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第四話 雨月の祭り 番外
寄席と江戸っ子の黒猫
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温かく静かな風に身を任す。
祭りも終わり、またゆったりとした時間がこの町に流れている。部屋に入ってくる空気がこの上なく心地好い。
「若旦那」
外から声がした。恐る恐る外を見る。
「うわっ、藤華さん。どうしたの」
「若旦那ぁ、ちょいと良いことしやせんか」
黒猫は面白そうにニヤニヤしている。
私は当たりを見渡すが香果さんは居ない。
「香果さんは」
彼は蓼を噛んだ様な顔をした。
「旦那は昔の馴染みと話してやしてね、全く構ってくれないんでさぁ」
藤華さんは私を見る。私は何故か寒気を感じた。
「って事で八雲さん、俺と遊び行きやせんか?」
「待って話が見えないんだけれど。でも遊び行くって何処に」
黒猫は待ってましたとでも言うように食い気味に言った。
「そりゃ、江戸っ子の粋の聖地。寄席でさぁ。この町には寄席もちゃんとあるんでっせ」
「でも僕寄席に行ったことないし」
「それじゃ、今日行くしかありやせんね」
彼はくるっと人になると私の目を見つめる。これはかなりの圧を感じる。
「分かったよ、行くよ。でもルールとか全く分からないけれど大丈夫」
「当たり前でさぁ」
と彼は寄席の説明を始めた。
「まずは木戸で入場券を買って、好きな席に座ってくだせぇ。そして開演したら全力で楽しむんでさぁ。以上ですぜ」
藤華さんの話しだと木戸とはチケット窓口のことらしい。チケット代の事は木戸銭と言うらしい。然し、そんなに敷居が低いものなのか。やはり初心者には怖いものがある。
「まぁ兎に角、ごちゃごちゃ言うのは行ってからでさぁ」
私は恐怖を抱きながらも寄席に行く事になった。
「寄席に行く前にちょいと寄るところがありやすから着いてきてくだせぇ」
そう言って藤華さんは商店街の鮨屋に入っていった。
「大将、二人前お願い出来ますか」
「あいよ。おや、見ない顔だね。藤さんの連れかい」
栄螺鬼が慣れた手つきで寿司を握る。
「初見さん、済まないがうちじゃサザエは握らないからそれだけは覚えておいておくれよ」
そう言って居るうちに大将は「はいよ二人前」とお弁当を出してくれた。
私達はお礼を言って店を出る。
「ねぇ、寄席に行くのに何でお弁当なの」
「場所にもよりますがね、基本的に寄席は持ち込みも飲食自由なんでさぁ。そして一日居られやすからこうやってお弁当を持ってくんでさぁ。勿論、はこで売っているお弁当も良いんですがね」
「寄席って思っている以上に自由なんだ」
「庶民の娯楽でありやすから、堅苦しいのは続きやせんぜ。それに寄席では中で買えば麦酒だって飲めるんでさぁ」
「藤華さん、お酒禁止令が」
「細かい事は良いんでさぁ」
私が言葉を言い切る前に切られてしまった。
「そう言えば開演時間とか調べていないけれど大丈夫なの」
映画等でよくあるのだが思い立って行ったは良いが開演時間が過ぎていたり、逆に待ち時間が長かったりすることがあり時間を潰すのが中々大変だったりする。
成り行きで来てしまったが良いタイミングで着かないと入れない事は無いのだろうか。
「八雲さん、心配ご無用なんでさぁ。寄席は基本的出入り自由なんでさぁ。ですから待ち合わせしていたが一時間遅れると連絡があったから時間つぶしに寄席に。とか、八雲さんなら大学の帰りにふらっとも出来るんですせ」
そんなにフラットで良いのか。何だか喫茶店みたいだと思ってしまう。
藤華さんの連れられて演芸場に来た。
入り口には多くの札が掛かっていて黒と赤で名前が書かれていた。
「藤華さんこれは」
「こりゃ、番組表っていいやしてね、今日誰が出るかがこれでわかるんでさぁ」
「この札に書かれている色の違いは」
「色が付いておりやすのを色物と言いやしてね、漫談師や手品師、三味線、紙切りなどの事を指すんでさぁ。色物扱いの色物はここからきてるんですぜ」
藤華さんは他にも、色物はトリの前には色物と決まってんでさぁ。トリを飾るのトリも寄席が由来なんでさぁと教えてくれた。
「落語だけでなく漫才とかも見れるなんてなんだかテレビみたい」
「オレはテレビジョンはあまり詳しくはありやせんが、今の娯楽と同じように考えて気軽に行けるのが寄席の良いところなんでさぁ」
「そういえば僕は肝心の落語の知識が全くないけれど大丈夫かな」
私は落語家イコール日曜日に座布団貰ったり、取られたりしているイメージしかない。
「そんなの気にするこたぁありやせんぜ。噺家と言うのはそれが本業なんですぜ。全く知識が無くても笑いにしちまうのが彼らなんでさぁ。舐めたらいけやせんぜ」
「それなら安心だよ」
「あとは正月の特別興行なんかは一人一人の時間は短けえですがそれ故に小噺が多くて初心者でも楽しめやすぜ。他にも大喜利をやっている時もありやすからその時も面白いんでさぁ」
私は藤華さんに色々と教わりながら寄席に入った。入場をすると自分が好きな席に座るそうだ。
「真ん中あたりが一番見やすいんですがね、一番楽しくておすすめなのは前から二列、三列目くらいですぜ。一番前 は出入りがしやすいんでさぁ。二階席もありやすがやっぱり寄席は一階で見るに限りやすね。混んでいる時は二階席の有難味を感じやすが」
なら折角空いているのだしと思い、前から二列目の真ん中の席に座る。
座ると同時に太鼓の音がした。藤華さんによるとこの音は二番太鼓と言い開演の五分前を知らせてくれるものらしい。もう少し早く来て入場開始時に入ると一番太鼓と言うものが聞けるそうだ。
また出囃子と言うものがあり、落語好きの人は出囃子を聞くと「おっ次はあの人だな」と解ってくるそうだ。
そう言ったことを聞いている内に幕が上がった。
はじめは緊張していたがついつい笑ってしまう事が多くていつの間にか肩の力は抜け、閉演まであっという間に感じる程に寄席を大いに楽しんでしまった。
祭りも終わり、またゆったりとした時間がこの町に流れている。部屋に入ってくる空気がこの上なく心地好い。
「若旦那」
外から声がした。恐る恐る外を見る。
「うわっ、藤華さん。どうしたの」
「若旦那ぁ、ちょいと良いことしやせんか」
黒猫は面白そうにニヤニヤしている。
私は当たりを見渡すが香果さんは居ない。
「香果さんは」
彼は蓼を噛んだ様な顔をした。
「旦那は昔の馴染みと話してやしてね、全く構ってくれないんでさぁ」
藤華さんは私を見る。私は何故か寒気を感じた。
「って事で八雲さん、俺と遊び行きやせんか?」
「待って話が見えないんだけれど。でも遊び行くって何処に」
黒猫は待ってましたとでも言うように食い気味に言った。
「そりゃ、江戸っ子の粋の聖地。寄席でさぁ。この町には寄席もちゃんとあるんでっせ」
「でも僕寄席に行ったことないし」
「それじゃ、今日行くしかありやせんね」
彼はくるっと人になると私の目を見つめる。これはかなりの圧を感じる。
「分かったよ、行くよ。でもルールとか全く分からないけれど大丈夫」
「当たり前でさぁ」
と彼は寄席の説明を始めた。
「まずは木戸で入場券を買って、好きな席に座ってくだせぇ。そして開演したら全力で楽しむんでさぁ。以上ですぜ」
藤華さんの話しだと木戸とはチケット窓口のことらしい。チケット代の事は木戸銭と言うらしい。然し、そんなに敷居が低いものなのか。やはり初心者には怖いものがある。
「まぁ兎に角、ごちゃごちゃ言うのは行ってからでさぁ」
私は恐怖を抱きながらも寄席に行く事になった。
「寄席に行く前にちょいと寄るところがありやすから着いてきてくだせぇ」
そう言って藤華さんは商店街の鮨屋に入っていった。
「大将、二人前お願い出来ますか」
「あいよ。おや、見ない顔だね。藤さんの連れかい」
栄螺鬼が慣れた手つきで寿司を握る。
「初見さん、済まないがうちじゃサザエは握らないからそれだけは覚えておいておくれよ」
そう言って居るうちに大将は「はいよ二人前」とお弁当を出してくれた。
私達はお礼を言って店を出る。
「ねぇ、寄席に行くのに何でお弁当なの」
「場所にもよりますがね、基本的に寄席は持ち込みも飲食自由なんでさぁ。そして一日居られやすからこうやってお弁当を持ってくんでさぁ。勿論、はこで売っているお弁当も良いんですがね」
「寄席って思っている以上に自由なんだ」
「庶民の娯楽でありやすから、堅苦しいのは続きやせんぜ。それに寄席では中で買えば麦酒だって飲めるんでさぁ」
「藤華さん、お酒禁止令が」
「細かい事は良いんでさぁ」
私が言葉を言い切る前に切られてしまった。
「そう言えば開演時間とか調べていないけれど大丈夫なの」
映画等でよくあるのだが思い立って行ったは良いが開演時間が過ぎていたり、逆に待ち時間が長かったりすることがあり時間を潰すのが中々大変だったりする。
成り行きで来てしまったが良いタイミングで着かないと入れない事は無いのだろうか。
「八雲さん、心配ご無用なんでさぁ。寄席は基本的出入り自由なんでさぁ。ですから待ち合わせしていたが一時間遅れると連絡があったから時間つぶしに寄席に。とか、八雲さんなら大学の帰りにふらっとも出来るんですせ」
そんなにフラットで良いのか。何だか喫茶店みたいだと思ってしまう。
藤華さんの連れられて演芸場に来た。
入り口には多くの札が掛かっていて黒と赤で名前が書かれていた。
「藤華さんこれは」
「こりゃ、番組表っていいやしてね、今日誰が出るかがこれでわかるんでさぁ」
「この札に書かれている色の違いは」
「色が付いておりやすのを色物と言いやしてね、漫談師や手品師、三味線、紙切りなどの事を指すんでさぁ。色物扱いの色物はここからきてるんですぜ」
藤華さんは他にも、色物はトリの前には色物と決まってんでさぁ。トリを飾るのトリも寄席が由来なんでさぁと教えてくれた。
「落語だけでなく漫才とかも見れるなんてなんだかテレビみたい」
「オレはテレビジョンはあまり詳しくはありやせんが、今の娯楽と同じように考えて気軽に行けるのが寄席の良いところなんでさぁ」
「そういえば僕は肝心の落語の知識が全くないけれど大丈夫かな」
私は落語家イコール日曜日に座布団貰ったり、取られたりしているイメージしかない。
「そんなの気にするこたぁありやせんぜ。噺家と言うのはそれが本業なんですぜ。全く知識が無くても笑いにしちまうのが彼らなんでさぁ。舐めたらいけやせんぜ」
「それなら安心だよ」
「あとは正月の特別興行なんかは一人一人の時間は短けえですがそれ故に小噺が多くて初心者でも楽しめやすぜ。他にも大喜利をやっている時もありやすからその時も面白いんでさぁ」
私は藤華さんに色々と教わりながら寄席に入った。入場をすると自分が好きな席に座るそうだ。
「真ん中あたりが一番見やすいんですがね、一番楽しくておすすめなのは前から二列、三列目くらいですぜ。一番前 は出入りがしやすいんでさぁ。二階席もありやすがやっぱり寄席は一階で見るに限りやすね。混んでいる時は二階席の有難味を感じやすが」
なら折角空いているのだしと思い、前から二列目の真ん中の席に座る。
座ると同時に太鼓の音がした。藤華さんによるとこの音は二番太鼓と言い開演の五分前を知らせてくれるものらしい。もう少し早く来て入場開始時に入ると一番太鼓と言うものが聞けるそうだ。
また出囃子と言うものがあり、落語好きの人は出囃子を聞くと「おっ次はあの人だな」と解ってくるそうだ。
そう言ったことを聞いている内に幕が上がった。
はじめは緊張していたがついつい笑ってしまう事が多くていつの間にか肩の力は抜け、閉演まであっという間に感じる程に寄席を大いに楽しんでしまった。
応援ありがとうございます!
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はじめまして。
たおやかな雰囲気の物語、素敵です。
優しいアヤカシさんが沢山でほっこりします。
ポチっと投票してみました♪
退会済ユーザのコメントです
感想ありがとうございます!
一話目の堀りの浅さはこれからの話しでゆっくりと掘れてゆくのでゆっくりとお待ち下さい。
また、香果も同様に陰陽師としての香果の話も書く予定なので、ごゆっくり。
まだ話数が少ないと言う欠点があるので精進して参ります。
どうぞこれからもお楽しみ下さい。
お読み頂きありがとうございます。
文章を読んでいて、その光景をありありとイメージできる表現力が素晴らしい。
一話ごとの文章量や区切り方も丁度いい。
「あれ、読み足りないな、もっと読みたいな」と読者に感じさせるような配分だ。
土などのにおいに着目している点は良かったが、どういうにおいなのか例えが欲しかった。
あと、「耽美」という単語を使いすぎだね。
「審美」とか「甘やか」とか、言い換えた方がいい。
感想ありがとうございます!
表現力、章の区切りを褒めて頂いき嬉しい限りです!
アドバイスにありました『美しい』の使い過ぎは私もそう感じていたので、少しばかり変えてみました。もしよろしければ再読下さい。