リリアン

まつり

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黒の街 ヴァロラブリーデリ

まちかど

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フェリノのとの出会いを経て、しばらく心配ない量の赤い絵の具を仕入れたヴァロは赤い物を探して街を彷徨っていた。
当然早く使ってみたくなった彼は、鼻息荒くモチーフを探していた。

赤くないものを赤く描いてもいい。
赤いものを過剰に赤くしたって、自由に描けばいい。

赤とは生命の色。
力強い、パワー溢れるものが似合う。

呪われて自罰的で不幸で暗く、内向的な性質のヴァロは、これまで淡くゆっくりと時が流れるような風景を描いてきた。

食の線も細く、好きな食べ物は花蜜を入れたレモン水と素揚げしたブロッコリーのサラダ。

何が言いたいのかと言うと、生命力とか力強さとは無縁なのがヴァロなのだ。

描きたいものは山ほどある。
だけどフェリノの赤で表現するのに適しているものは、ヴァロには強すぎる。

適していそうな、あそこで屋台で呼び込みをしている肉屋のおっさんや、花屋で笑っているような女の子の様な相手には気後れして声を掛けられない。
 
ウロウロ彷徨って結果的にイーゼルを建てたのは、挨拶の必要もなさそうな、周りに誰もいない奥まった路地の古びた建物だった。

ゴツゴツとした古いレンガで出来た大きな建物で、力はあるし、何より赤い。
少しだけ後ろ向きな、建物なら声を掛けなくても構わないかな、なんて気持ちもあった。

堂々とした佇まいに、僕もこうなりたいものだなどという、そんな気持ちで下書きの鉛筆を走らせる。

建物は看板もなく、一体なんの為のものかは分からないが、カッコいい。
もし個人のお宅で、怒られてしまったら謝ろう。

無心で描いていたが画角に変化があることに気がついた。

普段描いている時は人が通っても、動物が通っても気にはならない。
それも営みで風景の一つだし、それが画面にいい影響を与える事もある。
しかしなが、例えばそこに鳥がいることで空に意味が生まれることなんかがあるのだが、そういう時は妙に気になる事が多い。

今回もそんな様な事なのだろう。

気がつくと上から二つ目一番右の窓から人がこちらを覗いていた。
窓枠に頬杖をついていて、気だるそうな雰囲気で、白い手が妙に艶かしい。
こちらを見ている様な、何も見ていない様なそんな眼でこちらを見ている。

すごく気になる。

ヴァロは前髪が目にかかるほど長いので、その人を注視している事は、恐らく気付かれてはないだろう。
それでもあんなに見られていると、ここに居るのが悪いことのような気がしてくる。

粗方、下書きは終わって居るから、片して帰ってもいいのだが、とても彼女が気になって来た。

建物が似合うような、似合わないような、馴染んでいるような、反発しているような。

描き足してしまおうかと思ったが、窓から覗く彼女をこの建物に足すのはなんか違う気がした。

描いてみたくなり何度か描いては、やっぱり違うかもしれないと消すことを繰り返していると、彼女から声を掛けられた。

「もう少しだけ夜になってからまたおいで。」

驚いて顔を上げるとひらひらと白い手が振られていた。
ヴァロはすごく恥ずかしくなって、イーゼルを倒してしまった。
辺りは薄暗くなって来ており、人が増えてきていた。
着飾った女の人が歩いていたり、過剰にかっちりとした格好をした男の人が胸を張って歩いていた。

「…しまった…。」

ヴァロは年頃だが、免疫がない。

画材を片す間に街はどんどんと夜に飲まれて行く。
花が飾られ、何処からか華やかな香りと浴室の香りが漂って来た。

そこは娼館だった。



宿に戻ると暇を持て余した「お淑やか」な女将さんが手招きしているのを気が付かないフリをして、部屋に戻ろうとしたが無駄だった。

どうやったのかは分からないが肩を掴まれたと思った瞬間、気がつくと魔法のように椅子に座っていた。

「今度はなにを描いて来たんだい?

…あら、あらあらあらあら。

あはは、フラワーローズじゃないか。
アンタも男の子だからね、私は解ってあげるけど、他の女に見せたらダメだよ。

嫌がられるからねぇ。

…んー?窓のところ…。

なにやら描いたり消したりしてるねぇ。

かわいい娘でもいたかい?
手を振られて、今夜来てねなんて言われたんだろう!

あっはっは。

ちょっとこっち来な!
カッコよくしてあげるから。」

怯えた目で親父さんに助けを求めて目線を送るが、何故だかどうしても目が合わない。

「ここに座って大人しくしな!
動くと耳が落ちるよ!」

囚われて人質になった気分だ。

「お淑やか」な賊は銀色のハサミで無遠慮に髪を切り落としていく。

拘りが合ったわけではないが、長めだった黒髪は落ちている毛の量を見る限り、もう既にかなり切られている。

村では女ばかりだったので、髪を長くしているのが当たり前だったし、目が隠れる程度が心地良かったので、とても不安な気持ちになる。

「そら、男前になったよ!

あんた!
あんたの整髪料を出しな!

もう色気付く必要なんてないんだから、この子にやっていいね。」

そっと両手で少し高価そうな瓶を差し出した親父さんは、一言も文句を言わなかったが、少しだけ手が震えていた。

少しだけモテたい気持ちより、身だしなみより、家庭の平和を取ったのだろう。

後で内緒で返しておこう。
落ち込んだ気分で作ると夜ご飯の味も落ちかねないし、こんなに丸くなった悲しい背中は見てられない。

「じゃあ、ほらほら、行ってらっしゃい。
フェリノには内緒にしておいてやるから、さ!」

そうして僕は宿を叩き出された。
あれ?…困ったな。
本当に困ったぞ。

友達など居ないし、他に宿を取るのもおかしな話だ。

幸い帰って来たままの荷物なので画材はある。
何処か人気のないところで絵を描いて過ごそうか…。
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