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 「おい、ルクス……お前に伝えておかなければならない事がある」

 ある日、遠慮がちに執務室へ入ってきた幼馴染シオンは、その飄々とした普段の性格からは珍しいほどに口籠もっていた。

 「どうした。お前らしくもない。早く言え」

 ルクスは机に向かい書類に目を通している最中で、目線は書類に向けたまま、シオンに言葉の続きを促す。

 「……エレノアが……」

 その瞬間、ルクスの動きが止まり息を呑むような音が聞こえる。
 シオンはその様子に気づいたが、何でもない様を装って続けた。

 「エレノアが、婚約した」


 その言葉は、ルクスを激しく打ちのめした。
 あの時のエレノアと同じように彼の方から表情が抜け落ちていく。

 「な、に……」

 掠れた声でそう聞き返す幼馴染の姿に、シオンは苦しげな表情を浮かべるが、淡々と事実を述べる。

 「第二側妃の実家である、マキシウム公爵家の次男らしい。来年には正式な婚儀を行う予定であると」

 「マキシウム……公爵家の……次男……」

 ルクスは、途切れ途切れにシオンの言葉を復唱する。

 「ああ。エレノアも、お前との関係が解消されてもう三年になる。今年で十九歳になるだろうし、新しく婚約を結ぶには妥当な時期だろう。いや、むしろ遅いくらいかもしれないな」

 ルクスの思考は停止した。
 エレノアが他の誰かと結婚するなど、考えたこともなかったのだ。
 自分から別れを告げておいて、何を言うのだと思われるかもしれないが、ルクスにとってエレノアは永遠に最愛の人であった。

 「……めだ」

 「は? 今何て? 」

 「だめだ! エレノアが俺以外の誰かと結婚だって!? そんな事、許せるわけがないだろう! 」

 ルクスはバンと机を叩くと、その場で勢いよく立ち上がりシオンを怒鳴りつけた。
 
 「エレノアとの関係を解消した途端に、サリアナと婚約した奴が何言ってるんだよ。少なくとも今のお前に、エレノアの婚約を否定する権利はない」

 シオンは軽蔑するような表情でルクスを見つめた。
 実を言えば、シオンも幼馴染であるエレノアに少なからず惹かれていたのである。
 だがルクスとエレノアが互いに思い合っている事は明らかであり、シオンにとってはどちらも大切な幼馴染であったためその思いは封印してきた。
 だからこそ、今回のルクスのエレノアへの仕打ちには憤りを感じていたのだ。
 ルクスはシオンの視線を感じながら、呆然とその場に立ち尽くす。

 エレノアが他の男の腕に抱かれ、その美しい唇を奪われるなと、許せなかった。
 エレノアは自分のものなのだ。
 これまではどこか他人事であったが、このままではエレノアを永遠に失ってしまうという恐怖を初めて感じた。
 何を今更と思われることはわかっていたが、全身の血が騒ぎ立てる。

 皇帝の妻は、破瓜の証明によりその地位を手に入れるのだ。
 一度でも他の男のものになってしまったら、その資格を永久に手放すことになり、エレノアはルクスと結婚することはできない。

 「シオン。俺はやるぞ」

 「……は? 何を? 」

 急に顔を上げてやる気を取り戻した幼馴染を、シオンは訝しげに見上げて尋ねる。

 「エレノアを、取り戻す」

 「お前遂に頭でもおかしくなったのか……。たった今、エレノアは婚約したと言っただろう? 」

 「力づくでも、取り戻す。ルシアン派を滅ぼしてやる」

 「いやいや、この二ヶ月ほとんど勝ち目はなかったというのに……」


 だがルクスは本気だった。
 エレノアを取り戻すと覚悟を決めてからの彼は、これまで以上に冷徹な指導者となった。
 彼の勢いに怖気付いた兵士達の士気が上がり、ルクス派の軍隊はルシアン派を打ち負かすほどとなったのである。

 「お前……最初からそのくらい本気出せよな」

 「何としてでもエレノアの結婚を阻止する。あいつの結婚の前に、ルシアン派を叩きのめしてやる」

 ルクスの表情は真剣そのものであった。
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