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欺瞞と謀略 編
円4
しおりを挟む青年から渡された黒い手帳は、開くとスマホより一回り小さい携帯電話が入っていた。
「この衛生電話は、博士のスマホの電源が切れている時に繋がります。義眼を外していても、スマホの電源が入っていたら繋がらない。ですが油断せずに、スマホとパソコンの近くや監視カメラがある場所では、手帳を開けないで下さい。そうですね・・自宅のお風呂かトイレが最適な場所でしょう。それから、我々との連絡以外に使用は厳禁ですよ。特に僧侶の義弟とは、アナログの連絡じゃないと常に覗かれていると思っておいた方が良い。・・魂入れ儀式を頼む手段は、手紙でお願いします。分かっているでしょうが、固定電話と葉書もダメですよ。」
私は、黙って頷くしかなかった。
窓を叩いていた大粒の雨は和らぎ、網状の脈を描いて滴り落ちる。黒く覆われていた空は、雲の切れ目から光がこぼれ始めていた。
10時過ぎに『量子コンピュータオンライン研究センター』へ出勤し、センター長室で日課のメールチェックをしていると内線電話が鳴った。
大学ホールで開いた『箱庭発表会』からは、約一ヵ月が経過していた。
「センター長、スケジュール通りに統理庁の方が到着しました。あと、ノーアポで文舞科学庁の職員が一名、いらしてます。」
「・・そう。文科庁は待合室へ案内して、待たせておいて。統理庁はこちらへ通して・・統理庁補佐官は何名連れて来た?」
「経財産業庁の官僚一名、お連れして来てます。」
「では、二人か。じゃあセンター長室では、私がお茶を用意するよ。佐藤さんは待合室に、お茶を持って行ってあげて。」
「承知しました。」
私は席を立つと、応接机にブッセが入った菓子盆を置いて、急須にウォーターサーバーから熱湯を注いだ。続いて、さっきお茶をいれていた自分の長湯呑みに、熱湯を足しいれる・・。
急須の中の茶葉が開く頃、扉がノックされた。
統理庁補佐官は、パンツスーツを着ている痩せた中年女性の官僚を伴っていた。70歳近い補佐官は、歳上の私が出したお茶に恐縮して見せた。
一通り挨拶を済ませ当たり障りのない世間話の後、私が量子コンピュータ制御室の見学を提案すると、補佐官の顔つきが変わった。
「いいえ、今日は施設の見学ではなく、来期の予算について話しに来たのです。」
補佐官の発言と共に、女性官僚が茶封筒から書類を取り出す。
「来期の予算ですか・・・。」
私は動揺したフリをして、自分の長湯呑を倒した。
長湯呑に入っていた大量のお茶が、補佐官の隣に座っている女性官僚へ流れていく。彼女は書類を放って立ち上がり、お茶がこぼれ落ちる応接机から大きく距離を空けた。
無言でソファから離席した私は、デスク上の電話の受話器を取った。
「諸君、緊急事態だ。」
「・・センター長?お茶がこぼれた位で大げさだなあ。」
半笑いの補佐官を無視してデスクの引き出しを開け、二重底を外して緊急ボタンを押す。すると、一分もかからずに警備員達が駆けつけた。
「各自、電源切断準備。」
受話器に向かって私がそう言い放つと、出入り口を封鎖された補佐官と女性官僚は立ち尽くす。私は間を置かず、警備員に告げた。
「女性の膝下を重点的に調べろ。・・無ければ金属探知機で全身を・・。」
「はあっ?私は統理補佐官で彼女は晋議官だぞ。スマホだって受付で警備に預けて・・。」
「ありましたっ。」
補佐官の訴えの途中で叫んだ警備員が手にしていたのは、女性官僚が履いていたパンプスだった。左足つま先に極小カメラ、かかとには送信機らしき機器が両足に入っていた。
「レベル5だ。通信接続停止。電源、切断。」
全職員への指示を終えた私は受話器を置き、パソコンとスマホの電源を落とす。
少しずつ左目の視界が霞みだしてきた。電源を落としたスマホは念を入れて電池パックを外し、鉛製の金庫の中に仕舞いこみダイヤルキーを回した。
そうして補佐官を横に扉へ向かう。
「・・どうして、欲をかいた・・。これでは、庇いきれない。」
補佐官が呟くと、女性官僚は泣き出した。
「信念も矜持も持たず、目先の金と快楽に溺れて売国するからですよ。」
二人がただならぬ関係だと直感した私は、つい本音が出てしまった。
補佐官は驚いたように私を見た後、歯を食いしばって睨んできた。お茶を入れて貰って恐縮した謙虚な姿は、影も形もない。
「・・この施設は監視対象だ。公安の。」
私だけが知っていたが、警備員の何人かは公安職員だ。手早くパンプスにカメラを見つけた、彼がそうだ。後ろ暗いやり取りが残っている補佐官のスマホは、公安に抑えらている。
私の言葉を聞いた補佐官は、崩れ落ちた。女性官僚と自分が引き渡されるのは、警察ではなく公安だと理解したらしい。逮捕されなくても、公安は徹底的に取り調べて口座を押さえ、利用出来うる限り使い倒すだろう・・補佐官を。
私はセンター長室を早々と立ち去った。長い間、国民へ不義理を働いてきた補佐官に、同情の余地などなかった。
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