上 下
125 / 172
第三章:魔人編

第125話 氷の地震

しおりを挟む
「うぐぐぐっ!」

 進化が始まるといつもの痛みが襲ってきた。
 前回は十五分だったから、今回は二十分ぐらいだろうか。
 天井と壁から大量の水が部屋に流れ込んでいる所為で、すでに膝下まで水に沈んでいる。
 天井までの高さは約30メートル、二十秒で40センチ沈むなら、満タンになるまで二十五分ぐらいだ。

「痛がっている暇はないか!」

 水中に沈んでいる炎剣と氷剣を握ると、痛みに負けずに背筋を伸ばした。
 そして、背中に簡単な岩鞘を作ると、二つの剣を斜めに差し入れた。
 おそらく、竜人は炎と氷に耐性があるから斬っても効かない。
 雷剣を借りれば良かったが、扉はもう閉まっている。

「くっ、仲間選びを失敗した。形だけ仲間になって、裏切れば良かった」

 今すぐに天井の穴から外に逃げ出したいが、どうせ結界付きだ。
 空中を飛ぶ竜人は左右の手から、氷と炎の刃を連続発射している。
 ヴァン達は水上を走って躱しているが、まともに攻撃できる人間が少なすぎる。

 ガイは槍を投げつけては、アビリティで手元に戻して、また投げている。
 炎、氷、雷の魔法は直撃しているが、目立った傷は与えられていない。
 弓矢やブーメランの攻撃は、竜人の氷炎の刃や強靭な尻尾に叩き落とされている。

「うぐっ、俺がいないと本当に駄目だな!」

 この状態の俺が攻撃に参加しても大した意味はない。徹底的に援護に回る。
 水深が深くなって、天井までの距離が近づいて、残り五分の攻撃の機会を待つつもりはない。
 俺が操る岩板に誰かを乗せて、翼をへし折る為の命懸けの突撃に挑んでもらう。

「さて、誰から死んでもらおうか?」

 水上を走る者、部屋中央に縦二列に並んでいる柱に隠れる者、時間がないから早く決めないといけない。
 死なないように上手く岩板を操れるのは、二枚が限界だ。
 柱に隠れているアレンを使ってもいいが、瞬殺されるから時間の無駄だ。
 だとしたら、近距離と遠距離から一人ずつ選ばせてもらう。

 ドバァン‼︎

「おいおい、氷が混じっているぞ!」

 水面を岩板に乗って飛んでいく俺に向かって、氷炎の刃が飛んできた。
 氷炎の刃が直撃した水面が凍り付き、蒸発していく。
 ゾンビの丸焼きにすると言っていたのに、約束が違う。

「おい、ロビン! 急いで乗れ! 真上から攻撃させてやる。ついでに矢もやるよ」

 それでも何とか躱し続けて、柱に隠れて攻撃しているロビンの所に到着した。

「馬鹿なんですか? それとも死にたいんですか?」
「的になれるだけ感謝しろ。それにもう一人いるから問題ない」
「遠慮します。死ぬなら一人で死んでください。ああ、矢だけは貰っておきます」
「ああ、分かったよ! この腰抜けが!」

 柱に隠れる腰抜けに期待した俺が馬鹿だった。これ以上は喋るだけ時間の無駄だ。
 注文通りに岩矢を二百本以上作って、水面に岩箱を浮かせて渡してやった。
 全部使い切るまで生き残ってたら、お前は立派な腰抜けだよ。

「くそ、一分無駄にした!」

 俺が命懸けで迎えに来てやったのに、まさか断るとは思わなかった。
 今度は勇気があるヤツにしよう。
 ヴァンも意外と断りそうだから、ガイなら間違いない。
 竜人の真下から槍を投げ続けている。

 ゆっくり話している時間はないから、岩板に強制的に乗せてやろう。
 逆に強制的に乗せないと、死にそうな気がする。あれこそ命懸けの馬鹿だ。

「ガイ、直接攻撃させてやる! 乗れ!」
「んっ? 分かった!」

 たったの一秒。話が分かるヤツは助かる。
 岩板を縦横二メートルに広げて、左手を伸ばしただけで理解したようだ。
 氷炎の刃を槍で弾き返しながら、俺が乗る岩板に走って飛び乗った。

「ガイ、翼をへし折れば水中に落とせる。動きが鈍ったところを狙おう」
「それは駄目だ! 奴が閉めた扉なら、奴が開けられる。水を出されるだけだ。頭を狙うぞ!」
「……ああ、その通りだ! 落ちるんじゃないぞ!」
「大丈夫だ。もっと飛ばせ! 遅過ぎる!」

 ガイの両足を岩板にしっかり固定すると、手短に作戦を話した。
 ロビンと同じように俺の作戦を断ってきたが、提案してきた作戦は悪くない。
 氷竜を倒した時と同じように、死ぬか生きるかの一撃勝負も悪くない。

 ガイが振り回す槍の邪魔にならないように、しゃがみ込んだ。
 全身の痛みで上手く力が入らないが、魔法は精神力で操るものだ。
 俺の魂を痛み如きで抑えられると思うな。

「最初に死ぬのはお前達か?」
「死ぬのはお前一人だ。この槍でお前の心臓を貫く!」
「えっ……」

 さっき頭を狙うと聞こえたのは、俺の気の所為だったみたいだ。
 必死に攻撃を躱して、竜人の正面十五メートルまで接近すると、ガイの右腕から槍が飛んでいった。
 ほぼ至近距離からの全力投擲は、飛んでくる氷炎の刃を跳ね返しながら、竜人の腹に突き刺さった。

 ドスッ!

「ククッ、何だこれは? 蜂の方がもっと痛く刺せるぞ」
「今のは手加減してやっただけだ。次はこの百倍の力で投げる。痛みを感じる前にお前は死ぬ」
「ハァ、ハァ……」

 腹に浅く刺さった槍を竜人は、髪の毛を抜くように右手で軽く抜いた。
 すぐにガイがアビリティを使って、投げ返される前に手元に戻した。
 何でバレバレの嘘を吐くのか知らないけど、俺の身体は痛みしか感じてないぞ。

「その程度の武器で我に挑むとは、身の程をわきまえろ。Bランクの武器で我を倒せるとでも思ったのか?」
「傷を付けられるなら、それで十分だ。カナン、突撃しろ。滅多刺しにしてやる!」
「くっ……」

 無数の魔法と矢が飛び交う中、竜人は余裕があるのか話しかけてきた。
 下からの攻撃をことごとく躱して破壊して、さらに俺達を攻撃してくる。
 こっちは氷炎の刃や強靭な尻尾を躱すだけで精一杯だ。
 
「落ち着け、ガイ。最初の狙い通りに翼を破壊する。全員で攻撃しないと倒せない!」
「くっ、分かった!」

 火竜と氷竜と同じなら、迂闊に身体に触れるのは危険だ。
 火耐性と氷耐性が最低でもLV7じゃないと危険すぎる。

 それに二人だけで倒すのは、どう考えても無理だ。
 比較的に薄い翼の膜に槍を突き刺し、縦か横に切り裂くだけで十分だ。

「裏切り者よ、コソコソと何の相談だ? 命乞いでもするつもりか?」
「いいや、こうするつもりだ」
「んっ?」

 竜人の問いに、右手を向けて、二十センチの四角い岩板を発射した。
 予想通り、翼の風圧だけで簡単に砕けたが、地味な嫌がらせぐらいにはなる。
 足元の岩板を操って、竜人の身体を回りながら、休まず連続で発射していく。
 
「万策尽きたか。これが攻撃だと言うのなら、お前達には失望した。時間の無駄だ」

 ドボンッ‼︎

「何をするつもりだ?」

 地味な嫌がらせにやっと怒ったのか、竜人が頭から水面に落ちていった。
 怒らせて隙を作る狙いだったが、頭でも冷やすつもりだろうか。

「どうする? 潜るのか?」

 水中に潜ったまま竜人は出てこない。水深は七メートルはある。
 空中戦から水中戦に変えたのなら、これはちょっと厄介だ。
 水中で呼吸できるなら、このまま潜っているだけで、俺以外は溺れ死んでしまう。

「ちょっと待って。罠の可能性がある」
「そんなに考えている時間はないぞ」
「ああ、分かってる」

 ロビンが水中に向かって弓矢を射っているが、竜人は魚のように素早く泳いで躱している。
 矢の威力を落とさずに射てるのは凄いが、あんなに素早く動かれたら、誰も攻撃を当てられない。
 動きを止めるか、引き摺り出すしかないが、そのどちらも無理だ。

 パッと思いついたのが氷剣を水に突き刺して、竜人ごと水を全て凍らせる方法だが、一部が凍るだけだ。
 炎剣を突き刺して、熱湯地獄に出来たとしても、竜人にとってはちょうどいい湯加減だろう。
 一番現実的なのが強力な毒を水に流すだが、そんな毒は持っていない。あるとしたら、俺の血ぐらいだ。

「血か……んっ? 血か! ガイ、出して欲しいものがある。今すぐに出せるか!」
「何を出して欲しいんだ?」
「それは……」
「分かった!」

 血を切っ掛けに、水中から引き摺り出す名案を思いついてしまった。
 作戦を説明すると、ガイはすぐにズボンを脱いで、黄金の水を水面に向かって出し始めた。
 だが、こんなものじゃ足りない。全員でやらないと効果は期待できない。
 大声で協力者を募集した。

「出せるヤツは小でも大でも出してくれ! 水中の奴に人間様の味を、たっぷりと味わわせてやろうぜ!」
「ハハッ! それ良いな! ケツの物をたっぷり捻り出してやるよ!」

 流石に戦闘中に大は危ないが、協力者のお陰で水面がどんどん汚されていく。
 俺ならこんな汚れた水の中に入っていられない。

「冷たッー! 急いで水面から離れろ! 足を持っていかれるぞ!」
「何だ、これは……?」

 だけど、竜人が水中から飛び出す前に異変が起きた。水面全体が白く凍り始めた。
 まさか、黄金の水如きを防ぐ為に、ここまでやるとは思わなかった。
 水中にいる竜人の口からは、白い息が吐き出され続けている。

「チッ、氷を割らないと攻撃できないぞ!」
「その前にこの水の中に入るのが最悪だよ」

 氷を武器で破壊しようとしているけど、無理なようだ。
 水面の氷が分厚くなり続け、天井と壁から流れ落ちる水の勢いも止まらない。
 天井までは残り16メートル程、氷に押し潰されるまで残り十二分程度だ。

「やっぱり駄目か」

 開かずの扉と、真っ暗な雷雨が見える天井の穴を調べたが無駄だった。
 魔人結界が張られていて通れない。
 やはり六メートルはある分厚い氷を砕いて、水中戦を挑むしかない。

 ガダガタガタ‼︎

「おい、何かヤバそうだ!」
「くっ、立っていられない!」

 だが、そんな時間も無さそうだ。氷の大地が激しく揺れ始めた。
 直感的に何かが起こると理解できたが、何が起こるかまでは分からない。
 天井近くの上空から、真下を警戒するしか出来ない。
しおりを挟む

処理中です...