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第四話 雨月の祭り
雨月の祭り 参
しおりを挟む「香果さんがふたり」
脳の理解が追い付かない。
藤華さんと一緒に来た香果さんは、先ほどまで私と居た前方の香果さんを確認した。
藤華さんは私の前に居る男に殺意を向けていた。黒く美しい毛並みは逆立ち、普通の生き物ならその殺意だけで死んでしまいそうなくらいであった。
そして藤華さんと一緒にいた香果さんはゆっくりと私の隣に歩いて来た。すると左腕をバッと素早く伸ばし、私と前方に居る男を遮るようにした。私は気迫に慄いた。
「八雲君、後ろに。君は知るべきではない」
後ずさりをすると藤華さんがすぐに私の前に立ち毛並みを逆立てた。
「知るべきではないって酷い扱いだ。八雲が一番知らなきゃいけないだろ。何故って、お前と一緒に生活しているからな。香果の事を知りたいよな。や、く、もくん」
「よく来たね、歓迎するよ」
香果さんは私が答える隙も与えない程早く、そして声だけでも威嚇しているのが嫌でも判るほど力強く言葉を武器の様に扱い、前に居る男と私の視線を裁った。まるで彼と私が言葉を交わさないようにするかの様に。
「そう、怒るなよ香果。俺とお前は同じなのだから」
「そうだね。私も君も同じ人間の成れの果てさ」
香果さんは吐き捨てるように言った。
「だから嫌いなのさ」
「本当にお前は自分には解り易い程に感情をぶつけるのだな」
男は不気味にニヤリとガーネットの様に美しい紅の唇を上げた。何か悪だくみでもしているかの様だった。
「香の記憶、身の自由。何一つお前が勝てるものはないさ。そうだな、お前が持っていないアイツの記憶でも語ってやろうか」
「少しは静かにしたら如何かい」
男は嘲笑うかの様に口角を上げる。
「藤華さんっ」
私は藤華さんに助けを求めた。しかし彼はいつの間にか香果さんと同じ最前線に出ていた。
「手前、何しにきたんですかい。旦那の真似までして」
「俺だって、好きで真似してんじゃねぇよ」
先ほどまで香果さんの形をしていた男は、いつの間にか若い男性になって居た。
目つきが鋭く、男らしい顔立ち。グリーンガーネット色の瞳は香果さんとよく似ていた。
しかし、香果さんの様に瞳の奥には優しい微笑みがなく、憎しみの溢れた眼でもあり、悪戯っ子の愉快が溢れた眼が見え隠れしていた。
黒真珠を彷彿とさせる艶やかな髪は左目の全体を覆っていた。
白く細やかな肌も、長く色気のあるまつ毛も、言葉を従わせる度に震える美しい唇も、伝説として語り継がれる程の職人の作った人形かと思わせる程に整った顔も全て、よく似ていた。香果さんに。
「香果、俺とお前は同じ人間で同じ姿だ。そうだろう」
「嗚呼」
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