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第一章:人間編

第6話 スライム

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 町の中心地にある白い煉瓦で作られた、四角い建物にメルを連れてきた。
 一軒家程度の建物の壁には、馬鹿デカイ鉄扉が一枚取り付けられている。
 扉には『Bランクダンジョン入り口』と大きな赤文字で書かれている。

「ここがダンジョンの入り口だ。絶対に一人で入るなよ」
「はい、隊長。でも、小さなダンジョンですね?」
「そんなわけないだろう。これがダンジョンなら、二十人も入れば動けない」

 扉の前で注意したら、メルが馬鹿な事を言ってきた。
 ヌイグルミじゃないんだから、こんな狭い建物の中に、モンスターは詰め込まれていない。
 地下へと続く、666段の長い階段があるに決まっている。

「まずは安全な一階で訓練する。舐めてかかると、大怪我するから注意しろ」
「はい、頑張ります!」

 車輪付きの扉を引いて開けると、明るく光る白い階段を下り始めた。
 地下一階に下りるだけでも、メルには良い訓練になりそうだ。

「ハァ、ハァ……」

 メルの装備は左腰に短剣、腰まで届く緑色のマント、丈夫な長袖の黒い上着に、丈夫な茶色の長ズボンだ。
 背中には黒色の収納鞄を背負わせている。
 俺の収納鞄は灰色で、装備は左腰に片刃の黒剣を一本だけだ。俺にはこれ以上の装備は必要ない。

 収納鞄は見た目の三倍近くの物を、入れる事が出来る魔法の鞄だ。
 Aランクダンジョンで作られていて、値段が三万ギルと異常に安い。
 お値段以上の戦利品を入れられるかは、冒険者の腕次第だ。

 地下一階『炭鉱迷路』……

「ハァ、ハァ……着きました」
「よし、五分休憩だ」

 時間はかかったが、何とか地下一階に到着した。
 俺も鬼じゃないから、ちょっと休憩させてから訓練開始だ。

 地下一階と二階は、炭鉱のような通路が迷路のように広がっている。
 薄茶色の岩盤は剣で削れる程度に頑丈で、崩落の危険はほとんどない。
 広さも大人が六人並んで通れるぐらいある。

「よし、休憩終わりだ。まずは一匹倒してもらう」
「は、はい……」
 
 ポケットに銅色の時計を戻すと、パンパンと両手を鳴らした。
 休憩するだけなら誰でも出来る。しっかりと働いてもらう。
 階段に座っていたメルを立たせた。

 地下一階には青い水風船のような、『スライム』というモンスターが生息している。
 スライムは一番弱いモンスターだが、風船のように針で刺しても破裂しない。
 金属製の大きなハンマーで叩き潰して、やっと破裂する程度には頑丈だ。

「スライムの黒い魔石は10ギルで売れる。食べたい物があるなら、その分だけ倒せ」
「パンなら十五匹ですね。分かりました」

 メルを先頭に明るい炭鉱を進んでいく。岩壁には鉱石も宝石も埋まっていない。
 お金になるのは一個10ギルの魔石だけだ。前だけ見て進めばいい。

「あっ! 隊長、あれがスライムですか⁉︎」
「ああ、そうだ。俺が押さえているから、その間に短剣で倒せ。出来るな?」
「はい、頑張ります!」

 しばらく炭鉱を進んでいくと、メルが大声で聞いてきた。
 岩壁に五十センチ程の青い球体が張り付いている。
 大声で騒ぐと他のモンスターが集まって超危険だ。あとで注意しよう。
 壁のスライムを両手で鷲掴みにして引き剥がすと、地面に押さえつけた。

「……!」
「今のうちだ。さっさとやれ」
「は、はい!」

 鞘から短剣を抜いて待機しているメルに、早く倒すように指示した。
 生温かいスライムが、手の中でグニュグニュと形を変えて動いている。
 長時間触れていると、弱酸性のスライムの身体に少しずつ皮膚が溶かされる。

「エイッ!」

 メルが地面にしゃがみ込むと、両手で逆手に持った短剣をスライムに垂直に突き刺した。
 グサッと短剣が突き刺さり、スライムの身体からピュッと青色の液体が飛び出した。

「まだだ。死ぬまで何度も刺すんだ」
「は、はい!」

 一突きで倒すには筋力が足りない。短剣の刀身は半分も突き刺さっていない。
 言われた通りに短剣を引き抜くと、メルは何度も突き刺し始めた。

「エイッ、エイッ、エイッ!」
「‼︎」

 パシャン‼︎ 六撃目でスライムが破裂した。
 初めてにしては躊躇なく刺せていたから、もしかすると経験者かもしれない。
 一緒の部屋で寝ているから、熟睡しないように気をつけよう。

「筋力が全然足りない。肉をもっと食わないと駄目だな」
「すみません……」
「謝る必要はない。お前は見込みがある。食費の半分は払ってやるから栄養を取れ」
「あっ、はい! ありがとうございます!」

 スライムの死体が消えるまで、メルを指導した。
 すぐに地面に菱形の黒い魔石と、四角い青色のスライムゼリーが現れた。
 魔石の大きさは五センチ、スライムゼリーの大きさは八センチ程ある。

 魔石は魔導具の燃料として使われているが、魔導具が作られる前は石扱いだった。
 スライムゼリーはプルプルした塊で、主に石鹸や洗剤の材料として使われている。
 買取り価格は20ギルと魔石よりも高い。

「スライムは一人でも倒せそうか?」
「何とか倒せると思います」
「そうか。お前が攻撃魔法を使えるなら、三階まで連れて行ってもいいが、職業が決まるまでは二階までだ。死なれたら金が無駄になるからな」

 メルの収納鞄の中に、魔石とスライムゼリーを放り込むと、次のスライムを探した。
 スライム程度は一人で倒してもらわないと困る。

 俺の職業は魔法使いだが、メルの職業はまだ未定だ。
 職業を習得すると、限定アビリティや関連アビリティを習得しやすくなる。
 予定としては、『短剣LV1』のアビリティ習得を目指しつつ、身体を太らせる。
 痩せたひ弱な身体だと、スライムの体当たりで骨が折れそうだ。

「隊長、何かあります」
「あれは宝箱だな。開けてもいいぞ」
「分かりました。行ってきます」

 通路の行き止まりに赤い宝箱を見つけた。
 メルが宝箱に向かって走っていくと、両手で宝箱の蓋を開けていく。
 宝箱は神様が置いてくれるボーナスのようなものだ。
 普通の赤い宝箱は週に七個、特別な青い宝箱は月に一個だけ置かれる。

「こんなのがありました」

 宝箱の中身を両手に乗せて、メルが輝く銅色の石コロを持ってきた。

「これは『神銅』だ。必要な個数集めれば、これだけで武器が作れる。短剣なら三個集めればいい」
「そんなに凄い物なんですね」
「そうだな。他にもあるかもしれない。スライムのついでに探してみるか?」
「はい、頑張ります!」

 メルは驚いているが、そこまで凄い物じゃない。
 普通に武器屋に売られているし、攻撃力は装備しているアイアンダガーの方が上だ。
 まあ、スライムだけを探すよりは、宝箱も一緒に探した方が集中しやすいだろう。
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