笑ってはいけない悪役令嬢

小川コタ

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門9

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 自室の扉がコンコンと叩かれる。
「トゥラン様をお連れしました。」
 まだ、まともに顔を見たことがない我が家の若いメイドに、トゥランが連れられて来た。
 俺は不断使いしている不織布の簡易マスクを着けてから、扉を開けた。

「サイナスの部屋は久々だな。」
 トゥランも小さい魔石をあしらった私生活用の眼鏡を掛けている。
「大体、地下の訓練場だったからな。それにしても急に来るなんて、何かあったのか?俺もトゥランに聴きたいことがあったから、調度良かったけど。」
「・・・そうだ。明日、登校する前に伝えておきたい事が生じた。」

 コンコン。再び扉を叩く音がした。
 さっきのメイドが廊下にお茶の用意を済ませたと扉越しに伝えてきたので、俺は彼女が去ってから紅茶が用意された配膳台を自室へ運んだ。
 熱湯に茶葉が沈めてあるポットからティーカップへ注ぎ終わるのを待たずに、トゥランは俺に話しかけてきた。

「サイナスの聴きたいこととは?」
「今年の入学は貴族も平民も全て、特殊だっただろ。でもトゥランは、自分に起こる強制力に対処出来ていた。頭頂部の毛束の長さがかなり伸びる事には、いつ気が付いたんだ?」
「気付いていたわけじゃない。・・・キュリテグロースの生徒会役員の経験者同士の会話で、後輩へ役員を引き継ぐ度に、僅かに毛束の長さが伸びている気がすると言っていたのを耳にしたんだ。だから念の為に眼鏡を変えたんだが・・・思ったよりも毛束が長くなったのは、想定外だった。」
「気がする程度の情報で、眼鏡の魔石を強化したのか。トゥランは用意周到で感心するよ。」
 照れたのか、トゥランは眼鏡の位置を中指で押し上げながら話題を変えた。
 「官僚クラスの一覧表に、気になる者はいたか?」

 フラリスが強制力の結果を詳細に記入した名簿は、生徒会がクラスごとの一覧表としてまとめ、
『フラーグ学院の強制力は一年生全員が対象となったので、変質したのは君だけではないから頑張ろう。』
といった内容の文を同封して、新入生達に郵送した。
 その一覧表には、王侯貴族が代々課される強制力の特徴も載せているし、アイを含む新しく現れた強制力には注釈を加え、急遽作成したわりには丁寧で明解に出来ていた。
 悲観しているだろう平民の新入生達へ、臨時休暇の2日目の朝には届くように、この一覧表は送られている。

「眉が繋がったカイン・サドゥキと、線が入った坊主のエルード・イータかな。・・あと、ほっぺが紅くなった女の子、フィーウィ・マールが気になるな。」
 俺は官僚クラスの一覧表を見返しながら、トゥランの質問に答えた。
「フィーウィ・マールが?ほっぺが紅くても面白くはないだろう。」
「笑えるとかじゃないんだ。ほっこりして表情が緩みそうだなと思って・・・トゥランは坊主のエルードをどう思う?」
「特に何も思わないが・・・イコリスが取られそうで気になるのか?」
「ふぁ?そういう意味ではないよ・・・トゥラン、イコリスが御者のジェイサムに好意があるのを、知っていたのか?」
「直接聞いてはいないが、イコリスは隠せてないだろう?見てれば分かるさ。」
「まあそうか・・・。俺が言いたかったのは、エルードが強制力で唯一、格好良くなった平民だから、薄気味悪く思わないかって事だよ。」
「格好良いか・・イコリスの趣味かもしれないが・・・。ああ、顔は整ったまま、変わらないな。それならもう一人、美形で一部の女子にモテそうな男子がいたよ。」
「同じクラス?一覧表ではわからないなあ・・・。」
「そう、ここだよ。キース・ストライト、短髪の黒茶髪が肩まで伸びて、目に隈が出来た、とある。」

 トゥランがキース・ストライトの欄を指差した。この一覧表は、特徴を文章のみで説明しており姿絵は無い。
「肩まで伸びた黒茶髪か・・・覚えてないなあ。美形なのか?」
「ああ、フラリスは隈と記したが、目元に黒く化粧が施された感じに変わっていたんだ。元々整った顔だったのが、他の男子みたいに二重が一重になったりせず、目元の化粧で、より美形になっていた。」

 平民の美男美女は強制力によって、もれなく地味な顔や変な髪型等に変質していた。
 キース・ストライトはエルード・イータと同じ、例外的な平民になるのだろうか・・・俺にとってアイ・レットエクセルは別格なので、これに当てはまらない。
「・・化粧って・・。黒い目張りが入ったのか。」
「フラリスには、隈にしか見えなかったんじゃないか?化粧は私の印象でしか無いから、一覧表に書き足さなかったんだ。けれど、校門をくぐる前より格好良くなったのは確かだ。」

(長めの髪の男が目元を黒く化粧してるなんて、曲調が激しい歌手じゃあるまいし・・・どれだけ試されるんだ俺は・・・)
 頭を垂れて深いため息をついた俺は、化粧したキース・ストライトに、予備知識なく相対する事態にならなかったことを善しとしようと、自分に言い聞かせるのだった。
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