【R-18】もう一度、私を愛してくれますか?〜記憶喪失の第二王子は最愛の妻に二度目の恋をする〜

桜百合

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18 私のことを忘れてしまったあなた

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 その言葉のすぐ後に、唇に触れた優しい感触……それがアンドリュー様のものであるということはすぐにわかる。
 ふわりと柔らかく心地のいい唇に、甘い吐息が漏れそうになった。
 しかしその幸せな瞬間は束の間で、あっという間に唇が離されてしまう。
 閉じていた目を慌てて開き、もう一度口づけを求めるかのようにアンドリュー様の方を見上げると、彼は切なげな表情を浮かべながら首を横に振っていたのだ。

「幸せだ……愛する女性との口づけがこれほど心満たされるものだとは、知らなかっ……っ……」

「アンドリュー様!?」

 突然アンドリュー様は頭を両手で抱えると、苦しそうに呻き声を上げる。
 そしてそのままふらふらとした足取りで寝台から降りると、頭を抱えたまま立ち尽くしている。
 そのあまりの苦しみ様に誰か人を呼びたくなるが、必死にそれを我慢した。
 事前の彼との話し合いの中で、そう頼まれていたからだ。

『私たち以外の者が介入すれば、誤解を生みややこしいことになりかねない。人を呼ぶのは全てが終わってからにしてほしい』

 私はその頼みを忠実に守っていたのである。
 とはいえこれほどまでに苦しそうなアンドリュー様の姿を見ているのは耐え難いほどで、目を背けてしまいたくなる衝動と必死に闘っていた。

 ──苦しいのはアンドリュー様の方なのに……。

 やがてどれほどそうして彼は呻き苦しんでいただろうか。
 時間にしてみれば数分も経っていないのかもしれないが、私にとっては恐ろしく長い時間に感じられた。
 気づけばアンドリュー様から苦しげな声が聞こえなくなり、寝室は再び静けさを取り戻す。

「あ、アンドリュー……さま……?」

 震える声で名を呼ぶが、返事はない。

「アンドリュー様……お体の具合はどうなのですか? 苦しいところはもうございませんか?」

 それでも私は諦めずにもう一度尋ねてみる。
 この期に及んでも「ああ、大したことはなさそうだ」なんて、いつも通りの彼の言葉が返ってくることを期待している自分かどこかにいたのだ。
 しかし次の瞬間アンドリュー様から返された言葉に、私は打ちのめされることとなる。

「君は……どこの家の娘だ。なぜここにいる?」

 先ほどまで温かく私を見つめていた優しい青い瞳が、今では戸惑いの色を浮かべながら寝台の上に座り込む私を見つめている。
 その瞳には、私への愛など映されていないことがすぐにわかった。

「アンドリュー様……私のことをご覧になっても、何も思い出せませんか?」

 だが彼の口からその事実を直接耳にするまでは……どうしても諦めきれず、希望を捨て去ることはできなかったのだ。
 まさか、本当に私のことを忘れてしまうことなど……誰よりも共に時間を過ごした私のことをわすれてしまうことなどあるはずがないと。

「申し訳ない。君のことは何も……」

 しかしアンドリュー様は、眉間に一瞬皺を寄せた後に申し訳なさそうな顔でそう告げる。
 呪いは本当だった。
 やはりアンドリュー様は先ほどの口づけにより、死の呪縛から解き放たれた代わりに私という存在の記憶を失ってしまったのだろう。
 その証拠に、彼の顔色は先ほどとは打って変わって血色がよくなっているように見える。

 ──彼が死ぬことはないとわかっただけでも……。

 私が彼の命を救うことができたのならば……これ以上何を望むことがあるだろうか。
 悲しみを振り払うかのように自分自身を鼓舞し、そんなことを繰り返し頭の中で呟いては気持ちを落ち着かせた。
 それと同時に、今ここに私がいることでアンドリュー様に不安を与えてしまっているのだという悲しい事実を思い知らされる。
 ひとまず今夜は私が部屋を出ていくほかないだろう。
 これから先のことを考えるのはそれからだ。

「そうですか……私のような見知らぬ者がこちらにいては、気が休まりませんわね。申し訳ございません……すぐに部屋を出ますから……」

 夫婦の寝室とは別に、私用にあつらえてもらった部屋があるのだ。
 そちらにも寝台やら一通りの家具が予め用意されており、どちらで休むこともできるようになっている。
 この部屋から続き扉で向かうこともできるのだが、今の記憶を失ったアンドリュー様を前にそうするべきではないような気がした私は、通常の入り口の扉から退室することにする。

 寝台から降りた私は乱れた寝巻きを整えると、アンドリュー様から贈られたばかりのオルゴールの木箱をそっと両手で抱える。  
 そして彼に背を向けて入り口の方へと歩き出した。
 胸がズキズキと痛むが、そんな様子は顔に出さぬよう精一杯の強がりを心がける。

「待ってくれ。それで、君は一体……」

 あと少しで扉の取っ手に手が届きそうなところで、突然背後からそう声をかけられた。
 今ここで事実を告げるべきか否か咄嗟に迷ったが、私以外の者の口から真実が語られるのも違うような気がした私は、意を決して口を開く。

「私は……セラフィナ・ステファン。あなたの妻でございます」

 初めて口に出した『ステファン』という名前……本来ならそれはさぞ喜ばしい瞬間であったはずなのに、今の私にはそんな気持ちは存在しない。
 私はその事実だけ告げると、彼が何か口を開く前に慌てて扉を開ける。
 そしてそのまま二度とアンドリュー様の方を振り返ることはしないまま、勢いよく部屋を飛び出したのであった。

 もしかしたら彼はその後も何か私に言葉をかけていたのかもしれない。
 だがその台詞を私が耳にすることはなかったし、今は何も聞きたくなかった。

「セラフィナ様!? どうしてこちらに……やはり、呪いは……」

 泣きながら廊下に出ると、そこに待機していたアシェラがギョッとしたような顔をしてこちらへ駆け寄ってくる。
 私の様子から、アンドリュー様の呪いが解けて記憶を失ってしまったことを悟ったのだろう。
 唖然としたような表情を一瞬浮かべた後、ハッと気を取り直したかのように私の背を撫でてくれた。

「さあ、お部屋に参りましょう。お体が冷えてしまいます」

 グスグスと鼻を啜りながらアシェラに誘導されるような形で自室に戻る。

「このままお休みになられますか?」

 アシェラの問いかけに声もなく頷きを返すと、彼女はそっと寝台に私を腰掛けさせた。

「今日はゆっくりとお休みくださいませ。これから先のことをお考えになるのは、また明日にいたしましょう」

 優しく諭すような声色でそう告げたアシェラは、私の返事を待たずに静かに部屋を出ていった。
 一人物思いに耽りたいと思っていた私にとって、今はその彼女の気遣いがありがたい。

「アンドリュー様……」

 木箱を抱きしめたまま、力なく寝台に横たわる。
 なんとなく右手にはめられた指輪を外してそこに嵌め込んで回せば、先ほど耳にした懐かしいメロディーが流れ始めた。
 だがそれは以前とは違い、胸を締め付ける悲しい旋律へと様変わりしていたのであった。
 

 
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