リリアン

黒の街 ヴァロラブリーデリ

幼年期から青春期の始め

ある日、ヴァロラブリーデリは生まれ育った村を追い出された。

保守的な魔女の村で魔法の使えない男は蔑まれていたし、精力の強さで種馬としても役立つとも思えない性質をしていたので穀潰しとして居場所もなかった。

村では殆どの日は簡単な仕事をして食べて寝るだけで、ヴァロは自分がどういう人間かすらよく分かっていなかったようだった。

14歳になったその日、村で一番歳を重ねているオババに呼び出されたままのその足で村から出ていく事となった。

母親は抱きしめてくれたし、最後に絵筆のセットとイーゼルをくれたのが嬉しかった。
庇いきれはしなかったが、彼が絵を描く事が好きな事に気づくくらいには彼女は母親だった。

「ヴァロ。
こんな村で生まれてしまった事を恨んでも構わないけど、絵を描くのだけは辞めないで頂戴。

私は貴方を守りきれなかったダメな母親だけれど、いつか貴方の絵がこの村にも広まる事を夢に見ているわ。」

側から見れば我が子を追い出すなんて酷い母親だと思う事であろうが、この言葉がヴァロを支えていく事になる。
彼はそんな母親のことは一つも恨んでなど居なかったし、出て行く足どりは何故か軽くて爽快な気持ちにもなった。

これから自分は絵を描いて生きていくのだ。
ようやく自分の輪郭が見えて来た気がしていた。

彼は旅をしながら気が向けばイーゼルを立てて風景を描き、街に寄ってその絵を道端で通りがかりの人や画商に売り路銀を稼ぎ、また旅を再開するという生活をしていた。

無名なヴァロの絵は高値で売れるなどという事は無かったが、気にいる人もそんなに苦労せずに見つかり、何日か、運が良ければ何週間かは食べ物に困らない程度の路銀を稼げていた。

彼は大量の絵を遺しているが、この頃の絵は素直に風景を切り取り、伸びやかな筆致と軽やかな色使いが見られる。

絵が発見された場所もカフェやレストラン、宿屋なんかの人が集まるところに飾られている事が多く、描く事を楽しんでいる事が伝わってくるようだ。

後にこの鮮やかな風景画の時代の絵は、青春期と呼ばれる事になる。

後世にはそういう風に楽観的というか、楽し気に伝わっているのがこの頃のヴァロだが、彼には大きな悩みがあった。

彼が絵を描くと必ず雨が降ってくるということだ。

幸い描く先の風景で雨が降り始めるだけで、描画中のヴァロが濡れることはなかったが、それこそ運で片付けられない程に頻繁に起きていた。

何故若い青春期に風景画が多いのか。
それは雨で他人に迷惑がかからないように、人が居ない所を描いていたからだった。

そんな現象について、始めは母親から贈られた筆を疑った。

なんせ魔女が作った願いのこもっている筆だ。
何もないところから風を吹かせ火を焚く様な彼女らが作れば、そんな不可思議な事が起きたとしてもなんらおかしくない、そう思ったからだ。


しかし厩で頼み、馬の尻尾の毛を分けてもらい自作した筆で描いてもそれは変わらず、更には街で普通に売っている筆で描いたとしても変わる事はなかった。

描き始めると必ず雨が降る。

傍迷惑な画家だとヴァロは自分をそう思っていた。

その頃のヴァロは生まれ育った村での環境と、自分が起こす不可思議な現象、自分を評価してくれる人も友人もおらず、内向的で自罰的であった。

呪いだと思った。
誰からかけられたものではなく、自分は、この世界に嫌われているのだと。

それでも絵を描く事は本当に楽しかった。

辞める事など一つも考えた事はなかった。