笑ってはいけない悪役令嬢

三川コタ

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過日の約束 編

転11

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「銀髪美男子に惑わされたかっ!ファウスト殿下!」
 覚醒した中年男性は、国王とジェイサムのやり取りを知らないようだ。色つき眼鏡サングラスを外してかつらを付けていない国王を一瞥すると、ナイフを鞘から取り出したのだ。

「団長?!武器を納めろっ!」
「・・一世代おきなんて、自分は認めない。自分は・・自分は、おでこが広いだけだーっ。」
 ベレー帽の下はおでこが広いらしい『団長』は、ファウストの命令を無視した。
 団長の瞳は、青みが強い鉛色だった。『不実の世代』の国王4世には、庶子が多い。きっと、彼は孫にあたるのだろう。


「サイナスっ、危ないっ。」
 ファウストを後ろに下がらせた俺の前に、いつの間にか来ていたイコリスが飛び出した。
 ついさっきまで国王から目の敵にされていたイコリスに、団長は容赦なくナイフを突き出した。俺ならナイフを躱せたのだが・・これではもう間に合わない。
 イコリスを引き寄せるしか出来なかった俺の脇から背中に、燃えるような痛みが走る。


「貴様ーーー!!!」
 傷を負った俺を見たジェネラスが、激高して怒鳴った。
 するとジェネラスの怒声で魅了に侵された同級生達が、団長に俺が切りつけられたことに気付いてしまった。
 大勢の異様な殺気を感じ取った団長は、ナイフを逆手に持ち直し足を開いて体を低くした。


「その場に伏せろーーっ!」
 ジェネラスが団長に飛びかかるより先に、俺は力を振り絞って叫んだ。背中から血が噴き出したが、致し方ない。
 魅了に罹った者は一人残らずしゃがみ込み、床に手をついた。

「飛転の間で起こった事は忘れろっ。目覚めたら俺への恋情も消えるっ。そのまま眠れーっ。」
 指示を耳にしたジェネラスと同級生達は、脱力してバタバタと崩れ落ちその場で眠り始めた。
 ・・大声を出した俺は、出血の勢いが増して立っていられなくなった。


「宮廷医師を呼びに行けっ。ナナラはそこの隊員の縄を解いて、医療用魔石を持って来させろっ。緊急事態に備え待機室に置いてあるはずだっ。」
 ジェイサムが、寮長とナナラに指図しながら走って来た。ファウストとイコリスは、愕然として動かない。


「馬鹿者っ。此の者は、余に危害を加えん。斬る必要はないのだっ。」
「へ、陛下??・・自分は、宰相の義息が反逆罪を―。」
「反逆罪ではないっ。此の者が犯したのは、不敬罪だっ。」
 俺が打っていた保険を、国王はちゃんと汲み取っていた。さっきまでの感情的な振る舞いが、嘘のようだ。

「不敬罪??・・プ、プラントリーの次期頭首候補が王権の簒奪を計って、王族に謂われのない悪行を―。」
「いいえっ。初代国王が政敵を魅了で追放したことは、都市伝説として民衆の間に語り継がれてます!サイナス様は、陛下に無礼を働いただけですっ。」
 舞台下からフィーウィが団長へ、泣きながら叫んだ。
 カインは、俺の名を呟き落涙しているトゥランの腕のベルトを外すと、搬入口へ走って行った。


「父上、ローブを外して下さいっ。担架代わりにしますっ。トゥラン、綺麗なナプキンを集めてくれっ。ジェイサムは―。」
 我に返ったファウストが、応急処置の為に采配を振り始めた。
 拡げた国王のローブにジェイサムが俺を横たわらせると、白いローブが赤く染まっていく。トゥランがかき集めたナプキンを傷口に強く当て止血するが、すぐにナプキンも血まみれになった。


「・・このまま俺が死んだ方が、丸く収まるな。」
「サイナス、ごめんなさい。私をかばったから・・ごめんなさい。」
「絶対死なせない。覚悟しておけっ。」
 イコリスは泣きじゃくり、ファウストは怖い顔で怒っている。

「君を失うと宰相・・いや、プラントリーはシーコックを見捨てるだろう。君は、ただの不敬罪だ。必ず助ける。・・シーコックの国民は、プラントリーがいないと生きていけない。」
「陛下・・。」
 
 俺の元へカインが戻ってきた。水浸しになった手には、複数の魔石が握られている。どこからか水の魔石を調達したらしい。
「・・カイン。俺が死んでも和解が成立するように・・調整しろよ・・。」
「ハアハア・・サイナス様・・。嫌です。自分でナザフォリス様に話を付けて下さい。」
「・・嫌って・・おまえなあ・・。」

 出血が弱まると、カインは慣れた手つきで水の魔石を使い患部を洗った。ジェイサムが隊員に持ってこさせた医療用魔石の繊維で、斬傷を覆って宮廷医の到着を待つ。
 しかし、俺の血は止まらない。

「寝るな!サイナス!」
「サイナスっ、気をしっかり持てっ。」
「目を開けて下さい。サイナス様。」
 皆が俺を呼び続けるので、気を失えない。
「うる・・さいな・・。」

「死なないでー!サイナス、私と約束したでしょっ。年寄りになってもお互い独身だったら、結婚しようって。約束したじゃないっ。」
 イコリスが、俺に縋り付いて泣き叫んだ。

「・・大御所芸能人とおねえタレントが・・酔った勢いでする口約束みたいなこと・・言ったっけ・・。」
「ちょっと何言ってるかわからない。けど、約束してくれたわっ。だから私は泣き止んで、サイナスと狸の釣り飾りを作れたのよ。・・おじいちゃんとおばあちゃんになったら結婚するって、サイナス言ったもん。死んじゃだめ・・お願い・・。」

「・・やくそく・・。」


 この世界から去ろうとする今になって、俺は漸く思い出した。
 一昨日、夢に現われた少女は、俺にお礼を言っただけだ。「私のキャラクターに優しくしてくれて、ありがとう」と。
 イコリスを守ってくれとは頼まれていない。イコリスを操る少女と俺の間に、約束はない。
 

 ・・そうだ・・俺は・・俺を召喚した意識体と・・

 未熟すぎた中学生の俺は、大いなる存在と交信ができなかった。しかし、言語を介さない超越した意識体に、誓ったのだ。

 ・・俺の転生は・・あの日の約束の因果だろうか・・


この物語はフィクションです。実在する人物・団体・存在とは一切関係ありません。
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