笑ってはいけない悪役令嬢

三川コタ

文字の大きさ
75 / 152
夏の宴 告白 編

宴1

しおりを挟む
 
 清々しいそよ風が、小鳥の囀りを乗せて頬を撫でる。
 架空の霊獣が彫刻された厳めしい校門の前に、俺とイコリスは立っていた。

 俺達はジェイサムに頼んで、いつもより1時間早くフラーグ学院へ登校していた。
 来週の頭からは試験が始まる。三日も休んだイコリスは、来週の試験期間からではなく通常授業の最終日である今日から出席することにしたのだ。

 まだ誰もいない早朝、強制力が執行される校門へ銀色の長い髪をゆったりと揺らしながらイコリスが踏み入って行く。
 続く俺が校門を通り終えるのを待たず、イコリスは校門に連なる生垣の前でごそごそしだした。

「・・・完成したか?どうだ、大丈夫そうか?」
 しばらく待ってから訊ねると、イコリスは得意げに扇子の裏を見せてきた。
「変化無いわ。無事にくっついたまま、消えないみたい。」
 丸い扇子の上部に粘着テープで貼り付けられた、クルクルと棒状に巻いてあるガーゼのハンカチが、俺の僅かに濃くなった浅緑の瞳に映る。
「・・良かったな。けど、ハンカチがあっても油断せず、泣かないように頑張れよ。」

 これはイコリスが考えた、涙を拭くハンカチ付きの扇子だ。
 涙もろくなったイコリスは、もし泣いてしまったら扇子に貼った棒状のハンカチで、周りに気付かれないように涙を吸い取るというのだ・・。とにかく、俺は強制力でハンカチが消えずに済んで、胸を撫でおろした。

 誰もいない教室で、欠席していた間のノートをイコリスに書き写させながら授業内容を教えていると、ぽつぽつと官僚クラスの生徒が登校してきたが・・・イコリスの姿を見た彼らは驚いた後、眉根を寄せ迷惑そうな顔をした。
 イコリスは風邪で三日間登校できなかった事になっているので、試験前に風邪をうつされたくないと思ったのだろう。社交辞令として俺達に挨拶はするが、座席が近い者は着席せず距離を置いて様子を伺っていた。

「おはよう、イコリス。」
「大丈夫?無理してない?」
 いつもより早めに登校して来たトゥランとフラリスが、俺達を見るなり近づいて声を掛けてきた。二人には俺達が早朝の校門で、扇子にハンカチを仕込む挑戦をすると、前日に伝えてあった。

「おはよう、トゥラン、フラリス。・・・お見舞いに来てくれたのに、顔を見せなくてごめんね。」
「そんなのは良いんだ。元気になってくれれば・・・。」
 トゥランは心配してイコリスの部屋まで入ったのに、イコリスは布団にくるまって頑なに姿を見せなかったのだ。
「そうだよ、気にしなくていいよ。余り思いつめ・・・根をつめて、頑張り過ぎないないようにね。」
 イコリスが休んだ本当の理由を、見舞いに来たファウスト達だけでなくアッシュと混凝土研究室の先輩達にも、俺が知らせてある。
 風邪ではないと知っていたフラリスは、周囲を気にして途中で言葉を言い換えていた。

「・・二人とも、ありがとう・・いつもありがと・・・。」
「泣くなよ、イコリス。」
「泣いてないですよ。・・安心して、泣いてないですから・・。」
「・・敬語になっていて、不自然だぞ・・。」
 今にも泣きそうだと指摘すると、イコリスが本当に泣いてしまいそうだと考えていると、トゥランが座っているイコリスの頭を優しく撫でだした。
(それは、悪手だ。)
 案の定、イコリスは扇子の裏に貼ったガーゼのハンカチで、目をゴシゴシと凄い勢いで拭き始めた。トゥランは慌てて手を引いた。
「もうっトゥラン、余計なことしないのっ。」
「す、すまない。慰めるつもりが・・泣かせてしまった・・。イコリス、ごめん。」
 フラリスに窘められて、トゥランがただちに謝った。

「・・泣いてないよ、私を泣かせるならたいしたものよ・・グズ。」
(いや、泣いてるし。)
「イコリス様、思ってたより元気そうで良かったアル。」
 俺がイコリスに心の中でツッコミを入れていると、登校したアッシュが身分差を恐れず会話に加わってきた。

「3日も休んで、すごく心配したアルよ。来週から試験だけど、もう平気アルか?」
 アッシュはトゥランとフラリスに挨拶を済ませると、気さくにイコリスへ話しかけた。
「ええ、落ち着いたわ。この前は、校門まで送ってくれてありがとう。シャンス先輩とストライト先輩にも、ちゃんと会ってお礼が言いたいわ。」
 わざとアッシュがざっくばらんに話すので、イコリスは気持ちを立て直すことが出来た。相変わらずアッシュは対人能力が高い。

「イコリス様からお礼を言われたら、きっと先輩達は大喜びするアルよ。シャンス先輩は、胸に右手を当てて片膝をつくかもしれないアル。」
「大げさだな。」
 俺とイコリスが、初対面の挨拶で恐縮するシャンス先輩の姿を思い出しほっこりしていると、イコリスの隣席の女生徒が挨拶してきた。

「トゥラン様、フラリス様。おはようございます。・・・イコリス様、サイナス様もおはようございます。アッシュ、おはよう。」
 強制力で、髪を丸く頭頂部でまとめた『ナナラ・エストフィ』は、いつもトゥランとフラリスがいる時だけ、積極的に話しかけてくるのだ。
「おはようアル。・・ナナラ、今日は僕の席と入れ替わってくれないアルか?」
「え?」

「・・・アッシュ・・・。」
 風邪を移されたくないと、同級生達に迷惑がられていた事に気付いていたのだろう。イコリスの瞳に、みるみるうちに涙が溢れてくる。
 扇子の裏に貼った棒状に丸めたハンカチがびちょびちょになりそうなので、俺はイコリスへ鼻紙を渡した。
 チーーーーン
 イコリスはアッシュとナナラに背を向け、鼻水を嚙みながら涙を拭いた。扇子は俺が持ち、イコリスの顔を隠した。

「じゃ、じゃあ席替わろうかな。」
 ナナラは、まだイコリスの風邪が治っていないと思ったらしく、そそくさとアッシュの席へと向かった。

 イコリスの座席は窓際の最後部で、俺はその前の席だ。
 イコリスの横にアッシュが座り、俺の横にトゥラン、前の『フィーウィ・マール』の席にはフラリスが座る事になった。そしてなぜか俺の斜め前に『エルード・イータ』が座っている。

「自分、体が丈夫なので、風邪はひかないんですよ。だから席を替わって貰いました。」
 エルードに、そう爽やかに言われると断れない。
 アッシュとエルードはプラントリーの魅了を恐れないが、ファウストからの威圧は恐くないのだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

私、お母様の言うとおりにお見合いをしただけですわ。

いさき遊雨
恋愛
お母様にお見合いの定石?を教わり、初めてのお見合いに臨んだ私にその方は言いました。 「僕には想い合う相手いる!」 初めてのお見合いのお相手には、真実に愛する人がいるそうです。 小説家になろうさまにも登録しています。

処理中です...