笑ってはいけない悪役令嬢

三川コタ

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特異点の祝福 編

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  ― パン!パン! ―
 榊を入れ替え、米と酒も新しく供えた神棚に、二回拍手を打ち手を合わせた。
 僕が『吉家きちや教授』に頼み込んで『ロボット工学研究室』に祀った神棚なので、毎月1日と15日はいつもより早く来て、榊を替えているのだ。

 この神棚の御利益は、研究が快適に捗るだけではない。
 神棚を祀った直後には、准教授の横領が発覚した。さらに、衛星やサーバーに依存しないスタンドアロンの身体障害者補助犬型ロボットの開発に、介護事業参入を目論む日本の大手自動車会社の出資が決定した。研究を売ろうとした准教授のせいで軍事産業から目を付けられていたが、無事に回避できたのだ。

 ちなみに僕の彼女が遠方の大学院へ移籍したのは、体毛センサーによる振動感知と音源定位の研究のためだ。教授の教え子たちは、機能や要素技術ごとに分散して、盲導犬のロボット化を目指している。

 
「う゛う゛。グフっ、う゛ーー。」
 突然、とんでもないうめき声が聞こえた。なぜか、教授の奥さんが自席で口元を両手で押さえ、大粒の涙をこぼしている。

 先日、宇宙旅行の長期訓練を終えた秀島相一ひでじまそういち氏から、研究室へ直電が入った。秀島氏の分身である『箱庭』に産まれた『アイ・レットエクセル』の進捗状況を、わざわざ直接確認してきたのだ。
 奥さんは秀島氏へのレポート作成のため、定時より早く出勤していた。


「お、奥さん。どうした?!とうとう教授が総務のシングルマザーと浮気したんですか?」
「み、見鷹くん!私は食事の誘いに乗ったことないよ!彼女のターゲットは、バツイチになった副学長に移ったよっ!!」 
 泣いた奥さんにツッコませようとした僕の悪乗りに、離れて座っていた教授が先に反応した。
 教授は奥さんに合わせ、一緒に出勤してきていた。僕がこうした冗談を言えるのは、仲睦まじい夫婦だからだ。


「う゛う゛っ。お姉じゃん・・あぐやぐれいじょうが・・グフっ。」
 奥さんは僕へツッコまずパソコンを指差し、勢いよく涙を流し続けている。

 ディスプレイを見ると、フラーグ学院に入学した『アイ・レットエクセル』の同級生キャラクターが、拡大されていた。
 銀髪のライバル令嬢が灰色の制服を着ているのだが・・シーコックの世界観にそぐわない物を手に持っている。

「この令嬢・・扇子じゃなくて、『団扇うちわ』を持ってる・・?」
「・・箱庭の言語は『カタカナ』だろう?どうして団扇に漢字が書いてあるんだ?」
 教授も令嬢が持っている『祭』と書かれた団扇に、違和感を抱いて不思議そうに呟いた。


「う゛ぐうっ。わだじのおみやげ・・。まづりにいっだどぎの・・・お姉じゃんにあげだ・・『おみやげの団扇う゛ぢわ』・・イゴリズがもっでる!!う゛ーー、お姉じゃーーんーーっ。」
のお土産を??箱庭キャラが・・そんなことがあるのか・・?」


(・・あり得るな・・。)
 僕がそう思うのには、理由があった。大学のホールで開かれた『箱庭発表会』での、あの恐怖体験だ。


***

 奥さんが舞台へ上がり発表を始めると、僕の身体が急に重くなり、背後からの寒気で全ての毛穴が縮み上がった。何事かと眼鏡を外し、暗い二階席を仰ぐと、白い象に跨がったが空中に浮いていた。

 僕は一目で戦慄した。そして気付かれないよう伸びをするふりをして、舞台に視線を戻した。

 すると奥さんの横に、腰布一枚の若い男が立っていた。彼は人霊や生き霊というより、純粋無垢な自然霊に近しい気配だった・・。 
 眉間に皺を寄せた笑顔の若い男は、食い入るように奥さんの発表に聞き入っている。

 僕が驚いていると、両肩に途方もない圧力がのしかかった。白い象に跨がった仏に、気付かれてしまったのだ。

(わ、わかりました。視えたことは言いません。!奥さんにも・・教授にも言いません。僕は、関わりません!!)
 心の中でそう念じていると、奥さんの発表が終わると同時に身体が軽くなった。

 象に跨がった仏と若い男は消えたが、僕は冷や汗でびっしょりになって震えが止まらなかった。僕の体質を理解する、隣に座っていた彼女は、参加者の箱庭発表が終わるとすぐ、ホールの外へと僕を連れ出してくれた。
 そのまま、幼少時からお世話になっているお寺へ行き、住職に視てもらうと、悪いものは憑いていないので安心して良いと言われた。
 ただ、神仏との約束事には慎重に誠実でなければならない、と助言された。

 ・・そんな訳で、教授たちとの食事の予定は、僕が早く彼女と二人きりになりたくてブッチした、ということになっている・・。

***


 奥さんの箱庭は、きっと特殊なのだろう。
(・・奥さんの発表を、仏や自然霊が聞きに来るぐらいだ・・。悪役令嬢キャラが、奥さんの姉へのお土産を持ってても、不思議じゃない・・。うわっ!!)
 漠然と恐怖体験と結びつけて考えていると、子供のように泣きじゃくる奥さんの背中をさする『少女の霊』が現れた。

 神棚によって清浄になった研究室に、姿を現したのだ・・。奥さんの『』は、ちゃんと成仏している。それに彼女の気配は、人の心に灯をともしそうな温かさだった。


 僕は、この世ならざるものが視える体質だ。
 この体質には幼少時から苦労したが、伊達眼鏡のガラス越しなら視えなくてすむ方法を、自力で編み出した。・・けれど、視えなくとも感じてしまうのは避けられない。
 教授に体質のことを打ち明け、日が暮れてからも研究を捗らせたいと、不浄を払う神棚を祀る許可をもらったのだ。


「ごの・・ごのはごにわで・・お姉じゃんに・・お姉じゃんにイコリズで・・あぞんでぼじがっだの・・・グズっ。」
「・・そうか・・。『ゆきひ』さんは楽しく箱庭で遊んでくれてるよ。この団扇で、かるらちゃんに知らせてくれたんだね。」

「!!う゛ーーーっ。グフっグフっ。う゛う゛ー、グフっっ!」
 教授の言葉で奥さんの嗚咽は激しさを増し、呼吸困難寸前だ。
 少女の霊は、奥さんの背中をゴシゴシとさする手を加速した。

(お姉さんはちゃんと成仏していて、奥さんの背中をさすっていたこと・・伝えてあげるのは、問題ないよな・・。)
 だがしかし、これ以上は奥さんが酸欠で倒れるかもしれない。

(伝えるのは、日を改めた方が良いな。)
 朝日が差し込む研究室は冷房が効きにくいのか、胸の奥が熱かった。



この物語はフィクションです。実在する人物・団体・存在とは一切関係ありません。
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