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33 茶会と再会
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「セラフィナ様、遅かったですね。欠席されるのかと思っておりましたわ」
ウェスカーとノエルの二人とすっかり話し込んでしまった私は、茶会の開始時刻ちょうどに滑り込むようにして到着した。
見れば夫人や令嬢たちは皆着席しており、視線が一斉に私の方へと向けられている。
その目つきは歓迎しているような前向きなものではなく、どちらかといえば見定めるような……粗探しでもするかのような蔑んだものがほとんどだ。
──でも私はこんなことで怯んだりはしないのよ。
アンドリュー様と婚約を結ぶ以前から、こうした冷たい視線に晒されることは日常茶飯事であった。
特にユーグレン公爵家の派閥に属する家の者たちからは、かなり冷たい仕打ちを受けたことを思い出す。
だからこそそのような場で恥をかき、余計な失態を生むことのないように、私は必死に令嬢教育に励んできたのである。
表立ってそのようなことは口外していないため、社交界でその事実は知られていないだろう。
むしろ薬草に関する本を図書館で読み耽る姿の方が注目されていたため、マクレイン侯爵家の娘は変わり者だと噂されていたのだ。
しかし隠れて励んできた令嬢教育のおかげで、こうした茶会の場でも怯むことなく堂々と振る舞うことができる。
ある意味当時の彼らの対応には感謝するべきなのかもしれない。
「さあ、どうぞこちらに。アンドリュー様のお近くへ」
そう言って案内されのは、長いテーブルの端に用意された席である。
角にアンドリュー様が腰掛けるための席が用意されており、私とマリア様の席が彼を挟むようにして位置しているようだ。
──ご自分もアンドリュー様のおそばに座られるのね。
私とアンドリュー様は正式に夫婦の関係なのだが、その事実に素知らぬふりをしたまま、マリア様は私の反対側に腰掛けている。
ちら、と彼女の方に視線をやれば、すぐさま得意げな表情で意地悪く微笑む顔と目が合った。
「あら、アンドリュー様がやってきましたわ」
きゃあっという令嬢たちの黄色い声が、中庭に響きわたる。
その熱い視線をものともせずに、アンドリュー様が颯爽とこちらへやってきた。
その姿は以前テラスで見かけた時と変わっておらず、元気そうだ。
私はその事実にそっと安堵のため息をつく。
やがて彼は私とマリア様の方へとやってくると、歩みを止めた。
きっとマリア様の方へ先に声をかけるのだろう。
自分が一番に……などという期待を最初から持ち合わせていなかった私は、俯いてその場をやり過ごそうとする。
だが……。
「セラフィナ。ようやく君に会えた。体調は? 変わりないか?」
「は……えっ……は、はいっ」
頭上から降り注がれたのは、間違いなく私の名前だった。
思わずパッと顔を上げると、優しく微笑むアンドリュー様と目が合う。
驚きのあまりしどろもどろとなってしまったが、彼は気にしていないように言葉を続けた。
「またあのオルゴールの音をぜひ聞かせてほしい。楽しみにしている」
アンドリュー様はそう言うと、予め用意されていた自らの席に腰を下ろす。
その機を見計らっていたかのように、全員のティーカップに紅茶が注がれた。
ふと正面のマリア様の方に視線を向けると、恐ろしい形相でこちらの方を睨みつけているではないか。
アンドリュー様が最初に話しかけるのは自分だと、信じきっていたのだろう。
しかしそのようなことをこの場で直接アンドリュー様に伝えるほど、彼女は愚かな女性ではなかったらしい。
すぐにその表情を和らげ、アンドリュー様の方に向けてニコニコと微笑みを送っている。
先ほどとはまるで別人のようなその表情に、私の方が呆気に取られてしまいそうだ。
「アンドリュー様。今日はセラフィナ様のご回帰を記念して、茶会を催しましたの」
「そうか。それはありがたいことだ。セラフィナも礼を言うように」
「……マリア様、ありがとうございます」
私のための茶会などではないというのに、このようにペラペラと嘘をつく姿は笑ってしまいそうになる。
そしてそんな彼女の言葉を素直に信じているアンドリュー様に対しても、少し寂しさを感じてしまった。
ああ、あの時私が愛していた彼はもうどこにもいないのだと。
「アンドリュー様、お砂糖をお入れしますわ。カップをこちらに……」
「え、ああ……いや……」
マリア様がせっせとアンドリュー様の世話を焼いている。
その様子を目にしていた私は、ある事実を思い出したのだ。
「失礼ですがマリア様。アンドリュー様は、紅茶にお砂糖は入れませんわ。確か蜂蜜がお好きだったかと」
彼は砂糖のくどい甘さが得意ではなく、蜂蜜のような香ばしい甘さが好みだと以前話していた。
実際二人で紅茶を飲む時に使用されるのはいつも蜂蜜で、彼の部屋には専用のガラス瓶が置かれていたほどだ。
私のそんな指摘に、マリア様の表情が意地悪く歪む。
「何を言って……いつもこうしてお砂糖を入れて差し上げてますのよ? 突然参加されたセラフィナ様は、ご存知ないかと思いますが……」
「なぜ蜂蜜のことを? 君の言うとおりだよセラフィナ!」
アンドリュー様の興奮気味の声が、マリア様の言葉をバッサリと遮る。
「私は紅茶には蜂蜜を入れるのが好きだ」
「で、ですがアンドリュー様? そのようなことはこれまで一度だって……」
マリア様の唇が、わなわなと震える。
先ほどの自信に満ちた表情が、今ではその面影もなくなっていた。
アンドリュー様はそんなマリア様の様子を知ってか知らずか、言葉を続ける。
「君の主催する茶会には蜂蜜が用意されていなかったからね。わざわざ私のために用意させるのも忍びなくて……。その時の一杯くらい、我慢しようと」
「が、がまん!?」
クスクス、とテーブルの奥の方から笑う声が聞こえてきた。
恐らくこの一部始終を見守っていた女性たちの誰かのものなのだろう。
「君には感謝しているよ。マリア嬢。セラフィナの代わりにこうして皆と交流を深めてくれたこと、礼を言う」
アンドリュー様のマリア様の呼び方は、呼び捨てではなかった。
なぜかそれだけで気持ちがふわりと軽くなる。
「あ、アンドリュー様……マリア、と呼んでくださらないのですか? 先日は……」
「ああ、あれは君があまりに何度も言ってくるものだから。だがその一度きりだと約束しただろう? まして今日からセラフィナが戻ってきたのだから」
「っ……」
ギリ……と歯を食いしばるように唇を噛んだマリア様は、その後一言も言葉を発することはなかった。
そして何事もなく、茶会は無事に終わりを迎えたのである。
ウェスカーとノエルの二人とすっかり話し込んでしまった私は、茶会の開始時刻ちょうどに滑り込むようにして到着した。
見れば夫人や令嬢たちは皆着席しており、視線が一斉に私の方へと向けられている。
その目つきは歓迎しているような前向きなものではなく、どちらかといえば見定めるような……粗探しでもするかのような蔑んだものがほとんどだ。
──でも私はこんなことで怯んだりはしないのよ。
アンドリュー様と婚約を結ぶ以前から、こうした冷たい視線に晒されることは日常茶飯事であった。
特にユーグレン公爵家の派閥に属する家の者たちからは、かなり冷たい仕打ちを受けたことを思い出す。
だからこそそのような場で恥をかき、余計な失態を生むことのないように、私は必死に令嬢教育に励んできたのである。
表立ってそのようなことは口外していないため、社交界でその事実は知られていないだろう。
むしろ薬草に関する本を図書館で読み耽る姿の方が注目されていたため、マクレイン侯爵家の娘は変わり者だと噂されていたのだ。
しかし隠れて励んできた令嬢教育のおかげで、こうした茶会の場でも怯むことなく堂々と振る舞うことができる。
ある意味当時の彼らの対応には感謝するべきなのかもしれない。
「さあ、どうぞこちらに。アンドリュー様のお近くへ」
そう言って案内されのは、長いテーブルの端に用意された席である。
角にアンドリュー様が腰掛けるための席が用意されており、私とマリア様の席が彼を挟むようにして位置しているようだ。
──ご自分もアンドリュー様のおそばに座られるのね。
私とアンドリュー様は正式に夫婦の関係なのだが、その事実に素知らぬふりをしたまま、マリア様は私の反対側に腰掛けている。
ちら、と彼女の方に視線をやれば、すぐさま得意げな表情で意地悪く微笑む顔と目が合った。
「あら、アンドリュー様がやってきましたわ」
きゃあっという令嬢たちの黄色い声が、中庭に響きわたる。
その熱い視線をものともせずに、アンドリュー様が颯爽とこちらへやってきた。
その姿は以前テラスで見かけた時と変わっておらず、元気そうだ。
私はその事実にそっと安堵のため息をつく。
やがて彼は私とマリア様の方へとやってくると、歩みを止めた。
きっとマリア様の方へ先に声をかけるのだろう。
自分が一番に……などという期待を最初から持ち合わせていなかった私は、俯いてその場をやり過ごそうとする。
だが……。
「セラフィナ。ようやく君に会えた。体調は? 変わりないか?」
「は……えっ……は、はいっ」
頭上から降り注がれたのは、間違いなく私の名前だった。
思わずパッと顔を上げると、優しく微笑むアンドリュー様と目が合う。
驚きのあまりしどろもどろとなってしまったが、彼は気にしていないように言葉を続けた。
「またあのオルゴールの音をぜひ聞かせてほしい。楽しみにしている」
アンドリュー様はそう言うと、予め用意されていた自らの席に腰を下ろす。
その機を見計らっていたかのように、全員のティーカップに紅茶が注がれた。
ふと正面のマリア様の方に視線を向けると、恐ろしい形相でこちらの方を睨みつけているではないか。
アンドリュー様が最初に話しかけるのは自分だと、信じきっていたのだろう。
しかしそのようなことをこの場で直接アンドリュー様に伝えるほど、彼女は愚かな女性ではなかったらしい。
すぐにその表情を和らげ、アンドリュー様の方に向けてニコニコと微笑みを送っている。
先ほどとはまるで別人のようなその表情に、私の方が呆気に取られてしまいそうだ。
「アンドリュー様。今日はセラフィナ様のご回帰を記念して、茶会を催しましたの」
「そうか。それはありがたいことだ。セラフィナも礼を言うように」
「……マリア様、ありがとうございます」
私のための茶会などではないというのに、このようにペラペラと嘘をつく姿は笑ってしまいそうになる。
そしてそんな彼女の言葉を素直に信じているアンドリュー様に対しても、少し寂しさを感じてしまった。
ああ、あの時私が愛していた彼はもうどこにもいないのだと。
「アンドリュー様、お砂糖をお入れしますわ。カップをこちらに……」
「え、ああ……いや……」
マリア様がせっせとアンドリュー様の世話を焼いている。
その様子を目にしていた私は、ある事実を思い出したのだ。
「失礼ですがマリア様。アンドリュー様は、紅茶にお砂糖は入れませんわ。確か蜂蜜がお好きだったかと」
彼は砂糖のくどい甘さが得意ではなく、蜂蜜のような香ばしい甘さが好みだと以前話していた。
実際二人で紅茶を飲む時に使用されるのはいつも蜂蜜で、彼の部屋には専用のガラス瓶が置かれていたほどだ。
私のそんな指摘に、マリア様の表情が意地悪く歪む。
「何を言って……いつもこうしてお砂糖を入れて差し上げてますのよ? 突然参加されたセラフィナ様は、ご存知ないかと思いますが……」
「なぜ蜂蜜のことを? 君の言うとおりだよセラフィナ!」
アンドリュー様の興奮気味の声が、マリア様の言葉をバッサリと遮る。
「私は紅茶には蜂蜜を入れるのが好きだ」
「で、ですがアンドリュー様? そのようなことはこれまで一度だって……」
マリア様の唇が、わなわなと震える。
先ほどの自信に満ちた表情が、今ではその面影もなくなっていた。
アンドリュー様はそんなマリア様の様子を知ってか知らずか、言葉を続ける。
「君の主催する茶会には蜂蜜が用意されていなかったからね。わざわざ私のために用意させるのも忍びなくて……。その時の一杯くらい、我慢しようと」
「が、がまん!?」
クスクス、とテーブルの奥の方から笑う声が聞こえてきた。
恐らくこの一部始終を見守っていた女性たちの誰かのものなのだろう。
「君には感謝しているよ。マリア嬢。セラフィナの代わりにこうして皆と交流を深めてくれたこと、礼を言う」
アンドリュー様のマリア様の呼び方は、呼び捨てではなかった。
なぜかそれだけで気持ちがふわりと軽くなる。
「あ、アンドリュー様……マリア、と呼んでくださらないのですか? 先日は……」
「ああ、あれは君があまりに何度も言ってくるものだから。だがその一度きりだと約束しただろう? まして今日からセラフィナが戻ってきたのだから」
「っ……」
ギリ……と歯を食いしばるように唇を噛んだマリア様は、その後一言も言葉を発することはなかった。
そして何事もなく、茶会は無事に終わりを迎えたのである。
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