リリアン

まつり

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黒の街 ヴァロラブリーデリ

喧騒

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意気揚々と市場へ出かけたヴァロは、世の中にはこんなにも商品があるのかと思った。

自分が必要なものといえば画材と食べ物くらいなもので、擦り切れたりした際に服を買い足すくらいでだった。

なのでこういう時に何を買っていいか分からなかった。

親父さんの言う通り、黄色い袋に甘いものでも入れたらいいのだろうか…。

とりあえず道具屋で黄色い袋だけは買った。

けれども甘いものは最終手段として残し、自分でこれというものを選ぼうと思った。

吟味しながら市場を二周したあたりでベンチに座り途方に暮れて頭を抱えていた。

黄色い袋を持って市場をずっとウロウロしているヴァロを、店員たちは心の中で応援していた。

「あの子、アレだよな。」

「そうね、アレよね。
なら、貴方の屋台も私のところもダメね。」

「ああ、ヒゲ爺さんのところの可愛い感じの布なんかを選んで欲しいな。」

「きゃー!そんなの見たら堪らないわ!」

屋台には、たまにこんな感じの男の子や女の子が来る事がある。

アレ、つまりは、恋をしてしまったのだろう。
初恋かもしれない。
自覚はないのかもしれない。

そんな想像をしながら、態度には一切出さない様に応援している。
わたわたと迷う様子は微笑ましい。
なるべく見ていることが伝わらない様にじっくりと観察していた。

「あら、絵描きさんじゃない。
あらあら?

…黄色い袋を買ったのね、恋人かしら。」

まちかどのモデルになってくれたお姉さんだ。
自分のモデルになってくれたことで、ヴァロはなんとなく心を許している。
どんな物がいいか相談しようと彼女の手を取り、ベンチまで引っ張って行く。

市場の心の声はその様子を見て一つになった。

「その人は無理よ。」

明らかに慣れてない青年には荷が重そうな夜の香りのする女は、青年の隣に腰掛け、なにやら話を聞いている。

皆んなが皆んな耳を傾けているので、いつもは活気に満ちた市場が静まり返っていた。

「ふぅん。

あの赤いドレスを染めてくれた娘がいたのね。
それでなんでか分からないけど怒らせてしまったと。

…子鹿ちゃん、あなた…。
まぁいいわ。
それで、子鹿ちゃんはどうしたいの。
どんな気持ちを伝えたいの?」

「まだ分からないんだけど、もう話せなくなるのは嫌なんだ。」

「うふふ、そう!そうなのね!

それじゃあ…その娘の部屋に飾ってあった物とかないの?」

「クマちゃんがあったな…。

なんか、部屋が染料の材料で可愛くないのを気にしてたから…。

そうだ、さっき見たお店にウサギがいた!
それにするよ!

ありがとう!」

そう言うとヴァロは立ち上がり走り去って行った。

残された娼婦は背伸びをして、ヴァロが走り去った方をみて微笑んでいた。

「上手く行くかね。」

屋台のおばちゃんが娼婦に話しかけた。

「さぁ?
ダメなら、私が慰めてあげようかしら。
それが仕事だもの。」

「あっはっは。
そうしてやんな。

それにしても、可愛らしいもんだね。
思い出しちゃったよ。
自分の初恋を。」

おばちゃんは売り物のコーヒーを娼婦に渡して乾杯をした。
砂糖やミルクの入れていないそのままのはずだが、なんだか甘く感じた。


ウサギのぬいぐるみを買って黄色い袋に入れ、もう一度お礼を言おうとベンチへ戻ると、娼婦はもういなかった。

まだ辺りにいないかキョロキョロしていると、屋台のおばちゃんに話しかけられた。

「伝言があるよ。
深呼吸、落ち着けってさ。」

…落ち着け、か。
確かにここ数日ずっと心が焦っていたかもしれない。

おばちゃんからコーヒーを買ってベンチに座り、一口飲むとやっと視界が開けた。

あ、今日はなんだか赤い気がする。

いつもはそんな事を感じない市場だが、今日は赤い。

ヴァロはいつも持っている小さめのキャンバスにスケッチを始めた。
落ち着かない様子でヴァロを見守っていた人たちは、そんな事をしていないで早く持って行けと思っている。

大急ぎでスケッチを描き、宿へと戻って行ったヴァロを市場の人達は初めて認識した。

その後、宿屋の女将さんにあの子はどうなったとちょくちょく人が訊ねるようになった。

放っておきな、なんて言うタイプじゃない女将さんは話してしまうので、市場の人達はヴァロを応援するようになっていった。

部屋で赤い市場の絵を小さいキャンバスに描き、裏に「喧騒」とタイトルをつけた。

買ったぬいぐるみのウサギの横に絵を立てて、久しぶりにゆっくりと眠れた次の日に、フェリノに会いに行く事にした。

黄色い袋と

部屋を出ると女将さんに捕まり、親父さんに返却した整髪料で髪を整えられて送り出された。
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