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 部屋に一人残されたエレノアは、その余韻に浸る間もない。
 なぜならば、入れ違う様にドレスを抱えた女性が入室してきたのだ。
 女性はドレスをそっと椅子にかけると、エレノアを見て優しく微笑んだ。
 オレンジ色のくせ毛をひとまとめにしているその姿は、人懐っこく見える。

 「お初にお目にかかります、エレノア様。皇帝閣下より、エレノア様のお世話を仰せつかりました、ミラと申します」

 ミラは深々と頭を下げる。
 ミラの様子を見ていると、モンターンの屋敷に置いてきた侍女マリアのことが頭に浮かんだ。
 今頃自分の姿が消えたことが露呈し、屋敷中大騒ぎになっていることだろう。
 エレノアは、長年共に過ごしてきたマリアに申し訳なさを感じる。


 「でも私、ここに長居をするつもりはないのよ……」

 戸惑うエレノアに、ミラは困り笑いを浮かべながらこう告げた。

 「恐らく皇帝閣下は、エレノア様をお返しになるおつもりはありません。あなた様をより一層美しく、磨き上げてくれとのことでございます」

 「そのような……」

 「これは皇帝閣下の命でございます。お断りになることは難しいかと」



 結局エレノアに拒否権は無かった。
 されるがままに湯浴みを済ませ、モンターンの屋敷からそのままである寝間着を、新しいドレスへと替えられる。

 「このドレス……」

 ミラが用意したドレスは、薄紫色のレースをふんだんにあしらった、まさにエレノアのために作られたようなドレスであった。
 袖を通すと、彼女の華やかな雰囲気がより一層引き立てられ、見る者を虜にする。
 ドレスを着たエレノアを見たミラは、思わず感嘆のため息をついた。

 「本当に……言葉では言い表せないほど、お美しいですわ。さすが皇帝閣下。エレノア様のことをよくわかっておいでですね」

 「……え? 」

 ミラの言葉に、エレノアの思考は停止する。
 その言い方はまるで……

 「こちらのドレスをお選びになったのは、皇帝閣下ですわ。このお部屋に用意されているもの全て、エレノア様のために自らお選びになったものです」

 エレノアは辺りを見回す。
 よく見れば寝室に置かれた調度品たちは、エレノアの実家モンターン公爵家に置いてある物と酷似している。
 寝具の色や壁紙などは、エレノアの自室と同じだ。

 「皇帝閣下はエレノア様のことが、何よりも大切なのですね」

 ミラはそう言ってニッコリと微笑むと、温かいお茶と軽食が乗ったトレーを机の上に置いて退室した。


 エレノアはミラが置いていった紅茶に口をつけ、ようやく一息つくことができた。
 とは言うものの、全身が痛み体を起こしていることが辛い。

 (あの人は、この先死ぬまで私を離すことはないだろう)

 今後自分がどのような扱いを受けるのかはわからないが、それだけはわかった。
 ルクスの目は本気だ。
 エレノアが逃げ出しでもしたら、本当に命を経ってしまいそうな勢いであった。

 このドレスも、部屋の家具も、エレノアがここに来ることを見越して用意していたように思える。
 彼には、サリアナという婚約者がいるはずであるのに。
 三年前に突然別れを告げられたあの日から、ルクスは自分のことを忘れてはいなかったということなのか?

 (……だめね私ったら。いい加減に学ばなければ……あの人が私を捨てた事実に、変わりはない。私はもう誰も愛せない。愛したくないのよ……)

 エレノアはそれから陽が落ちるまで寝台に横たわり、疲れた身体の回復に努めた。
 ……というよりも、起き上がることができなかったという方が正しいかもしれない。

 ミラに手伝ってもらいながらドレスを着替えた際に、鏡に映った自分の体には、見慣れぬ赤い斑点のようなものがたくさん浮かび上がっていた。
 
 (これは……)

 思い返せば、どれもルクスがエレノアの肌に噛み付くことでつけた痕である。
 『俺のものだという印』とルクスは話していたが。
 このような痕を、他の誰かに見せるはずがないというのに。

 ルクスは異常な程に嫉妬心をあらわにしていた。
 エレノアがアルマンの名を出したからであろうか。
 それほどまでに自分のことを欲しているのならば、なぜ三年もの間放ったらかしにしておいたのだろうか。
 なぜサリアナとすぐに婚約を結んだのか。

 考え始めればキリがないほど、ルクスに対する疑問が浮かび上がる。

 (考えても答えは出ないわ。一刻も早くモンターンの屋敷に戻る方法を考えなければ……)

 エレノアには、ルクスの元で生涯を終えるつもりなどなかった。
 サリアナという皇妃の元、自分が妾としてその隣に並ぶことも、エレノアの誇りが許せない。
 純潔を失ってしまった以上、アルマンとの結婚話は破断になるであろう。
 だがそれで良かったのだ。
 あとは実家に戻り、領地の経営の手助けをして静かに生きていきたい。


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