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夏の宴 告白 編
宴1
しおりを挟む清々しいそよ風が、小鳥の囀りを乗せて頬を撫でる。
架空の霊獣が彫刻された厳めしい校門の前に、俺とイコリスは立っていた。
俺達はジェイサムに頼んで、いつもより1時間早くフラーグ学院へ登校していた。
来週の頭からは試験が始まる。三日も休んだイコリスは、来週の試験期間からではなく通常授業の最終日である今日から出席することにしたのだ。
まだ誰もいない早朝、強制力が執行される校門へ銀色の長い髪をゆったりと揺らしながらイコリスが踏み入って行く。
続く俺が校門を通り終えるのを待たず、イコリスは校門に連なる生垣の前でごそごそしだした。
「・・・完成したか?どうだ、大丈夫そうか?」
しばらく待ってから訊ねると、イコリスは得意げに扇子の裏を見せてきた。
「変化無いわ。無事にくっついたまま、消えないみたい。」
丸い扇子の上部に粘着テープで貼り付けられた、クルクルと棒状に巻いてあるガーゼのハンカチが、俺の僅かに濃くなった浅緑の瞳に映る。
「・・良かったな。けど、ハンカチがあっても油断せず、泣かないように頑張れよ。」
これはイコリスが考えた、涙を拭くハンカチ付きの扇子だ。
涙もろくなったイコリスは、もし泣いてしまったら扇子に貼った棒状のハンカチで、周りに気付かれないように涙を吸い取るというのだ・・。とにかく、俺は強制力でハンカチが消えずに済んで、胸を撫でおろした。
誰もいない教室で、欠席していた間のノートをイコリスに書き写させながら授業内容を教えていると、ぽつぽつと官僚クラスの生徒が登校してきたが・・・イコリスの姿を見た彼らは驚いた後、眉根を寄せ迷惑そうな顔をした。
イコリスは風邪で三日間登校できなかった事になっているので、試験前に風邪をうつされたくないと思ったのだろう。社交辞令として俺達に挨拶はするが、座席が近い者は着席せず距離を置いて様子を伺っていた。
「おはよう、イコリス。」
「大丈夫?無理してない?」
いつもより早めに登校して来たトゥランとフラリスが、俺達を見るなり近づいて声を掛けてきた。二人には俺達が早朝の校門で、扇子にハンカチを仕込む挑戦をすると、前日に伝えてあった。
「おはよう、トゥラン、フラリス。・・・お見舞いに来てくれたのに、顔を見せなくてごめんね。」
「そんなのは良いんだ。元気になってくれれば・・・。」
トゥランは心配してイコリスの部屋まで入ったのに、イコリスは布団にくるまって頑なに姿を見せなかったのだ。
「そうだよ、気にしなくていいよ。余り思いつめ・・・根をつめて、頑張り過ぎないないようにね。」
イコリスが休んだ本当の理由を、見舞いに来たファウスト達だけでなくアッシュと混凝土研究室の先輩達にも、俺が知らせてある。
風邪ではないと知っていたフラリスは、周囲を気にして途中で言葉を言い換えていた。
「・・二人とも、ありがとう・・いつもありがと・・・。」
「泣くなよ、イコリス。」
「泣いてないですよ。・・安心して、泣いてないですから・・。」
「・・敬語になっていて、不自然だぞ・・。」
今にも泣きそうだと指摘すると、イコリスが本当に泣いてしまいそうだと考えていると、トゥランが座っているイコリスの頭を優しく撫でだした。
(それは、悪手だ。)
案の定、イコリスは扇子の裏に貼ったガーゼのハンカチで、目をゴシゴシと凄い勢いで拭き始めた。トゥランは慌てて手を引いた。
「もうっトゥラン、余計なことしないのっ。」
「す、すまない。慰めるつもりが・・泣かせてしまった・・。イコリス、ごめん。」
フラリスに窘められて、トゥランがただちに謝った。
「・・泣いてないよ、私を泣かせるならたいしたものよ・・グズ。」
(いや、泣いてるし。)
「イコリス様、思ってたより元気そうで良かったアル。」
俺がイコリスに心の中でツッコミを入れていると、登校したアッシュが身分差を恐れず会話に加わってきた。
「3日も休んで、すごく心配したアルよ。来週から試験だけど、もう平気アルか?」
アッシュはトゥランとフラリスに挨拶を済ませると、気さくにイコリスへ話しかけた。
「ええ、落ち着いたわ。この前は、校門まで送ってくれてありがとう。シャンス先輩とストライト先輩にも、ちゃんと会ってお礼が言いたいわ。」
わざとアッシュがざっくばらんに話すので、イコリスは気持ちを立て直すことが出来た。相変わらずアッシュは対人能力が高い。
「イコリス様からお礼を言われたら、きっと先輩達は大喜びするアルよ。シャンス先輩は、胸に右手を当てて片膝をつくかもしれないアル。」
「大げさだな。」
俺とイコリスが、初対面の挨拶で恐縮するシャンス先輩の姿を思い出しほっこりしていると、イコリスの隣席の女生徒が挨拶してきた。
「トゥラン様、フラリス様。おはようございます。・・・イコリス様、サイナス様もおはようございます。アッシュ、おはよう。」
強制力で、髪を丸く頭頂部でまとめた『ナナラ・エストフィ』は、いつもトゥランとフラリスがいる時だけ、積極的に話しかけてくるのだ。
「おはようアル。・・ナナラ、今日は僕の席と入れ替わってくれないアルか?」
「え?」
「・・・アッシュ・・・。」
風邪を移されたくないと、同級生達に迷惑がられていた事に気付いていたのだろう。イコリスの瞳に、みるみるうちに涙が溢れてくる。
扇子の裏に貼った棒状に丸めたハンカチがびちょびちょになりそうなので、俺はイコリスへ鼻紙を渡した。
チーーーーン
イコリスはアッシュとナナラに背を向け、鼻水を嚙みながら涙を拭いた。扇子は俺が持ち、イコリスの顔を隠した。
「じゃ、じゃあ席替わろうかな。」
ナナラは、まだイコリスの風邪が治っていないと思ったらしく、そそくさとアッシュの席へと向かった。
イコリスの座席は窓際の最後部で、俺はその前の席だ。
イコリスの横にアッシュが座り、俺の横にトゥラン、前の『フィーウィ・マール』の席にはフラリスが座る事になった。そしてなぜか俺の斜め前に『エルード・イータ』が座っている。
「自分、体が丈夫なので、風邪はひかないんですよ。だから席を替わって貰いました。」
エルードに、そう爽やかに言われると断れない。
アッシュとエルードはプラントリーの魅了を恐れないが、ファウストからの威圧は恐くないのだろうか。
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