大きな彼の体にすっぽりと丸まるようにして収まった私の体を、まるで離さないとでもいうように篤が両腕に力を込めているのがわかる。
本当はずっと、ずっと好きだった。
忘れることなんてできていなかった。
私自身がその気持ちを認めようとせず、無理やり蓋をしていただけなのかもしれない。
今ならわかる、これから先も彼を超える人に出会うことはないのだ。
勤務を終えて女子更衣室を出ると、偶然同じタイミングで着替えを終えた藤井と出くわした。
「いつものとこでいいよな? あそこ安いし」
「うんどこでもいいよ」
二人並んで歩き、職員用の玄関から外へと出る。
まだ日が完全に沈む前に病院を後にするのはいつぶりだろうか。
たったそれだけで少し気持ちが明るくなった。
「なあ長谷川。あそこにいるの、お前の知り合い?」
「え?」
この後何のラーメンを食べようか、なんてのんきなことを考えていた私は、不意に藤井から声をかけられる。
くいっと顎でしゃくるようにして藤井が指した先には、ここ数日私を悩ませていた張本人の姿があった。
しかもとてつもなく機嫌の悪そうな顔をしている。
「篤? なんで?」
特に今日は会う約束はしていない。
勤務の都合がつくまで待ってもらっていたはずだ。
「隣にいるの、彼氏?」
篤は私の質問を無視し、驚くほどの低い声でそんなことを尋ね返す。
どうやら藤井のことを彼氏だと勘違いしたらしい。
「違うよ。同じ病棟の同期」
「……なんで一緒に帰るの?」
「いや、それはたまたま早めに勤務が終わったから、ラーメンでも食べようかってなって」
明らかに発せられる不機嫌オーラに包まれた篤と、そんな彼に戸惑う私を交互に見つめる藤井。
きっとただならぬ雰囲気を察したのだろう。
「長谷川、とりあえず今日は俺帰るわ! お疲れ、また来週なー」
私が何かを言い返す前に、彼はひらひらと手を振って遠ざかって行ってしまった。
残された私と篤の間には沈黙が走る。
そもそもなぜ篤がここにいるのか。
そして何を勝手に不機嫌になっているのだろうか。
「……篤、なんで今日ここに……っ……」
ぐいっと掴まれる手首。
そしてそのまま、以前と同じように彼の車へと連れていかれる。
「痛い……」
「あっごめん」
私の声に慌ててパッとその手を離した篤は、そのままふわりを私を抱きしめた。
「!? ちょっと、ここ病院のっ……」
「ごめん、今だけ。すぐやめるから」
そのまま大きく深呼吸を繰り返した篤は、言葉通りに体を離すと助手席のドアを開けてくれた。
仕方なしに乗り込んだ私を確認すると、自らも以前のように運転席へと乗り込む。
「俺の家、ここから十五分もかからないからさ。そこで話したい」
「……なんでいるの?」
私の問いに答える前に、彼はアクセルを踏み込み車が発進する。
遠ざかっていく病院の景色を、私はどこか他人事のような感覚で眺めていた。
「今日外回りの仕事で直帰していいって。澪の顔見たかったから……」
「そう……」
「ごめんさっきは。俺余裕なくって……」
「さっきのは本当にただの同期で、そういうのじゃないから。誤解しないでほしい」
言葉の代わりに頷きを見せた篤は、それから自宅に到着するまで無言のままハンドルを握りしめていた。
やがて到着した彼の家は五階建てのアパートで、ワンルーム。
男の一人暮らしらしく家具も必要最低限のようだ。
勧められるままに足を踏み入れ、恐る恐るガラステーブルの前に座る。
「なんでそこ? 床固いだろ。ベッドとか座っていいのに」
二人分のお茶をグラスに注ぎ運んできた篤は、所在なさげに座る私を見てそう言った。
その表情に他意はないのだとわかるのだが、勝手に気まずくなってしまう。
「いや、ここでいい……。大丈夫。それで……話って?」
聞かなくてもわかるのに、自分からその話を持ち出すことが怖い私は、また篤に頼ってしまう。
篤ははあーっとため息をついた後、口を開いた。
「澪は俺のこと、どう思ってる?」
俯きながら篤が切り出すのを待っていた私は、思わずハッとして彼の顔を見上げる。
篤はグラスを持ったまま私を見下ろすように立っていた。
「まだあの時の好きって気持ち、少しでも残ってる?」
ぎゅうっと心臓が掴まれたかのように苦しくなり、うまく息が吸えなくなりそうだ。
そのタイミングで篤からグラスを手渡されたため、気持ちを落ち着けるかのようにゆっくりと飲み物を口に含む。
冷たさが喉を通り少しだけ落ち着きを取り戻した私は、彼に正直な気持ちを告げた。
「……残ってるよ。でもあれから私違う人と付き合ったりもしたし、篤ひと筋でずっと待ってたわけじゃなかった。むしろ篤のこと忘れようとして……もういないものとして生活してきたから。元はと言えば自分のせいなのに」
「……」
篤は何も答えないまま、私から少し離れた床にゆっくりと腰を下ろした。
「そんな中途半端な気持ちで、篤と付き合っていいのかな? 篤に失礼なんじゃないかなって……」
「俺さ」
まだ最後まで言葉を言い切らないうちに、篤が被せるようにして口を開く。
「澪が地元出て行った後、大学入って告白されて彼女もできた。でもいつもどこかでお前と比べちゃってたんだ。最低だよな、俺。今回こそは澪のこと吹っ切れたって思っても同じことの繰り返し。だからもうしばらく彼女もいないし、親にも呆れられてる」
「そんな……」
「俺の中にいるのはいつでも澪だけだよ。澪とこうやってまた会えて、痛いほどわかった。面と向かって嫌われるのが怖くて、会いにも行けなくてごめん、情けなくてごめん」
「違う、私が勝手に篤のこと避けたから……あの時ちゃんと話を聞いてれば、こんな風にはならなかった……」
すり……と大きな手がそっと頬を撫でる。
気づけばいつのまにか篤と私との距離は体が重なり合うほどに近くなっていた。
彼の息遣いすら伝わってきそうなその距離に、思わず私も息を呑む。
「俺のこと、まだ好き?」
吐息がかかるほど顔が近づけられ、確認するかのように上目遣いでのぞき込まれる。
「……好き、だよ。ずっと好きだった……でも叶わない気持ちだから忘れなきゃって必死で……きゃっ」
腕を引かれ、がばっと勢いよく抱き締められた。
大きな彼の体にすっぽりと丸まるようにして収まった私の体を、まるで離さないとでもいうように篤が両腕に力を込めているのがわかる。
本当はずっと、ずっと好きだった。
忘れることなんてできていなかった。
私自身がその気持ちを認めようとせず、無理やり蓋をしていただけなのかもしれない。
今ならわかる、これから先も彼を超える人に出会うことはないのだ。
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