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 夜も更け始めた頃、エレノアは珍しく寝付けずにいた。
 なぜか胸騒ぎがして寝苦しく、寝台の上で何度も寝返りを打つ。
 もう何度目かわからない寝返りと共に背を窓に向けたその時である。

 ガシャン! というガラスが割れるような音がした。
 エレノアはハッとして窓の方に目を向ける。
 すると、窓ガラスが一部割れているではないか。
 だがそこには誰もいない。
 
 不届き者……!

 エレノアは恐ろしくなり、声を上げて誰かを呼ぼうと口を開いた。

 だがその瞬間。

 「……んっ」

 開きかけた口を、大きな掌で抑えられたことで、大声が出せない。
 このままでは陵辱されてしまうかもしれない、そんな恐怖と焦りがエレノアを支配したその時。

 「エレノア」

 男が口を開いた。
 そしてその口から紡がれた言葉を耳にした途端、エレノアの体中の力が抜けていく。
 背後から口を塞がれているため、男の顔を見る事ができない。
 だがその声は、大好きだった懐かしい声であった。

 エレノアの体の緊張が解けたことに気づいたのか、男が掌を彼女の口元から離す。
 エレノアは恐る恐る後ろを振り向いた。

 「……エレノア……」

 「……っ……なぜあなたがここに……」

 そこにいたのは、かつて愛した男である。
 自分の命を捧げるほどに愛したが、男は権力に目がくらんであっという間に自分の元を去っていった。

 エレノアはルクスを見上げる。
 三年ぶりに目にした彼は、あの頃よりも大人の男になっていた。
 肩幅や胸元は以前よりもガッシリとしており、精悍な顔つきへと変化していた。
 だが何より以前と変わったところは、その目つきだろうか。
 眉間の間に刻まれた深い皺は、彼を実年齢よりも上に見せる。

 「エレノア、会いたかった……」

 ルクスは苦しげにその表情を歪めた。

 三年ぶりのエレノアは、以前より一層その美しさを増していた。
 少女らしさが抜け落ち、すっかり大人の妖艶な美女と成長している。
 化粧もしていない、あどけない姿のはずなのに、真っ赤な唇がルクスを惑わせる。
 夢にまで見た最愛の女性が、現実のものとなって目の前に立っている。
 それだけでルクスは、衝動を抑えるのに必死なのだ。


 「私は……あなたになど、会いたくありませんでした」

 だがしばらくの沈黙の後、俯きながらエレノアはこう告げた。
 その言葉にルクスはピクリと反応したが、黙ってエレノアにその先を促す。

 「今更何の御用でしょうか? 私たちは今や敵同士。ましてやお互い婚約者のいる身です。夜更けにこうして会うことなど許される関係ではありません」

 「わかっている。お前の言う通りだ」

 「では、お引き取りくださいませ。あなたをお見かけしたことは誰にも言いませんわ」

 「悪いがそれはできない」

 エレノアの言葉に被せる様に語尾を強めたいルクスは、彼女の方に向かって歩き出し、その距離を詰めていく。
 エレノアはじりじりと後ずさるが、背後が壁であることに気付き、青褪める。
 いつのまにか、ルクスに追いやられてしまったのだ。

 「な、何を……」

 「エレノア、俺はお前を迎えにきた。お前を宮殿に連れて帰る」

 「何を言っているのですか!? そのようなことをしたら、ますます争いが激しくなるだけ。それに、宮殿へ行ったところで私の居場所などありません」

 ルクスには既にサリアナという婚約者がいる。
 敵方から連れてこられた自分は、妾のように扱われるのだろう。
 そのような屈辱を受けるくらいなら、ここで命を絶った方がマシである。

 「俺は何を言われてもこの決定を変えるつもりはない。一緒に来てくれ、頼む」

 「嫌です。お断りいたします」

 「エレノアっ……」

 「もう私は、あの頃の私ではありません。あなたのエルは死にました。あなたに拒絶されたあの日に……」

 ルクスが息を呑む。
 エレノアは続けた。

 「あなたにはサリアナ様がおります。サリアナ様とご結婚して、幸せになってくださいませ。私も別のお方の妻となり生きていきます」
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