笑ってはいけない悪役令嬢

三川コタ

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わくわくwack×2フラーグ学院 箱庭 編

相10

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***


 写真の横に置いたお面が、バランスを崩して床へ落ちた。辛い過去を反芻しない方が良いとは解っているが止まらない。

 母親から罵られたお祭りの日以来、私は出来るだけ姉の傍に居た。
 食事やお手洗いへの移動の介助が必要なのは、姉の調子が良くなかった時だけだった。症状が悪化すれば入院して治療やケアを受けていたので、自宅での姉の介助は、私にとって苦ではなかった。姉も本格的な介助はなるべくヘルパーに頼んで、私の負担を軽くする為に協力してくれていた。
 私はちょっとでも病状が改善するようにと、お笑い番組やコメディドラマを見たりゲームで遊んだりして、姉が笑顔で過ごせるようにしていた。その一つが『わくわくフラーグ学院』だった。

 姉は偶に、手帳型携帯ゲーム機の乙女ゲームをしていたので、私は学校で友達から教えて貰った携帯電話アプリ乙女ゲームの『わくフラ』を紹介した。
 アプリゲームは出来ないが、ネット検索すると出てくるスクリーンショットや動画を姉に見せたのだ。三角の前髪が格好良いセリフと共にペラペラ捲れたり、耳の前の髪の房を揺らして極太の眉毛をハの字に下げている攻略キャラクター達を見て、二人で笑っていた。
 暫くすると人気が出た『わくフラ』は、家庭用ゲーム機へ移植され、中学生の私でも課金無しで遊べるようになった。

 私は貯金してあったお年玉を使って『わくフラ』を予約購入した。発売日には走って帰宅し、ベッドでカーアクション映画の再放送を見ていた姉を私が我儘を言って中断させ、テレビの大画面で『わくフラ』のオープニング映像を流したのも良い思い出だ。
 ゲームを進めてやっと見れたモーション付きスチルでは、攻略キャラクターが咥えたキャンディの棒に生やした四つ葉を揺らしていたり、声優のイケボが耳飾りの鈴の音で全く聞えなかったりして、姉と私はベッドをボフボフ叩きながら笑った。
 背景のモブも変なキャラクターが盛りだくさんで、たまにあるモブとの会話でも、話し方や髪型が面白くて大笑いした。終盤で明かされる一部の王侯貴族が負った宿命には、お腹がよじれるくらい笑った。
 主人公も奇妙だった。ピンク髪で胸が大きく、なぜか主人公だけ制服のブラウスにハート型の穴が開いていて、胸の谷間を見せていた。男性ユーザーが多かったのは、ピンク髪は淫乱だとの通説を体現した、この主人公のおかげではないだろうか。主人公の同人誌の数もかなり多かったらしい。
 この『わくフラ』を姉とプレイして一緒に笑う時が、私は本当に幸せだった。きっと姉も同じ思いだっただろう。
 ・・・病には笑うことが一番効果があるとの情報を信じていた私は、姉が快方へ向かうと疑ってなかった。


***


 姉の搬送先は、かかりつけの総合病院だった。調子の良い時のリハビリや悪化した時の入院治療はいつもここだった。
 駆けつけた私をみつけた顔見知りの看護師達が、方々から集まってきた。

「・・かるらちゃん、マスクつけようね・・。」
 『わくフラ』仲間だった一番仲の良い看護師さんが、私にマスクを差し出し、目を赤くして言った。
 たくさんの患者を見送ってきたはずの彼女の涙に、私は足が震えて崩れ落ちそうになった。彼女と祖父に支えられながら病室に入ると、酸素吸入して青い顔でベッドに眠っている姉と、足元に置いた椅子に座って泣く祖母がいた。

「ゆきひちゃん。かるらちゃん来たよ。ゆきひちゃん・・・。」
 うなされることなく眠る姉に、祖母は普段の口調で、話しかけた。はっとした私は呼吸を整え、涙を拭って声をかけた。

「ただいま、お姉ちゃん・・。お姉ちゃんの好きなカーアクションの新作映画、来週から家で見れるよ。一緒に見ようね。」
 泣いて取り乱すと姉に心配を掛けるので、日常会話のように話す。
「『わくフラ』も遊ぼ。悪役令嬢の魅了で好感度をリセットして、また周回しようね。・・スチル、おかわりして笑おうよ。」

 ぷひゃ・・・。

 私がそう言うと、姉が一瞬、力なく噴き出した。気のせいかと思う程弱々しかったが、可笑しそうに口角をもにゃもにゃさせている。
 その顔を見た私は、姉に聞こえないように声を殺して泣いた。

「・・・今、笑ったね・・・。」
 看護師さんが小さく呟くと、祖父と祖母が病室の隅に行き寄り添って泣いた。
 皆、悲しみで押しつぶされそうなのだが、不思議と暖かく静かな空間だった。
 姉は私の到着を待っていたかのように、一時間も経たず眠るようにして亡くなった。
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