リリアン

まつり

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ロウディア

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彼女は憤っていた。

女性には珍しく郵便を遠く運ぶ仕事をしている彼女なのだが、男社会の職業の為に、下心で過剰に優しくされるか舐めてかかられる。

今回の店員は後者だった。

珍しく長距離を移動することとなり、砂漠を縦断する車両レールを使って進むルートを選択したので補給をする為に寄ったのだった。

縦断の途中に簡易な小屋は建てられているものの、ロクな休憩拠点も無いために一日中進み続ける過酷なルートなので前もって準備が必要なのだ。

砂漠端の燃料石屋で自分の二輪車にレール用のパーツを取り付けていると、ひそひそと店主の陰口が聞こえてきた。

「女にゃこのルートは無理だってんだ。
どうせ泣いて戻ってくるに決まってんだろ?

そうしたらお前、酒場で慰めてやれよ。
おれぁウチのが怖ぇから辞めておくが、お前はまだ独り身だろ?
旅烏の郵便屋なんてやってる変わりモンだ。

あっちのネジも緩んでいるに決まってんだろ。」

ルート的には確かに過酷だが、遠回りの距離は3倍にも4倍にもなるので、体力的にどっちが辛いかと言えば大した違いはない。

それをあのハゲ。

こっちがどデカいレンチを持っている事を理解しているのだろうか。

とはいえそういう扱いは慣れたものだ。

客とのおしゃべりに夢中な店主を、カウンターをレンチで叩いて呼ぶ。
ガツンガツンと硬い音に顔を引き攣らせているのを見て少しだけ胸がスッとしたが、これ以上は何もしない。
少し凹んだカウンターの木目には少し申し訳ない気持ちもある。

燃料は満タン。
スポークも磨いたし、砂よけのカバーも取り付けた。

レールに下向きのコの字になったパーツを噛ませてエンジンを吹かすと、風に乗って流れていくその排気の匂いも良いものだ。

走り出してしばらく流れる景色を眺めて、周りに誰も居なくなってから、大きな声で叫ぶ。

慣れたとはいえ腹が立つのは変わりない。
これが大体いつもの事で、彼女なりのストレス発散であった。

何時間か走って誰も居なくなると、いつもこうしてブツブツと独り言が出てたり、歌う性質ではあるが、今回は何故だか盛り上がった。

大声で叫ぶようにがなり立てる様子などからは、この間一つ年下の料理人の男デートした際にあらら、うふふと花も恥じらう乙女の様に大人しくしていた者と同一人物とは思えない程だ。

蒸気の力で走る二輪車では特に意味のない行動だが、立ち乗りをして両手を離して上へあげたりもしてストレスと暇を解消したり、大きな声で歌ったりと恥じらいを忘れてきたかの様な奇行だが、別に良いのだ。

ここは砂漠の真ん中、誰も見ていないのだから。

遠くに人影が見えた時は大人しくしていたが、近づくとサボテンだった際には一人で苦笑いもしたが、どうせ口元は砂が入るので布で覆っているし、動力音もあるのでどうせバレないだろうが、一応乙女心も僅かに残っているのが彼女の可愛いところである。

彼女は開放的なこの旅仕事を気に入っていた。

婚期は遅れに遅れ、もう25歳。
実家の母からそれとなく祝いの報告を催促された手紙を、自分で自分に届けたのは涙が出そうになったが、普段はそんなに気にしてはいない。

「あー!
あんのハゲ!

ハゲなのに髭の生えてる矛盾ハゲ!

聞こえとんのんじゃ!

事故らない様にな、だって?
事故るか!
こちとら7年無事故じゃ!
違反…は少しあるけど、あれは賄賂で揉み消したからセーフだし、消えてなくなってるから、無違反と言ってもいいな!

うん!

…がっ!」

大声を出す際に恥じらい以外にも失っている物は勿論ある。
今回の事故の原因はそれ、集中力の欠如だ。

劣化か野生動物の仕業かわからないが、とにかくレールがめくれていた。

両手放しで立ち乗りをしながら大声を出していた彼女は自然の摂理、当たり前に二輪車ごと空へと放り出された。
下が柔らかい砂地だとはいえ意識を奪うくらいの衝撃はあり、誰も通らないに等しい砂漠のど真ん中で横たわった彼女は、通常ではそのまま砂漠に飲み込まれていただろう。

しかし幸運にも彼女に歩み寄る人影があった。

砂漠のど真ん中でスリーピースのスーツを着て、頭髪と髭は生えていない、彼女の理屈で言えば整合性の取れたハゲが彼女を見下ろしていた。

「もしもし。」

はぁ、と一息吐いた整合ハゲはそのまま彼女を抱え上げると、チラッと二輪車を見て歩き出した。

ここは砂漠の真ん中。

誘拐だと通報する人物も居なければ、駆けつける警察もいない。
砂地を歩くサバクトカゲが彼らを見ていたが、さて、何を考えているのか。
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