リリアン

まつり

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黒の街 ヴァロラブリーデリ

青春期 猫と漁師

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この街へ来たばかりの頃、港の方で何か描こうとしている時に1匹の猫が寄って来た。

正直猫は苦手だ。
いつも身の回りには魔女の村らしく沢山の黒猫がいた。
村の雰囲気なのか本当にそう思っていたのかはわからないが、猫すら自分を馬鹿にしている気がしていたのだ。

なので寄ってきた猫を無視していたのだが、港が複雑で見慣れないものな為に、下書きすら一日では終わらなかった。

再び同じところに戻る度に猫は来た。
いつもここに来るたびにやって来た。

茶色と白の模様の彼は寄ってくるだけで何もせず、隣の日に当たる所で横になったり伸びたりするだけだった。

そんなよそよそしい一人と一匹を見て厳ついひげだるまな漁師のお兄さんが売り物にはならない雑魚をくれた。

「あそこのよ!
焼き場に持って行ったら焼いてくれるからよ!

食え!な!
売り物にはなんねーけど、まぁまぁ美味いぞ!」

頑張ってお礼を言うと、髭と対比して余計に真っ白な歯を見せながらまた仕事へと戻って行った。

一尾は焼いてもらい、もう一尾はそのまま猫へ。

絵が描き上がるまで、そうして並んで魚を食べるのが日課になっていた。

もうとっくに下書きは終わり色を入れる段階に入っていたが、色を入れると雨が降る。

天気が悪くなると漁へ出られないお兄さんや、ずぶ濡れの猫が脳裏に浮かび、何枚も何枚もスケッチを重ねはしていたが、色を入れることはしていなかった。

ある日丁度、ひげだるまなお兄さんが船の上にいて、ちょうど接岸しているタイミングに出会った。

太陽を背にして棒を持ち、港に寄りながら角度を調節して船を操作する様はとてもかっこいいと思った。

それを港で待つ猫もとても美しく感じた。

どうしても色を入れたくなってしまった。
雨が降れば彼らに迷惑が掛かるのに、どうしてもどうしてもどうしても、この感動を描いておきたい。

鮮烈な印象が頭にこびりついて離れないでいたので、宿に戻り夜になってから色を挿す事にし、こうすればきっと迷惑はかからないかもしれないと、そう考えた。

直接見ていないのだし、朝になるまで時間が沢山あるから大丈夫だろうと。

しかし、翌朝目が覚めた時に聞こえた外の雨音にヴァロは酷く悲しんだ。偶然そういう天候の日だったのかヴァロのせいなのかは分からないが、とにかく雨は降ってしまった。

誰一人、ヴァロのせいだなんて思わないだろうが、ヴァロ自身は自分のせいだと責めた。

今頃きっと、ずぶ濡れで寒がっている猫がいて、漁に出られず困り果てた漁師の顔を想像すると申し訳ない気持ちで一杯だったのだ。

自分が描きたいと思ったばかりに。

そんな罪の意識が募り港に行かない日が続いたが、絵を描く事はやめられなかった。

ようやく描き上げてから数日たった晴れた日に、ちょっとだけ港へと行ってみようかなという気持ちになった。

日を跨ぐとヴァロの罪の意識は薄れたのもあるし、友達になったと思う猫を一目見たかった。

もしまだ濡れていたら拭いてあげたかった。

港に着くと漁師も猫も居なかった。
漁師はこの時間はいつも漁に出ていたはずなのに、船は港にあるままだった。

猫もいつも直ぐに来たのに今日は全然来ない。

居た堪れなさと、薄れた罪悪感が戻って来て足が震えた。
もしかしたらと考えると悪い事ばかり考えてしまう。
もう帰ろうか、そう思い歩き出そうとした時に船から手を振る人が見えた。

漁師のお兄さんが手招きをしているようだ。

もしかしたら、あんなに良くしてくれたお兄さんを怒らせてしまったのかもしれないと、恐る恐る近づく。

お兄さんはいつもの様なでっかい声ではなく、そっと小さな声でこっちとだけ言った。

ヴァロはそんなトーンの変化に、心が折れそうになった。

「あんまり大きな声だすなよ。
お前のことは大丈夫だと思うが、アイツも大仕事を終えたばかりだからよ。」

…大仕事…?

腑に落ちないまま船室に入ると隅っこにいつもの猫が居た。
一瞬だけ警戒した様子を見せたがヴァロだと分かると、ナァと鳴き元の体勢に戻った。

「ほら、そっと見ろよ。」

ゆっくり静かに近づくと、猫のお腹の所に小さな猫が3匹くっついていた。

「なんか、見てるだけで泣けてくるよな。

俺、この船で飼おうと思っててさ、飯は毎日どうせ雑魚が掛かるし、こんなの見たら放って置けないだろ?

まぁ、野良だから気ままにどっかに行くかもしれないけどよ。
頼られてるうちは、な。」

ヴァロはなんかとても嬉しくなり、漁師の繋ぎをギュッと握ると、漁師はワシワシと頭を撫でてくれた。

そうか、放って置けないのか。
そうか、そういうものなのか。

そんな事を噛み締めると、村を出る最後の時に母親が話しかけてきたことが、もっと意味を持った気がした。

「また遊びにこいよ。」

ヴァロは頷くと帰って猫と子猫の絵を描いた。
色は入れずに、鉛筆のみで親しみを込めて。

雨はいつか上がるが、今は幸を願うには寒すぎるかもしれない、そう思った。
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