笑ってはいけない悪役令嬢

三川コタ

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終章

プラントリー伝説4

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 ふてくされた気持ちを悟られまいと、クッキーを食べて誤魔化す僕を、正面からサイナスが前のめりで見据えた。
「シャンス先輩の様子はどうだった?今さら俺に歌手になれと言われて、動揺していたか?」
「・・感激して泣いてましたよ。これから歌の練習に励むと張り切っていたので、ナザフォリス様が通った、元歌劇歌手の営む歌唱塾を紹介したら、喜んでくれました。・・シャンス先輩の両親は、将来食べていけるか心配でしょうけどね。」

「必ず売れっ子歌手になるさ。喉を痛めて歌えなくなったら、うち宰相邸で働いてもらえばいいし。」
(シャンス先輩が聞いたら、また大泣きするだろうな・・。)

 長椅子に深く座り直したサイナスは、足を組んで背もたれに身体を預け、くつろぎ始めた。

「・・背中の傷は、すっかり癒えたのでしょう?いつ復学するつもりですか?」
「アイは退学したんだろう。俺も退学できないかなあ。」
 伸びをしながら鼻をほじろうとしたサイナスだったが、マスクをしているので小指は不織布の上を滑った・・。

「サイナス様への罰は退学ではないと、ファウスト様が陛下に進言しちゃいましたからね。魅了で同級生を操り、陛下に詰め寄った事実は公表されないし・・。退学どころか、宰相に任命される可能性すらありますよ。」
「ええー?!さすがにないだろう。・・絶対に嫌だ。宰相になんて、なりたくないよ。」

(その気になれば手に入るのに、名誉や権力にまるで興味がないんだよな・・サイナス様は・・。)

「あーあ。ファウストの代で、初の平民宰相が誕生しないかなあ。」
 長椅子に片肘を付いてごろんと横たわったサイナスは、マスクの下へ小指を差し入れ、改めて鼻をほじっていた・・。

「簡単に言ってくれますね。」
「人格者で優秀な平民は、いくらでもいるだろう。利権がらみで美人局を仕掛けられまくってきたプラントリーより、ましじゃないか。」
「ましって・・。」
 不実の世代の影響で平民女性に嫌われ、異性との縁に乏しいプラントリーの男は、美人局の格好の標的だった。

「俺が宰相にされそうになったら、カインが世論を誘導してくれよ。今こそ平民出身の宰相が必要だ、とか言ってさ。」
「・・国が二分しかねない世論を、我々は誘導しませんよ・・。」


 笑顔を封じ、身を削って国民に尽くしてもなかなか報われないプラントリー一族を、シーコックの主権を得られなかった平民の末裔である我々が、支え守っている。
 一昔前には、凶悪な魅了を有するプラントリーに仕えるなど、まっぴらだと考える末裔も存在した。 
 しかし今では、祖先が魅了によって無実の罪を負わされたと恨みを募らせる者は、もういない。

 プラントリー一族にまつわる多くの逸話、『プラントリー伝説』を後世に語り継ぐことで、祖先を追放した政敵に従属する抵抗は次第に薄れていったのだ。


 初期のプラントリー伝説では、魅了を持つがゆえの艱難辛苦や、サジタリアスのように記録には残らない数々の功績が語られていた。
 ところが不実の世代以降になると、時代の流れとともに、あさっての方向へ内容が変質していく・・。

 
 顕著だったのが、学生生活関連の伝説だ。
 
 不実の世代のとばっちりで、平民生徒からの人気を失ったプラントリー男子がいた。
 諦観した彼は女子人気を切り捨て、『クラス対抗地引き網大会』で男受けだけを狙い、砂浜の砂で精巧な裸婦像を作った。

 プラントリーの女子も負けてはいない。扇子の裏に饅頭を貼り付け、授業中にこっそり早弁する技を繰り返したのだ。その技はプラントリー女子に受け継がれ、イコリスも時折、マシュマロを扇子に貼って早弁している。


 成人したプラントリーにも、剽軽な者が相次いで現われた。

 居眠りを隠すためにマスクを眉の下まで拡張し、そこに目を描き会議に出席した者もいた。
 不織布を肌色に染め、口角を上げた唇を描いたマスクを考案した者は、それを付けて大衆演劇に出かけた。観客に笑顔のプラントリーが現われたと思わせ、人垣が割れたところで最前列を確保して観劇したのである。


 ・・未だ末裔達の酒の席で、論争を招く伝説がある。

 大凧に乗ったプラントリーの男の話だ。
 氾濫後の河床を調べるため、命をかけて大凧に乗ったという武勇伝だが・・僕の父は別の説を唱えていた。真の目的は、露天風呂の女性を覗くためだったのではないか、と。
 僕はサイナスの傍にいると、父の説が有力な気がしてきた・・。


 我々が編纂し語り継いできた『プラントリー伝説』は、我々自身の怨嗟を断ち切り、やがては溜飲が下がり心の奥のわだかまりまでも解消した。
 涙と笑いを誘う伝説は、同胞と語り合えば楽しく盛り上がり、温かい諦めや共感を伴って複雑な背景を乗り越える。・・プラントリーとの独特な連帯感が生まれ、深い絆と忠誠が育まれていったのだ。



「二分するか?シーコックの民は、そんな、愚かではないだろう。社会や環境への国民意識は高い。年寄り連中には、アッシュの祖父みたいに私欲まみれな物質主義も多いけど、世代交代すれば・・。まだまだ先だな・・ハア。自分で全力回避するしかないのか。あー、めんどくさい。」
 頭の後ろに両手を組み、仰向けでぼやくサイナスの言葉は、僕に期待を抱かせた。
(言ってることがもう既に為政者じゃないか・・。)

 サイナスのように未来を俯瞰し、貴賤を問わず人を見定める者こそ、上に立つべきだが・・サイナスが僕の期待に応えることはなかった。
 その才を買う人々を裏切り続け、サイナスは我々の想像を遙かに超えるプラントリー伝説を、幾頁も紡いでいくのであった。
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